火曜日3 暇人は人を探す。
昼休みはまだまだ続く。昼休みは長めに時間が取られているのだ。今日だけは短めの昼休みを求めたい。今すぐ終われ、昼休み。
「わかったわかった。自分で歩くよ、若菜さん」
そう言うと、やっと手を離してくれた。
「
犯人探しから逃げているわけじゃない。それは若菜さんも分かっているはずだ。言い方がズルいぞ。
普段は誰ともつるまず、一匹狼タイプの真鍋だが、昼休みになると途端、様子が一変する。
最近、彼女が出来たらしい。付き合いたてということもあるのだろうが、かなりラブラブで、彼女の前ではあの真鍋が、優しさの権化のような雰囲気を纏う。
だからといって彼女以外に対する態度が軟化することはなく、変わらず校風に逆らい続け、尖っている。
「真鍋くん、ちょっといいかな……?」
あれだけ人を引っ張っていた強気の若菜さんが、いざ声をかけるとなると臆病風に抜かれたようで、弱々しく話しかける。
言わんこっちゃない。怖いものは怖いのだ。
真鍋は彼女とのイチャイチャに必死なのか、若菜さんに反応を返さない。
若菜さんが隣にいる俺にSOSを目で訴える。若菜さんは目で語ることが多い人だ。
仕方がない。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
「あのぉ、真鍋? 彼女との時間、邪魔しちゃって悪いんだけど、ちょっとだけいいかな? ホント、ちょっとだけだから」
これでもかなり勇気を出した方だ。この勇気ある行為を評価せず罵るようなやつは、真鍋の風貌や雰囲気を知らないやつだ。絶対そうだ。
やっと気づいてもらえたようで、真鍋がこちらに振り返る。すると一言、
「俺はやっていない。分かったか。失せろ」
真鍋はドスの効いた低音ボイスでそう言い、彼女の方へ向き直る。彼女はその姿に驚いている。優しい真鍋しか知らないのだろう。
有無を言わせぬ態度。気力を削ぐ声色。これほどか。
それにしても、俺はやっていないという言葉。やはり意図には勘づいているらしい。
さっきの
若菜さんを見やると戦闘スイッチのようなものが入ってしまったのか、鼻息を荒くし、拳を握り込み、何かを言おうとしている。
「ま、真鍋くん。もうちょっと協力的に話してくれても、いいんじゃないかな!?」
かなり攻めた発言だ。俺は知らないぞ。バレないように半歩下がる。
真鍋は再びこちらを向き、
「やってないって言ってるだろ。次はないぞ。そもそもこんなこと……分かりきってるだろ。下らない」
分かりきってる……? 何がだ。
何が、なんで、分かってるんだ。というか分かっているならなぜ言わない。またしても謎が増えた。若菜さんはまだぷるぷると小刻みに震えながら、拳を握ったままだ。
しかし、もう完全に空間からシャットアウトされてしまった。真鍋からこれ以上聞き出すことは、諦めるしかなさそうだ。しつこくして殴られたら嫌だ。
その場から離れ、若菜さんに深呼吸を促す。吸って吐いてを繰り返し、次第に普段の様子に戻っていく。
「ふぅ……」
若菜さんと三人の事についてまとめる。
「さて、
「江本さんは一応、八時半って言ってたよ?」
「証明が出来ないなら、言ってないのと同じだよ」
「あと気になるのは、真奈ちゃんの言ってた二人の無実の主張と、真鍋くんの意味深な発言かな?」
「そうだね、だけど、どっちにしろ何もわからない。それに、俺と若菜さんが事件について聞き回ってるってバレ始めてるし、これ以上、教室での聞き込みは無理そうだ」
自分が不利益を被るかもしれないのに、ペラペラと喋ってくれる人はいないだろう。
容疑者三人はそれぞれ隠し事をしている。何かを隠しているということは、やはり怪しい。
若菜さんが周りをキョロキョロと確認し、小さい声で、
「もう一人、気になる人がいるんだけど」
え? まだいるの?
