月曜日3 暇人はアリバイを考える。
「
わざわざ挨拶をする
「若菜と
俺は気づかれていたらしい。
俺も挨拶したほうがいいよな。とりあえず、若菜さんほどちゃんとした形ではないが、軽く
一つ間を置き、さっそく本題という感じで、越川が切り出した。
「ポスターさ、土曜日の放課後に、俺が店に取りに行って、そのままの足で教室に置いていったんだよ。学校のパソコンでみんなの写真取り込んで、モザイクアートのデータを作ったのも俺だし」
一昨日の土曜日は、月に二回ある登校日だったのだ。基本的には午前中に終わるが、文化祭前ということで、少し長引いた記憶がある。
「だからなんというか、俺の責任でもあるから若菜に申し訳なくてさ。俺がちゃんと保管しておけばこんなことにはならなかった。ごめんな」
言い終わると、越川は近くの椅子に、背もたれ側を前にして抱え込むように座った。
「しかもポスター完成したって聞いたから、もう要らないと思って元データ消しちまったんだよな俺……。ああいうのは残しとくべきだよなぁ、失敗したわ……」
随分大きい独り言だ。元データがないとなれば、もう一度印刷するという手段も取れないということだろう。二作品で我慢するしかないらしい。
椅子にどっしり座り込む越川を見た若菜さんは、長期戦を悟ったようで、適当に椅子を
俺も一応、椅子の向きを二人に向けた。
「越川くんも私がやってないって分かるの?」
「も、ってなんだ?」
「秋月くんもそう言ってくれたの」
越川がこっちを見る。
というか秋月に呼び方が戻った。
「どうも」
「秋月っていいやつだったんだな。俺、喋った事無いから知らなかったよ」
越川と、どころが誰とも喋ったことがろくに無い。喋ったところを見たことがない、と表現しないだけ、越川は優しいやつなのかもしれない。
「ところで秋月は、こんな時間に教室で何してんだ?」
みんな聞いてくる。今後は言い訳を準備しておく必要がありそうだ。
「特に何も。放課後に教室でぼーっとするのが好きで」
「なんかそれ、秋月らしいな。ぼーっと、な。俺も今度からしようかな、ぼーっと」
俺はクラスメートから、どんな印象を持たれているんだろう。心配になってきた。
「若菜さんもどうだ? 放課後にぼーっと過ごすってのは」
「ぼーっとすると、どんな効果があるの?秋月くん」
「安らぎとか、癒やし、かな」
冗談だとは思うが、二人が参加するなんて絶対嫌だぞ。ひとりの空間だからこそなんだ。これは。
「いいかもしれないね、私もたまには、ぼーっとしてみようかな」
なんで二人ともぼーっとすることに積極的なんだ。
ダメだ話を戻そう。本気で困る。
「そんなことより若菜さんの無実って、何か根拠があるの?」
「あるなら教えて! 越川くん」
「証拠、証拠なぁ。でもやってないってことは分かるぞ!」
何だ、その妙な自信は。というか、つまり証拠の
いや、ここまで自信があるんだ、もったいぶってるだけかもしれない。
もう一度、一応聞いてみよう。
「つまり、証拠とかがあるわけじゃない?」
「うーん、そうだな、月曜日の朝の……アリバイ? ならあるんだけどなぁ。それだけじゃな」
もったいぶってるというよりは、不完全で自信がないという感じか。じゃあさっきまでの自信の源は、どこ由来のものだったんだろうか。
「月曜日の朝? それってどういう?」
若菜さんが聞いた。
「ほら、文化祭準備期間に入ってから各教室にカギかけるようにしてるだろ? そんで、月曜日の朝のカギを開けたのは、俺なんだよ。七時くらいだったかな。その後すぐ教室を出て、えーと、委員の仕事してて、八時くらいに若菜さんが登校してきたのを校門で見たからさ。八時ならもう他に、何人も教室に来た後だろ?」
なるほど、校門で見たのなら、
しかし若菜さんは分かっていないようで、素直に疑問を口にする。
「でも、私が七時から八時の間にポスターをぐちゃぐちゃにした後、学校を出て、八時にもう一回登校すれば出来ちゃうんじゃない?」
そう、やろうとすれば可能ではある。でも別の視点から考えると、やはり不可能なのだ。説明してあげよう。
「文化祭準備期間は早く登校してる生徒も多い。その中で、学校を出てきて逆走してるのは目立つ。仮にクラスメートに遭遇しようもんなら即アウトだ。悪事を働こうとしてる人はそんなリスクがあることしないと思う」
「なるほどなぁ。でも結局、月曜日の朝のアリバイだけじゃな」
越川の言う通り、若菜さんのアリバイを証明するには、月曜日の朝のアリバイだけでは足りない。
月曜日の朝から昼までの間は、教室に常に人がいるから無理なのは
そして偶然にも、それは俺が証明出来る。
「土曜日の放課後のことなら、教室に最後まで残っててカギ閉めたのは、俺だよ」
「土曜日もいたんだ、もしかして秋月くん、毎日いるの?」
話がそっちにズレるのは、困るんだけどなぁ。
「ま、まぁ、習慣だから」
「他に参加者はいないのか?」
「参加者って、別に部活でもないんだし。一人だよ」
この二人、好奇心が強いのかグイグイ聞いてくる。強引にでも話を戻さなきゃ。
「とにかく、土曜日の放課後、教室のカギを閉めたのは俺ってこと」
「マジかよ。なら若菜さんのアリバイ、成立、じゃね?」
土曜日の放課後にポスターが教室に届き、最後に教室にカギを閉めたのが俺。月曜日にカギを開けたのが越川。空白の時間があるものの、その後、越川が若菜さんを校門で確認している。十分アリバイと呼べるんじゃないだろうか。
しかし、そうなると厄介な事実が現れる。
その後の展開を予想して、ため息をつく。
面倒くさい事になるくらいなら、今日は帰ろう。そっちの方が大分マシだ。
「じゃあ、俺は帰るね」
立ち上がる。扉に向かい、一歩踏み出したところで若菜さんに手を掴まれる。
「待って、秋月くん」
マズい、気づいたか……。
厄介な事実に気づいたと思われる若菜さんが、忍びなさそうに発言する。
「二人のどちらかが犯人って可能性が、あるってことだよね……?」
土曜日の放課後と月曜日の朝に、無人の教室にいた二人。
つまりこの事件、モザイクアート殺人事件の最大の容疑者は、若菜さんなどではなく、俺と、越川ということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます