火曜日1 暇人は情報をまとめる。

 犯人探しを若菜わかなさんに依頼された翌日。昨日と変わらず今日も快晴。空気がとても美味しい。

 登校中、改めて考えをまとめることにした。

 電車通学をしている俺は、比較的空いている時間と車両を熟知しているので、容易に座席を確保することが出来た。

 落ち着いて思考の海に潜る。まずは整理しよう。


 前提として、絶対に確定していることはない。

 強いて言えばモザイクアートポスターは昨日、月曜日の昼休みにはもう無惨むざんな姿になっていたということ。

 あとは主観的に確定しているのは、土曜日の放課後、教室にカギを閉めたのは俺であるということ。


 次に、ほぼ確定していいであろうこと。これも少しだけ。

 ポスターが教室に来たのは、土曜日の放課後であるということ。俺はその時ぼーっと窓の外を見ていたので気づかなかったが、越川こしかわがそのことについて、嘘をつく必要があるとは思えない。

 越川が月曜日の七時に教室のカギを開け、すぐに教室から出ていったこと。これも目撃証言があるから信じていいだろう。


 ここからが問題だ。

 そもそも、物理的なことだけで言えば、この犯行は誰にでも可能なのだ。

 カギなんて借りたり返したりは、職員室に行けば誰でも出来る。

 カギが開いてさえいれば、他のクラスの生徒だって入り放題だ。

 それに、先生方ならもっと容易に入ることが出来るだろう。

 教室のカギはそこまで厳重な管理はされていないはずで、盗み出すことだって出来るかもしれない。

 この事件、実は教師から生徒まで、全員に犯人の可能性があるということだ。

 それを一つ一つ考えるのは無理がある。だからこそ心理的な面から考えて容疑者を絞る必要がある。


 まず分かりやすいのは先生方のことだろう。

 犯行のやりやすさで言えば、教師が一番だ。しかしそれと同時に、一番犯人たり得ないのも教師だ。生徒と教師では、バレた時のリスクが違いすぎる。生徒であれば説教されて、みんなに謝って終わりだろう。反省文くらいは書かされるかもしれないが。

 それに対して教師に与えられる罰は、詳しくは分からないがなんとなく想像はできる。減給、謹慎、もしかしたらクビかもしれない。なんにしても社会的信用を失うのは、間違いないだろう。

 どうしてもやらざるを得ないような大義があるならまだしも、ただ生徒の作ったポスターを一枚引きちぎって、社会的信用を失うんじゃ割に合わなすぎる。


 他のクラスの生徒も可能性としては低いと思う。

 まず一年生は吉田よしだ先生との関わり自体、授業くらいしかないだろう。

 半年間、授業で関わるだけの先生に、そこまでの恨みが育つとは思えない。それに、そもそも吉田先生は評判の良い先生なのだ。

 他クラスにズカズカと侵入するのは、心理的にも物理的にもハードルが高い。

 絶対とは言えないが、やはり可能性は低いだろう。


 二年生、三年生については分からないが、吉田先生は一昨年と去年は三年生の担任をしていたと聞いたことがある。つまり関わりが深い生徒はいないということになる。

 そうなれば一年生と同じような理由から、可能性は低いと考えて良さそうだ。急に上級生が現れた時の目立ち方は、一年生の比ではないだろうし。

 やはり疑うべきは、一年三組のクラスメートである。


「……きくん! ……づきくん!」

 ふと誰かに呼ばれた気がして、意識を外の世界に向けると、なんと既に学校に到着していた。学校どころがここは一年三組、そして自分の座席である。

 半年間通い続けたことによって身についたオートパイロットシステム、恐るべし。

「あ、あぁ。おはよう若菜さん」

 声をかけてきていたのは若菜さんだった。どうやら大分無視してしまっていたようで、少し眉間にシワが寄っている。怒っているまではいかないが、不機嫌にはなってしまっているようだ。

 強引に廊下に引っ張り出される。腕が痛い。

秋月あきづきくん! 無視しないでよ! 昨日のこと全部夢だったんじゃないかって、自分のこと疑い始めてたよ!」

 大げさな。それにしても我ながら凄まじい集中力だ。一切気づかなかった。

「いや、ごめんごめん。それよりどうしたの?」

「まだ越川くんが昨日のことの説明してくれてないから、居場所がないんだよ。みんなの視線、冷たくて」

 教室を覗くと、確かに越川はいないようだ。水島さんもいないので、今は文化祭実行委員の仕事中なんだろう。

「それで、俺のとこに退避してきたってことか」

「なのに無視するんだもんなぁ、秋月くん」

 ムスッとした表情を作る若菜さん。意外と根に持つタイプなのか。弁明した方がよさそうだ。

「無視したわけじゃないんだよ。集中してて、気づかなくて」

「何にそんな集中してたの? 何もしてなかったと思うけど。瞑想?」

 教室で急に瞑想し始める。そんなやつはいない。若菜さんはボケたわけでは無さそうだ。真面目な顔をしている。

「いや、事件のことを考えてた。自分なりにまとめてて」

「そうなんだ! やる気みたいでよかった! 昨日は渋々引き受けたって感じだったから」

 たまに見せる子供のような、無邪気で明るい笑顔。見てるこっちまで、なぜか気分がよくなる。

「まぁ、頑張るよ」

 やる気、か。言われてみれば確かにそうなのかもしれない。こんなに集中することは普段ない。どちらかというと、集中力はない方だ。

「私も昨日、帰ってから考えてたみたんだ。それでさ、本当にこの調べ方でいいのかなって」

 この調べ方というのは、恐らく吉田先生への悪意がある生徒に、時間的アリバイがあるかを聞くという方針のことだろう。

 それについては同意見だ。

 先程まで考えていたことから、クラス内から犯人を探すことは決めているが、犯行方法については限定することが、何も出来ないのだ。

 月曜日の朝七時から八時に教室で一人、堂々とやったという方法以外にも、色々考えられる。

 別の時間に、何らかの方法でカギを開けたり、カギを盗んだり、もしかしたら窓から侵入したのかもしれない。

 むしろ、そういう感じの方が、事件らしいというかミステリーらしいというか、なんとなく、しっくりは来る。

 でも物事には、順序というものがある。

「言いたいことは分かるけどさ。とりあえず、一番安直で簡単な案から潰していこうよ」

 吉田先生を恨み、七時から八時にアリバイのないクラスメートを探すということだ。

「確かに、全部一気に考えるのは難しいもんね。うん、わかった!」

 若菜さんは納得してくれたようで、話を三人の容疑者についてに戻してくれた。

水島みずしまさん、江本えもとさん、真鍋まなべくん、誰から声かける?」

「一番怪しいのは水島さんじゃないか? 他人に罪をなすり付けてたのは、事実だし」

「じゃあ、さっそく朝のホームルームが終わったら、行ってみよっか」

 昨日、自分のことを恫喝どうかつした水島さんのことが怖くないんだろうか。

 昨日から感じていたが、思っているより若菜さんは、無邪気な人なのかもしれない。

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