「
「工藤? 工藤ってあの超優等生の? それはないんじゃないか?」
「それに、確か
若菜さんはなぜ疑いを持ったのか、経緯を説明してくれるようだ。
「私もそう思うんだけどね、さっきふと思い出したの。最近、工藤くん、手首に包帯を巻いてるんだよ」
手首に包帯のなにが怪しさに繋がるのだろう。
「ポスターを思い出して欲しいんだけど、首が切れてて、頭と手首の辺りに大きい血溜まりが付いてたでしょ?」
そういえばそうだった。血溜まり、といっても何かしらのインクやらペンキやらを、ボトッと落としたか、流したかしたものだと思うが。
それが手首にある。確かに気になる。もしかしたら首や頭にも何か、あるのかもしれない。
吉田先生のせいで怪我を負い、それに対する復讐、か。
一つ気になっていることがあった。三人の容疑者たちには動機はある。だがあの方法――首を切り、頭と手首辺りに血をつける――でやった意図が繋がらなかった。吉田先生への恨みを晴らすだけなら、もっとビリビリに破くとか燃やすとか、分かりやすい方法がある。なのに犯人はわざわざああしたのだ。
強烈な意図が込められていてもおかしくない。工藤にはそれがあるかもしれない。
「いい着眼点だよ若菜さん。工藤の所に行ってみよう。教室にいない工藤ならまだ警戒していないだろうから、話を聞けるかもしれない」
褒められて嬉しそうな若菜さん。嬉しい時の癖なのか、またしてもぴょこぴょこ跳ねている。前世はうさぎの類かもしれない。
「まずは工藤くんがどこにいるか、探さないとね」
工藤は昼休みが始まると、いつもそそくさと教室から出ていく。どこに行っているのかは謎である。まさかあいつも彼女が……?まさかな。
「とりあえず昼休みに行くところといえば、食堂かな? お弁当派じゃなくて食堂派なのかも」
俺は基本的にはお弁当派だが、たまに食堂に行くこともある。オススメは揚げパンと唐揚げ。特に揚げパンは絶品で、数も限られているのでなかなか食べることは出来ない。揚げパンを食べたいがために、授業が終わると同時に、昼休みダッシュを仕掛ける者もいるとかいないとか。
「じゃあ、行ってみようか」
「秋月くん、食堂どこか分かる? 私行ったことなくて」
「大丈夫、ついて来て」
食堂は一年三組の教室がある棟とは違う棟にあり、移動距離がかなりある。
何も喋らないのも居心地が悪いなぁと思っていると、若菜さんもそう考えていたようで、それとなく話しかけて来た。
「秋月くんってさ、食べ物、どんなのが好き?」
「主食系じゃないけど、和菓子は好きだよ。特にモナカとか」
「甘いのが好きなんだ! 私も甘いの好きだよ。でも、あんまり食べれないの」
むしろ甘いのは苦手だ。
「なんで食べられないの? ダイエット中とか?」
「それはダイエットが必要に見えるってことかな?」
そういう捉え方になるか。失敗した。
「いやいや、全然そんなことはないよ。若菜さんスタイルいいし。でも女子ってすごく気にするでしょ?体重とか」
「秋月くん、機嫌の取り方を覚えてきたね。その調子その調子」
何を訓練させられているんだろう。
「それで、なんで甘いもの食べられないの?」
「両親がちょっと厳しくてね。お祝いごとの時くらいしか食べられないんだ」
「別に家以外で食べればいいんじゃないの?バレないでしょ」
「た、確かに……! その手があったね」
むしろその手以外なくないか。
「秋月くん、オススメとかある? 今度連れてってよ」
「俺に頼むと和菓子になっちゃうけど」
「洋菓子がいいなぁ、ダメ? 洋菓子」
「洋菓子は胸焼けしちゃって苦手なんだよ。洋菓子なら他の、女子とかの方が詳しいんじゃないかな」
ダラダラと話をしていると、食堂はもうすぐそこだ。
「着いたよ、食堂」
「こんな感じなんだね、食堂って。人が多いねぇ」
購買部と、テーブルが置いてある部屋が分かれており、入り口側の購買部で購入し、奥にある広い部屋で食べるというのが基本の流れだ。
