火曜日4 暇人は捜索する。

「やっほー、二人はこんなところで何してるのー?」

 佐々木ささきさんは手を振りながら、小走りでこちらに向かってきた。

「クラスメートを探してるんだけど、なかなか見つからなくて」

 若菜わかなさんが手を振り返しながら、そう答える。

「クラスメートって、絢星あやせくん? あたしも一緒に探す!」

 相変わらずキャッチボールは苦手なようだ。

「ええと、越川こしかわくんじゃないよ? 工藤くどうくんって男子を――」

「なーんだ違うのかー。残念。」

 がっくりしている。

 佐々木さんはすぐさま立ち直り、何かいいことを思いついたようだ。周りに警戒したあと、音もなくすばしっこく、こちらに近づいてきた。顔をさらに寄せ、口元を手で隠しながら、

「二人って昨日、絢星くんと一緒いたよね?ってことは友達だよね?」

 昨日少し一緒にいただけで、友達というわけではないと思う。

 若菜さんはそうは思っていないようで、曇りなきまなこで清々しく答える。

「うん、友達だよ!」

「じゃあさ、あたしと絢星くんの仲、取り持ってくれない? キューピット役、お願い!」

 やっぱりそういう話か。俺には無理な役割だ。若菜さん、頼んだ。

「てか、二人の名前、聞いてなかったや。なんていうの?」

 名前も知らずにそんなお願いしたのか。なかなか図々しい人だ。

若菜遥わかなはるっていいます。こっちは――」

秋月あきづきです」

 自己紹介くらい自分で出来る。と心の中でツッコむ。

「遥ちゃんと秋月ね、よろしく」

 呼び捨てだがまぁいい。

「それで、キューピット役、どうかな?」

「全然いいよ! 越川くん、沙奈さなちゃんのことかわいいって言ってたしイケるよ!」

「ほんとに!? かわいいなんてそれほどでも……あるか、あたしだし。それよりなんで名前知ってるの? 自己紹介したっけ?」

 昨日、越川が話ししてるところを聞いてたからな。そこで名前は聞いている。

 というか会話がまともに成立している。暴走気味なのは変わらないから、それは自然体なんだろうけど、昨日は意中の相手である越川との会話で、舞い上がっていたんだろう。

「あ!そういえば、遥ちゃん、絢星くんのこと、狙ってないよね? 頼んじゃって大丈夫だった?」

 色々と順序がめちゃくちゃだ。

 若菜さんと越川、そんな噂は聞いたことがないが果たして。

「狙ってないよ! そもそも好きな人とか、いないし」

 なぜか、自分でもよく分からない安心感を覚えた。

「よかったー。でももったいないね、遥ちゃんかわいいんだから、アタックすれば大抵の男子は落ちるだろうにぃ」

 肘でつんつんとつつく佐々木さん。

 若菜さんはかわいい。それは間違いない事実だ。

 自分の容姿に無自覚ということはないと思うが、恋愛には積極的ではないらしい。濁した返事を返している。

「かわいいと言えばさ、水島みずしまちゃんのSNS、ホントかわいいよねぇ」

 水島さんがかわいい? 確かに顔はかなり整っているとは思うが、かわいいというよりは美形なタイプに思える。

 それに水島さんのSNSってなんのことだろう。若菜さんもなんのことだか分かっていなさそうな顔だ。

 それでも佐々木さんはお構いなしに続ける。

「あたし、チクタク適当にディグってたら見つけちゃってさー。あ、これ水島ちゃんだ!って、びっくりしたよー」

 チクタクとは数年前から流行りだしたSNSだ。一分未満の動画――ショートムービーを閲覧したり投稿したり出来るらしい。ほとんど見たことがないから分からないが、十代から二十代がユーザーのメイン層で、歌ったり踊ったりしているイメージだ。

「水島ちゃんにあんな趣味があるなんてねぇ。さすが絢星くんを狙う好敵手ライバル。強敵だね」

 佐々木さんはこちらの反応は気にしていないようで、勝手にベラベラと喋り続けている。そして多分、後半の内容はただの妄想だろう。越川と水島さんの噂など、聞いたことがない。

