挿話 越川絢星は秘密を楽しむ。

 文化祭実行委員の全体打ち合わせが終わり、同じく実行委員の絵梨花えりかと、昇降口に向かう。高校の文化祭は中学の時とは規模が違う。なかなか面白くなりそうだ。

 ふと、絵梨花と自分を見比べて、自分がやたらと身軽であることに気づく。

「いけね、教室に傘忘れたわ」

 夏休みが明けてから、しばらく雨が続いている。とりあえず今日で一旦は落ち着くようだが、ジメジメして気持ち悪いったらありゃしない。なんとなく関節が痛いし。俺は湿気に弱い体質らしい。

「ちょっと何やってんの。早く取ってきてよ」

 絵梨花はただの女友達だ。恋愛感情はない。ただ、秘密を共有しているだけの、普通の友達。

「連れないなぁ。一緒に取りに行ってくれよ」

 絵梨花はため息を吐いたあと、一歩、こっちに近づく。ついてきてくれるらしい。


 俺の所属する一年三組の教室は二階にある。しかも階段の目の前。便利ではあるが、片側にしか他のクラスがないってのは、少し寂しい。

絢星あやせくんの傘ってビニール傘でしょ? もうなくなってるんじゃない?」

 ビニール傘は確かに盗まれやすい。値段的にハードルが低いのもあるだろうし、似たものがたくさんあるから、一つくらいバレないという気持ちになりやすいんだろうな。似たものがいくらあったって総数は変わらないんだから、被害者は絶対生まれるってのにな。

 被害者が生まれるようなことはしない方がいい。当然のことだ。

「確かになぁ。今日は折りたたみ傘で帰るか」

 最近雨続きだったので、普段なら絶対に持たない折りたたみ傘を、ちゃんとカバンに忍ばせていた。


 ハクション!

 二階から誰かのクシャミが聞こえた。かなり豪快だ。

「何してんの? 早く行くよ」

 絵梨花は既に昇降口側に身体を向けていた。

「絵梨花、次はなんのキャラやる?」

 普段なら絶対に選ばない話題。

 時間も時間だったので、油断していた。

 ダダダダ!

 俺と絵梨花の横を人が走り去っていった。

「今の若菜わかなじゃない?」

「何をあんなに急いでんだろうな」

 うちのクラスの学級委員、若菜さん。

 随分焦ってた様子だけど、何かあったのか?

「ちょっと……。今の話、聞かれてなかったよね?」

「あれだけ焦ってたら聞いてないだろ。もし聞いてても何のことか分かりゃしねーよ」

 完全に俺に非があるのに、言い訳をしてしまった。

「本当に、油断するのやめて。絶対、バレたくないんだから」

「ごめんごめん。気をつける」

 機嫌を損ねてしまった。

 絵梨花は感情の起伏が激しいだから、気をつけて接しないといけない。


 ポケットに入っているスマホが、急に震える。なにかの通知が来たようだ。

 基本的に校内でスマホは使うと怒られるが、まぁ放課後ならそうそうバレない。

「明日、ポスター出来上がるってさ」

「ホント!? すごく楽しみ」

 タイミングよく連絡が来てくれたおかげで、絵梨花の機嫌が直った。

 ありがとう、写真屋のおじいさん。

「みんなの写真を使ったんだもん。みんなで一緒に見たいよね」

「じゃあ、月曜日の昼休みにでも、お披露目するか」

「そうしよ! 決まりね」

 話が一段落すると、再び昇降口に向かった。


 次はなんのキャラをコスプレしてもらおうか。

 俺は意外とオタクなのだ。どうせなら、とびきりかわいいやつがいい。

 靴を履き替え、折りたたみ傘を開き、雨の降る道を、二人で歩く。

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