月曜日4 暇人は疑われる。

 さて、容疑者のアリバイを証明したら現れた、新たな容疑者二人。

 そして再び流れ出す、気まずい空気。

 隣のクラスからは、そんな状況をあざ笑うかのように、止めどなく愉快そうな笑い声が届けられる。

「確かに言われてみれば、一番怪しいの、俺と秋月あきづきじゃんか」

「全然、そんなつもりじゃなかった。ごめん、余計なことに気づいちゃったね……」

「秋月、お前がやったのか?」

 さっきまで共闘していたはずの越川こしかわは、目の色を変えこちらをにらむ。

「ちょ、ちょっと待てって。確かになんも証拠はないけどさ、俺がそんな事すると思うか?」

 なんの弁明べんめいにもなっていない。でも本当にやってないし、動機もないだろう。


 アリバイが証明され楽になったのか、それとも状況に応じて立ち回りを変えたのか、若菜わかなさんが会話の主導権を握る。

「秋月くんはやらなそうだよね。文化祭とか先生とかに興味無さそうだし、人畜無害じんちくむがいって感じ」

 人畜無害か……。実際そうなんだけど。

 それより気になることが。

「文化祭とか先生とかに興味無さそうって、なんの話?」

 聞くと、若菜さんは何を当たり前のことを? という感じで答える。

「だって、文化祭の展示物の、吉田よしだ先生モデルのモザイクアートポスターをあんな風にしたんだよ? 文化祭に対する悪意か、吉田先生に対する悪意が動機って考えるのが妥当じゃない?」

 なるほど、確かに状況から考えて、動機はそこらへんが妥当かもしれない。


 しかし、越川が異を唱える。

「でもよ、文化祭に対する悪意にしては、やってること地味じゃないか? 結局、大事おおごとにしないために、先生に報告してないわけだしな」

 鋭い指摘。

 なんとなく、立場の回復を期待して、便乗しておこう。

「うん。文化祭を中止に、とか一年三組の展示を中止にって目的なら、もっと派手にやるはずだな。でも実際は一枚だけ、しかも吉田先生モデルの作品を、破って更にインクまでかけている。」

「先生への悪意って考えたほうが良さそうだね。秋月くん、先生のこと、嫌い?」

 もし、そうだったとしても、うん、嫌い! とは答えないだろう。

「全然そんな事無いよ。むしろ仲はいい方だと思う。よく話すし」

「へぇ、先生と仲いいんだ、意外!」

「たまに小説とか借りてて、感想言い合ったり」

「秋月も借りてるんだなぁ」

「も、ってことは越川も?」

「あ、いや、俺じゃなくてさ。ほら、工藤くどうっているだろ、うちのクラスに。あいつが本借りてるところ、見たことあってさ」

 工藤。うちのクラスの、超が付くほどの優等生だ。

「先生、人気なんだね」

「ただ本棚扱いされてるだけかもよ」

 俺は話を戻す係になってしまったようだ。

「それで、越川は先生のことどうなんだ?」

「もちろん、嫌いじゃないぞ」

 当然の答えだが、一応聞かないとフェアじゃないからな。


 またしても気まずい沈黙が場を満たす。

 より一層盛り上がっていく隣のクラス。本当に文化祭の準備をしているのか。遊んでいるんじゃないだろうか。何もしていないうちのクラスよりはマシか。といってもモザイクアートポスターを展示するだけだからやることは、ない。

 そんな中、若菜さんと越川は目を閉じて真剣に、考えに沈んでいるようだ。

 突如、越川が「俺の無実、証明できるかも! ついてこい!」と言い、勢いよく立ち上がり、廊下へ向かって歩きだした。

 俺と若菜さんは目配せで意思を確認しあい、もう扉の近くまで行ってしまった越川の後ろを追う。

 越川は「早く来いよ!」と手招きしており、なぜか楽しそうだ。


 遅れて廊下に出ると、隣のクラスの生徒と越川が何やら喋っている。

 ちなみにうちのクラスは端の教室なので、隣の教室は片側にしかない。そして階段が目の前なので、便利で気に入っている。

「うーん困ったなぁ」

 結果が芳しくないようで、越川はキョロキョロと目当ての生徒を探している。

「秋月と若菜も一緒に探してくれよ。今日の朝、俺のことを見たやつがいるはずなんだよ」


 そんな事言われてもと思いつつ、一応辺りを見回すと、チラチラとこちらを見る女子を見つけた。隣の女子とコソコソと喋っている。何かを知っているのかもしれない。

 若菜さんもほぼ同時に気づいたようで、小声で言う。

「あの子、なにか知ってそうじゃない? 秋月くん」

「そうだね、話を聞いてみる価値はありそう」

 そのことを越川に報告すると、そのままの勢いで声をかけてしまう。

「そこの女子ー、 ちょっといいかな?」

 その女子は、越川から声をかけられると一気に顔や耳を赤らめた。一目で越川に惚れていることが分かる。

 他クラスの女子からもモテるんだなぁと、どうでもいい感心をした。

「月曜日の朝、七時くらいに俺のこと見なかった?」

「こ、こんにちは越川くん!佐々木沙奈ささきさなっていいます。好きに呼んでください!」

 会話になっていない。越川の頭からクエッションマークが一つ浮かび上がったのが見えた。

 ごめんな、越川、外れだったかもしれない。

「あのー、佐々木さん? 月曜日の朝なんだけどさ」

「さん付けなんていらないよ! さ、沙奈って呼んで……?」

 俺と違い、身長の高い越川を、上目遣いで見上げるかなり小柄な佐々木さん。

 てか、さっき好きに呼んでって言ってたよな。

「沙奈ちゃんはさ、月曜日の朝――」

「うん! 月曜日の朝、越川くん、いや絢星あやせくんのこと見てたよ! でも教室に来てすぐ、カバン置いて出てっちゃったから寂しかったな……」

 めちゃくちゃだ。会話ってキャッチボールに例えられる行為じゃなかったか。これじゃ守備練習だ。

「越川くん、大変そうだね。手助け必要かな?」

 若菜さんが聞いてくる。

「いや、もう大丈夫だと思うよ」

 越川はそういう事の手練てだれなのだろう。なんだかんだ欲しい情報は聞けている。

 勝手に都合よく、佐々木さんが喋っただけのような気もするが。

 何にせよ、これで越川のアリバイは十分だろう。


 佐々木さんを上手くあしらって帰ってきた越川に二人で声をかけた。

「「お疲れ様」」

「ん? 何が? いやー可愛いね、沙奈ちゃん」

「疲れてないの?」

「まったく」

 嘘だろ、あれで疲れないというのか。しかも不快にも感じてなさそうだ。

「じゃあ、教室帰ろうぜ」

 三人で自分たちの教室へ帰る。


 越川は成績も良い方だし、キラキラしているグループの中では比較的落ち着いた雰囲気を感じていたが、全然そんなことはなかった。

 これが本物の根明ねあか

 明るくて、優しくて、賢くて、イケメンで。そんなやつも実在するらしい。

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