普段ならもっと人でごった返しており、人海戦術という言葉を聞いたことがあるが、昼休みの食堂こそ、人の海と呼ぶに相応しい。
壁の一面がガラス張りになっているが、普段開放感を感じることはない。人の壁で外なんてほとんど見えないからだ。
席を取るのにもひと苦労。誰かと現地集合を約束しても、その約束が守られることは絶対にない。
しかし、今は昼休みも後半にさしかかっており、まだマシな状況だ。見回せば全体を視認できる。この程度で人が多いなんて、幸せなやつめ。食堂は戦場なのだ。気を抜けば、死ぬ。
「あ、あれ美味しそう。秋月くん、買ってくるね。甘いものの話したから食べたくなっちゃった」
若菜さんが指差したのは、大人気商品の揚げパンの売り場だ。こんな時間に残っているわけがない。食堂の現実を知るにはいい機会だ、そのまま行かせてみよう。
「ありがとうございます! また来ますね!」
おかしい。残酷な現実を知ってこんなに嬉しそうなはずがない。何があった。
「揚げパン売り切れだったのに、可愛いからって自分の分を譲ってくれたの、タダで。食堂のおばさん、優しいね」
そんなバカな。あの無愛想で有名なおばさんが、そんな親切をするはずがない……。
若菜さんの愛想の良さと人懐っこさは、とてつもない才能なのかもしれない。ってそうじゃない、工藤を探しに来たんだった。
「工藤、いないな。もう帰っちゃったか、そもそも食堂には来てなかったのか」
「どうする? 秋月くん。 時間的に行けてあと一箇所くらいだと思うけど」
「ただのイメージだけど図書室とか? 工藤のことだし、昼休みも勉強してたりとか」
図書室なら教室に帰りがてら寄って行ける場所にあるし、丁度いいと思う。
若菜さんは図書室で勉強に勤しむ工藤の姿を想像したのか、クスクスと笑いながら、
「あり得るね、行ってみよ!」
図書室に向かう途中には、俺から声をかけてみた。
「若菜さんって本とか読まないの?」
「読むよー、
さすがに名前は知っているが、国語の授業で取り扱った作品以外は、何も知らない。小説は読む方だが、ミステリーやSF等の娯楽小説しか読まない俺にとっては、漱石や川端なんて未知の世界だ。
「そ、そうなんだ。他に趣味とかは」
読書について詰められると分が悪い。読書から趣味への話題変更であれば違和感はそこまでないはずだ。
「うーん、ピアノとかお菓子作りとか……あ、あとボードゲームとかが好きかな」
ボードゲーム、これならいける。
「俺も好きだよ、ボードゲームとか、そういうテーブルゲームの類は。子供の頃に家族とか友達とかとよくやった記憶がある」
小学生の頃には俺にも、普通に友達と呼べるやつらがいたのだ。だから言ったんだ、作れないんじゃなくて作らないんだと。ふん。
「じゃあ今度一緒にやろうよ。他にも誰か誘ってさ!」
困った。ただでさえ昨日から、社交の量が膨大でヘロヘロなのに。でもやってみたいボードゲーム、あるんだよな。
「この件が決着して、文化祭が終わったあとでならいいよ。」
「やった。楽しみだなぁ。誰呼ぼっかなぁ」
そんなこんなで図書室に到着。
入り口から入って目の前に受け付けがあり、図書委員が座っている。その他の壁にはびっしりと本が入っている本棚が威圧的にそびえ立つ。等間隔に突き出た本棚が、空間を狭く感じさせる。部屋の中心にはいくつかの長方形の机が整然と並んでいる。
ここからは迷惑にならないよう、小声で話すことにする。
「どう? 秋月くん。工藤くんいる?」
本探しに夢中な若菜さんは、本棚越しに聞いてくる。
「いないみたいだね。ついでに隣の自習室も見ていこうか」
図書室から出て、図書室の隣にある自習室の扉の持ち手に手をかけた、その時。
「あれ? 昨日、越川くんじゃないや、
声をかけてきたのは、隣のクラスの会話の鬼ノッカー、
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