「最近は学校でも撮ってるっぽいし、ギャップがまた映えるよねぇ。いつ撮影してるんだろ。二人は知ってる? サインとか貰っちゃおうかなぁ」

 それにしても、水島さんが歌ったり踊ったりしている姿を、SNSに投稿しているのは想像しがたい。水島さんは決してノリが悪いわけではないが、どちらかと言うとつんけんしていることが多く、自尊心の強そうな人という印象がある。

 ああいうSNSを楽しく運用するのは、それこそ佐々木さんようなタイプなんじゃないだろうか。

 人は見かけによらない、ということなのだろう。

 さすがに二人のキョトンとした反応に気がついたのか、

「あれ、もしかして、知らなかった……? 絢星くんの友達だったら水島ちゃんとも友達だと思って……」

 気まずそうに頬をかく佐々木さん。

「いや、友達だからこそ、ああいう趣味は隠すってこともあるよね……、やば、あたし、やっちゃった」

 車は急には止まれない。暴走列車なら尚更だろう。ドンマイ、佐々木さん。

「あのぉ。今聞いた話、聞かなかったことにしてもらえる……? いや、記憶から消去して欲しいかも」

 脳に記憶されたことを自在に消去出来たら、すごく便利だろうな。でも今の話、しっかりと記憶させてもらった。

「分かった。聞かなかったことにするね、沙奈ちゃん」

「まぁ言いふらしたりしないから、安心して」

「あたし帰るね……。絢星くんとの仲立ち、よろしくね」

 越川の件は忘れてはいけないらしい。

 佐々木さんはへこんでしまったようで、彼女らしい軽快な勢いを失い、そのままトボトボと去っていった。

「沙奈ちゃん行っちゃった」

「俺たちも帰ろうか」

 昼休みももう終わりが近い。工藤くどうも教室に戻っているかもしれない。


 教室に着くと、工藤は既に帰ってきており、自分の席につき、隣の席の女子に勉強を教えていた。顔が赤くなっているように見える。

「工藤くん、結局どこ行ってたんだろうね」

 入れ違いだったのかもしれないし、全然違うところにいたのかもしれない。それは今となっては分からない。

「もう授業始まっちゃうし、工藤から話を聞くのは放課後にしよう」

 そういえば、お弁当を食べていなかったことを思い出した。


 午後の授業が始まった。

 考えたいことは色々あったが、あり過ぎてキャパオーバー。なにも結論は出ない。

 情報の授業は、コンピューター室で行われた。

 お弁当を食べていなかったことが災いしたのか、それともただ俺が機械音痴だからか、その授業は、何も理解することが出来なかった。

 未だにタイピングも怪しい。練習サイトではD−レベルと判定されており、画面上には優しいアドバイスが表示されているが、要は使い物にならないレベル、ということだろう。

 かの男、工藤は勉強や運動だけでなく、こういった主要教科以外の教科でも優秀だ。タイピングの練習サイトでは、AとかBとかそういうアルファベット一文字での評価ではなく、「Good」だそうだ。

 だったら俺に対しては「Bad」と、有り体に言ってくれればいいのに。

 そんな中、耳寄りな情報を手に入れた。工藤は昼休み、コンピューター室にいたらしい。

 今受けているこの授業の準備の手伝いをしていたとのこと。

 コンピューター室は、休み時間に入ることが原則出来ないはずで、選択肢にすら入れていなかった。


 最後の授業は急遽、自習ということになった。

 真面目な生徒である俺は、最先端学習方法である睡眠学習をしっかりと取り入れ、夢の世界で物理と真剣に向き合った。

 しかし夢の中では現実世界とは違う物理法則が適用されており、なんの勉強にもならなかった。

 空気抵抗がないものとされる高校物理の世界観であれば、夢の世界の方が親和性はあるかもしれないと思ったんだが、残念だ。


 帰りのホームルームまで無事終わり、放課後がやってくる。

 これ以上、教室での心象を悪くするべきではないと思い、工藤のことは階段の踊り場で捕まえることにした。

 窓がなく、広くもないので、閉鎖感が強い。特に凝った装飾があるわけでもなく、極めて平凡な踊り場だ。通行の邪魔にならないように、出来るだけ端に寄っておく。

「工藤くん、来ないね」

「この階段は絶対使うだろうから、待ってれば大丈夫だよ。それより若菜さん、工藤には今までより慎重に話をしよう」

「なんで? 工藤くんってそんな厄介な人だっけ?」

 工藤はむしろ誠実で真面目なやつだ。でもそういう問題ではなく、

「聞きたいことがたくさんあるんだよ。昨日の登校時間とか手首の包帯のこととか、頭や首には何かないかかとか。だから出来るだけ怪しんでるってことを、バレないように進めたいんだ」

