挿話 秋月悠は傘の謎に挑む。

 学校のトイレに住み着く猛々しいキジを撃つため、もしくはトイレにしか咲かないという美しい花を摘むため、トイレに行った俺は、見事にその両方の目的を達成し、教室へ戻っている最中だった。

 今日が雨が降っているため、湿気が酷く、余計に暑く感じ、水を飲みすぎてしまったのだ。九月なのだから、もう少し秋らしい気温になってくれると有り難い。もう夏休みは終わったのだ。


 誰かが俺の噂をしたのか、突然、逆らい難い衝動に身体を支配された。

 ハクション!

「誰だよまったく……」

 鼻をすする。

 俺の噂なんてするやつ、いないか。妹か両親なら、するかもしれない。

 おそらく文化祭準備でダンボールや紙類をよく使う分、埃やちりがいつもより舞っているのだろう。

 うちのクラスはモザイクアートポスターを展示をするだけなので、まだまだ準備をする必要はない。

 文化祭は来週の土曜日と日曜日の二日間、開催される。今日は金曜日なので、まだ一週間あるということだ。


 モザイクアートとは何千枚という写真、画像をモザイクのように均等に配置し、全体で見ると、大きな絵になっている。そういうやつだ。

 同じ写真が複数回使われるとはいえ、何百枚という規模の写真を必要とするのだ。

 少し前に文化祭実行委員から、小学生時代、中学生時代、そして高校生になってからの写真を出来るだけ提出するように指示された。

 写真を撮る習慣がないので、かなり苦労したが、なんとか一年三組の一員としての義務は果たせたと思う。


「なんだ?」

 今、誰かが教室から走り去っていった気がする。一瞬で階段の方へ消えてしまった。

 顔は見えなかったが、スカートだったので女子だろう。

「ちょっと待てよ……?」

 教室には俺のカバンと、それから「あのノート」がある。あれだけはマズい。あれを見られようもんなら見たやつを殺し、俺も死ぬ。

 走って追いかけ、ノートを見てないか問い詰めたい気持ちは山々だが、かなり距離がある、追いかけても無駄だろう。

 人のノートを勝手に覗き見るなんてそんな非常識なやつ、いるわけない。絶対そうだ。大丈夫。大丈夫。

 仮にそんなやつがいたら、俺は絶対そいつとは仲良くなれない。断言できる。


 教室に戻ると、傘入れに入っていた傘が一本減っていた。残った二本のビニール傘の内、一本は俺のものである。

 さっきの女子は傘を取りに来ただけみたいだ。それならノートには気づかないだろう。よかった。

 というか、残ったもう一本の傘、誰のだよ。もうみんな帰るなり部活動に行くなりしている時間なので傘が残るはずはない。雨の中わざわざ傘を置いて、走って帰ったのだろうか。というかこの傘ずっと置きっぱなしのような気がする。夏休み前から、ずっと。

 傘入れに入っている傘の本数が勝手に増加したり減少したり、様々な柄に変化していくのは自然法則によるものであり、受け入れるしかない事であるが、常に一本必ず残るというのは不思議なものだ。


 数学や物理を勉強する理由は、感覚で納得のいかないことを頭で理解出来るようになるためだ。と聞いたことがある。気持ちを入れ替え、懸命に勉強し、傘の謎について解き明かす人生も悪くないかもしれない。


 それにしても放課後の教室は、やっぱりいいものだ、素晴らしい。

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