月曜日5 暇人は依頼される。

「ってことで俺は無罪ってわけだ。てか、よく考えたら犯人なら若菜わかなさんのアリバイ証明を手伝わないだろ!」

 それがアリなら、最初から言っとけばよかった。

「なら証拠はないけど秋月あきづきくんも?」

「いいんじゃね? 秋月も違うってことで。別に俺は、犯人探しをしたいわけでもないしな」

 じゃあ何だったんだこの時間は。めちゃくちゃ疲れたぞ。

「一番の目的は若菜さんのアリバイだったしな。他はついでだよ、ついで。二人とあんま喋ったことなかったし、丁度よかったろ」

「確かに今までそんなに関わりなかったね。よろしくね、越川くん」

「おう、秋月も仲良くしような。俺もたまにぼーっとしに来るからさ」

 その話、忘れてなかったか。

「あ、あぁ。たまに、ならな」

「窓から見える夕焼け、すごくキレイだし、私も来ようかな。たまに」

 もうこの教室はダメかもしれない。


「それじゃ、目的は果たせたし、帰るわ。じゃあな!」

 そう言って、扉の方へ歩きだす越川こしかわ

 若菜さんは越川の後ろ姿に向けて、感謝の言葉をかけた。

 越川は後ろ姿のまま何も言わず、手を左右に振り、次第に姿は見えなくなった。と思いきや何かを思い出したのか、足早に戻ってきて言い放った。

「クラスには明日、俺から説明しとく!」

 次こそ本当に、教室から去っていった。


「秋月くんも、ありがとね」

 二人になっても呼び方は、苗字のままだった。

「よかったね。これで晴れて無罪放免だ」

 もうこれでやることもなくなった。若菜さんもそろそろ帰るだろう。その後、しっかりとひとり時間を堪能たんのうしよう。


 しかし、若菜さんはなぜか帰らず、教室を徘徊はいかいしている。

 まだなにか用があるのだろうか。特定の目的があるような動きには見えない。ただ手持ち無沙汰に、あっちこっちをウロウロしているだけだ。

 チラチラと確認すると、その度に目が合うのが気恥ずかしい。


 もういっそ、また声をかけよう。それで解決だ。今日の俺は勇敢なのだ。

「帰らないの? 若菜さん」

「あ、いや、その……」

 なぜかモジモジし始める若菜。まだ言いたい事があるのだろうか。

 無理に聞き出すのも良くないと思い、待ってみることにした。

 空はもう完全にオレンジ色に染まっており、夜の暗闇に変わる準備を始めているようだ。

 ここまで暗くなると危険になるのか、球技系の部活動は、グラウンドから引き上げており、隣のクラスもそろそろお開きといった感じなのか、常識的な話し声くらいしか聞こえなくなった。