「バレてると、三人みたいに何も教えてくれなくなっちゃうもんね。分かった」

 はっきり言って、工藤は人としてはまったく怪しくはない。でも動機と犯行内容の意図、両方がしっくり来る唯一の存在。

 ここは重要な局面だ。ここで何を聞き出せなかったら、完全に手詰まりになる。

 手詰まりになれば、とてつもなくリスクのある大仕事をしなくてはいけなくなる。それは避けたい。

「やあ、若菜と秋月」

 目の前には工藤が立っていた。早速危なかった、見逃すところだった。あっちから声をかけてくるなんてラッキーだ。

 若菜さんはなんで教えてくれなかったんだ。隣を見ると若菜さんは俺のことを睨んでいた。また声が聞こえてなかったらしい。悪いのは俺だった。ごめん、若菜さん。

「越川がどこにいるか知らないか? これ、渡したい物があるんだが」

 工藤は包帯の巻いていない方の手、右手に紙製の手提げ袋を持っていた、テープで封がされており、中身は見えない。

「ごめん、越川の居場所は知らないな。何を渡したいの?」

「それは秘密だよ。プライバシーってやつだ」

 それもそうだな。別にどうしても聞きたかったわけじゃないし、いいか。

「私たち、越川くんの友達だよ!」

 若菜さんが堂々とした態度で言い切った。

 佐々木さんの件から、ブラフというものを覚えたのかもしれない。もしくは本当にそう思っているだけか。

「友達って言ってもなぁ。プライバシーはプライバシーだろう?」

 その通りだ。

「私たちが渡しておくよ! ちょうだい!」

 若菜さんは強引に手提げ袋に手をかける。気合いが入っているのはいいことだが、頑張りどころはここじゃない。

「ちょ、ちょっと。危ないな! 壊れたらどうするんだ、カメラは精密機械なんだぞ」

 中身、カメラなんだ。簡単に口を割ったなこいつ。

 工藤、お前もしかしてチョロいのか? それならありがたいが。

「ごめんなさい……」

 若菜さんがしょんぼりとして、謝る。

「越川、なんでカメラなんて必要なんだ? また文化祭の何かか?」

 工藤はそこで始めて袋の中身を言ってしまったことに気が付いたらしく、しまったという顔になる。

「まぁ友達なら、いいか。もう言ってしまったし」

 意外とガバガバセキュリティ。若菜さんといい工藤といい、真面目なやつが意外と抜けてるってのは、あるあるなのかもしれない。

「文化祭とは関係ないようだよ。写真が趣味らしいんだが、動画にも興味があるみたいでな。オススメを聞かれたんだ。急いでいるみたいだったから、とりあえずお試しで、俺のお古を貸してみようと思って」