「秋月くん!」

 静かになった教室に突如として響き渡る若菜さんの声。

 唐突すぎて、心臓がバクバクと暴れる。ビビらせるなと訴えている。

「どうしたの若菜さん」

「犯人探し、一緒にしてくれない……?」

 え? 犯人探し? まさかモザイクアート殺人事件の? それしかないよな。


「えーと、色々聞きたいんだけど。まずは、なんで?」

「こんなことするなんて、きっとすごく追い詰められてるからだと思うの。だから、話を聞いてあげたい」

「なぜ、俺?」

「秋月くん、暇そうだし」

「暇なだけなら犯人は見つけられないと思うけど」

「私のアリバイ証明はしてくれたじゃん! それに」

 若菜さんが俺の手元を指差している。その先には、たまたま吉田よしだ先生から借りて、読んでいる途中のミステリー小説が。

「ミステリー、好きなんでしょ? 吉田先生からよく借りてるってさっき言ってたし」

「い、いや、好きなわけじゃないよ。たまたま読んでいただけで。ミステリー以外が主で……」

 実際は半分くらいはミステリーだ。

「でも読んでるなら大丈夫、出来るよ! なんかこう、名探偵みたいにズバッと!」

 ものすごい勘違いをしてそうだ。ちょっと厳しく忠告しよう。

「あのね、ミステリーを読んでいたって推理能力なんて身につかないんだよ。あぁいうのは物語の中ならではの特殊能力。平凡な高校生に、名探偵は無理だよ」

「そこをなんとか! ね? ね? お願い!」

 なんかキャラが変わってないか。

 いやむしろこっちが本当の若菜さんなんだろう。事件があって、犯人扱いされて、さっきまではへこんでいたんだ。

「そんな事言われてもなぁ」

 渋って抵抗してみるが、諦めるという選択肢を持っていなさそうだ。

「お願いお願い!」

 若菜さんに諦める気がないのなら、こっちが諦めて承諾するしか道がない。

 人に頼られるのは素直に嬉しいし、変わるためのいい機会かもしれない。犯人が見つけられるとは思わないけど、とりあえず。

「わかったよ。手伝う。その代わり、絶対に結果を期待しないこと。いいね」

 若菜さんの顔がパァッと華やぐ。これが本来の表情らしい。しっかりしたイメージからは想像出来ない、無邪気な雰囲気。なんかぴょこぴょこ跳ねてるし。

「ありがとう!秋月くん!」

 こうも無邪気に来られると、弱いなぁ。

「さすが秋月くん、やっぱり優しいんだねぇ」

 知ったようなことを言う若菜さん。

「俺の人間性なんて知らないでしょ、若菜さん」

「知ってるよ。なんでかは秘密だけど」

 なんかあったっけか、身に覚えがない。


「それで、若菜さんはどうやって犯人見つける気なの?」

「うーん、やっぱり動機から、じゃないかな?」

「吉田先生への恨みってやつか」

 誰が吉田先生への恨みを持ってるかなんて、分かりっこないぞ。

「クラスメートの中で吉田先生に恨みがありそうなやつ、なんか目星つく?」

「どうしてクラスメート限定なの?」

「カギとか、リスクとリターンのバランスとか、動機とか、色々」

「なるほどねぇ」

 なるほどとは言いながら、雑な説明に不満がありそうな若菜さん。

「一応忠告しておくけど、さっきも言ったように、俺は名探偵でもなんでもない。完璧な推理なんて求めないこと」

 若菜さんは渋々、了承してくれた。


「クラスメートからってことなら、ある程度、絞れるかも」

 いったいどうやって絞るつもりなんだろうか。

「私、学級委員だから、みんなのことちゃんと見てるんだよ」

 俺も人間観察が趣味だが、外から見るのと内から関わっているのとでは、情報量に差があるのだろう。

「で、具体的には誰が候補になるの?」

「まずは水島みずしまさんかな。夏休み明けに髪色のことで怒られてたから」

 水島さん、文化祭実行委員で、若菜さんを犯人扱いした張本人だ。

「髪色でねぇ……」

 我らが花盟学園かめいがくえんは校風が伸び伸び自由に、という感じでかなり緩い。常識の範囲内なら、何をやっても怒られることはない。

 ところで、人には禁止されるとむしろやりたくなってしまう心理があるらしい、カリギュラ効果と言うんだっけか。花盟学園ではその逆の現象が起きており、何をしてもいいと言われると、むしろ何もしない。面倒くささが勝つのだろう。誰も派手なことや危険なことをしないのだ。

 いったいどんな髪色にしたら怒られることが可能なのか、むしろ気になるくらいだ。

「あとは、江本さん。授業中いつも寝てて、国語の授業の時は頻繁に注意されてる。フラストレーションは、溜まってるかも」

 吉田先生は国語系の教師だ。風貌ふうぼうもどこか文豪感がある。背が高くヒョロヒョロとし、常に眠そうな感じ。

 たまに寝てしまうくらいなら、まぁそんな日もあるだろう、で流されるうちの学校でも、度が過ぎれば注意されるということだ。

 確かに江本さんが起きているところは見たことがない。そしてそのたびに注意されている。本人からしてみればかなり不愉快だろう。

「最後に、真鍋くん」

 真鍋だけ説明がない。自明ということだろう。実際、真鍋は分かりやすく反抗的な生徒で、いわゆる不良だ。花盟学園では貴重な絶滅危惧種である。


「三人だけ?」

「まだ入学して半年だからね。吉田先生、そんなに恨まれてないと思うよ」

「三人くらいなら明日にでも、なんとかなりそうだ」

「一日目で終わったら、拍子抜けだね」

 俺は全然、拍子抜けでいい。三人くらいならパパっと蹴りが付きそうだ。よかった。

 今日はもう誰もいないだろう。どっちにしても決着は明日だ。

「明日はこの三人に話を聞いてみてくれ。月曜日の朝、何時頃に登校したか、あとその証拠」

 明日の放課後、結果を聞いて、そこで考えよう。

「放課後、今日みたいに教室に残ってるから伝えに来て」

 放課後安楽椅子探偵ほうかごアームチェアディテクティブ。実際は探偵ではないが、なかなか響きはかっこいい。

「秋月くんも、一緒に聞きに行くんだよ?」

 え? 俺も動くの。一気にめんどくさくなってきた。


 ――――

 その後、出来ることもないので、解散ということになった。

 帰る時間はいつも通りで、道もいつも通りだった。だけど帰り道に見える景色はいつもよりキレイに見えた。きっと秋になってきたことで空気が澄んでいるからだろう。


 自分らしくないことを引き受けてしまったという後悔と、変わるきっかけになるかもしれないという、ほんの少しのワクワクを抱え、家の扉を開く。

「ただいま」

「おかえりお兄ちゃん」

 俺には二つ下の妹がいる。俺のことを都合よく使える何かだと思い込んでいる節がある。

「……お兄ちゃん、頼んでたアイスは?」

 しまった。新発売のアイスを帰りに買ってくる約束をしていたんだった。慣れないことをしたからか、すっかり頭から抜けていた。

「ごめん、忘れてた。明日でもいいか?」

 聞こえるように舌打ちをされたが、二つ買うということで手打ちにしてもらった。

 いやいや、そもそも自分で買いに行けって話だ。完全に尻に敷かれている自分に気づいた。

 その後はいつも通りの生活をして、いつもより強い疲労を感じながら、泥のように眠りについた。

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