 写真や動画か、意外な趣味だな。越川がどんな写真を取るのか、興味がある。根明の見ている世界を、知れるかもしれない。

「邪魔になると悪いから、放課後に渡そうと思っていたんだが、気づいた時にはもう、教室にいなくてな。どうしたもんか」

 若菜さんはまだ意気消沈していて、使いものにならなそうだ。

「そういえば工藤、左手の包帯、大丈夫なのか?」

 工藤はつられて自分の左手を見る。

「あ、あぁ。ちょっとした捻挫だ。もうすぐ治る」

「なんでまた、そんな怪我を?」

 なかなか自然に聞けた気がする。頼む、答えてくれ。

「いやぁ、本当にちょっとした事でな。気にするな。心配してくれてありがとう」

 明確な答えは得られなかったが、この濁し方、何かある。

「他は平気なのか? 例えば首とかも痛めてたりしないか?」

 ちょっと強引だったかもしれない。警戒はされて無さそうだし、少しくらい攻めても平気だろう。

「よくわかったな。首も痛くて、こっち側に回らないんだよ。少し不便だ」

 電気が走った。三つの内、二つ的中。残るは頭だが、どう聞こうか。

 思案していると、気持ちを持ち直した若菜さんが、名誉挽回と言わんばかりに行動に出る。

 直接、工藤の頭を触ったのだ。ポスターの血の位置をきっちり正確に。

「ちょ、急に何をしているんだ若菜! やめろやめろ!」

 すぐに振りほどかれる。今の一瞬で確認出来ただろうか。

 工藤の顔が真っ赤に染まる。女子への耐性がないらしい。

 俺は母と妹に囲まれて育ったから、女子への耐性は割とある方だと、自負している。超優等生に勝てる部分が一つでもあって、ちょっと嬉しくなる。

 若菜さんは工藤に向けて虫がいただの、ホコリが付いてただの、適当な言い訳をしている。

 俺にはなにも伝えてこない。まだ、聞くことが残っているからだろう。ここまで来たら直球勝負だ。

「工藤はさ、昨日、何時頃に登校した?」

「俺はいつも変わらず八時頃だ。毎日同じ時間に行動する。ルーティンってやつだ」

 八時、それなら犯行可能時間外だ。だが、まだだ。

「誰かと一緒だとか、なんか証明出来たりするか?」

 工藤が少し考える。

 合点がいったという様子で、

「なるほどな。犯人探しか。俺の登校時間を証明出来るものはないな、しかし俺はやっていないぞ? 吉田先生とも仲が良いしな。ほらこれ」

 工藤は肩にかけていたカバンから、小説を一冊取り出す。それは俺が現在、吉田先生から借りているシリーズ物の作品で、工藤が持っているのは四冊目のようだ。俺はまだ二冊目なので工藤の方が先を知っていることになる。ネタバレとかやめろよ。ネタバレ撲滅派なんだ俺は。

「ごめんな、工藤の怪我の様子がポスターの諸々と重なって見えたんだ。その怪我の理由とかは言えないよな?」

「怪我の理由はプライバシーだ。黙秘させてもらう」

 どうしても言いたくないらしい。強い意思を感じる。

「昨日の越川の説明によると犯行は七時から八時の間なんだろう? 八時登校がルーティンの俺には不可能だ。それに吉田先生とも仲良くさせてもらっている。証拠はないが、時間的にも動機的にも、俺ではあり得ないと思うがな」

 ここまでハッキリと説明されれば、引き下がるしかない。絶対的な証拠を手に入れるのは、そもそも最初から諦めている。そんなことが出来るなら、それこそ探偵にでもなれって話だ。

「そうだな、その通りだと思う。疑って悪かった。ごめん」

「ごめんなさい」

 若菜さんも俺につられて頭を下げる。

「いや、いいんだ。気持ちは分かる。悔しいもんな、せっかくの作品をあんなことにされたら」

 怪我の理由が聞けない以上、完全に疑いを無くすことは出来ない。しかし工藤が犯人という可能性は、限りなく薄そうだ。

「じゃあ、俺は越川を探しに行ってくる」

 階段を降りようとする工藤を引き止める。もう一つ聞きたいことがある。

「削除したデータって、復元することは出来ないのか?」

 越川の名前を聞いて思い出した。

 越川はデータを消してしまったと言っていた。その手のことに詳しそうな工藤なら、どうにか出来るんじゃないか。

「状態による、としか言えないな。簡単に復元出来る場合もあれば、不可能な場合もある」

 出来る場合もあるらしい。俺にはまったく分からない。

「試してみてもらえないか? 復元できれば、それが一番いい結末だと思うんだ」

 犯人探しの目的は別にあるので関係ないが、クラスのことを考えるとそれが一番いいだろう。

「分かった。後でコンピューター室で確認してこよう。再び印刷を専門店に頼むとなると、時間もかかるだろうし早いほうがいいだろう」

「ありがとう。時間取っちゃってごめんな。怪我、お大事にな」

「工藤くん、ありがとね」

「それじゃ。俺は行くよ。犯人探し、無茶するなよ」

 そうして、俺たちは工藤と別れた。


「工藤くんの頭、たんこぶが出来てたよ」

 若菜さんがそう言った。

 手首、首、頭。三つともポスターと被っている。

 もう、誰が怪しくて、誰が怪しくないのか。訳が分からなくなった。

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