第10話 暴君の世界

「大体わかったぜェ、こいつでの戦い方ってやつがな。まァあれだな。俺様の時代の魔術と根本は変わらねェ。魔術として使うか、魔術道具として使うかってだけな訳だ」


 暴君が嗤う。バイバルスのコンソールを操作しながら。その手つきは熟練の魔導機猟兵乗りのそれに見えた。次々と打ち込まれるコマンドに反応し、背部にマウントされた粒子砲をパージされる。次に根源機関の停止。個性初期化のシークエンスが開始される。まて、まだ敵が近くにいるんだぞ。こいつ、いったい何をはじめた?


「ま、まて何をする気だ!」


 言葉は出る。だが身体の自由が聞かなかった。思考と口以外の身体のコントロールを奪われているらしい。ただ眺めるしかない間に俺の身体が勝手に動く。


「俺様にふさわしい機体に変えるんだよ。こいつは弱すぎるからなァ」


 そして行われるシフトダウン。バイバルスは初期化を完了し素体に変わる。無力で最も軽装なフェーズ1。ちょっと待て、敵の前ではいい的だぞ。


「次はええと、こうだったかァ?」


 なのに悠々と暴君は作業を続けた。「ああ、ここに手を乗せるんだったな」とか言いながら、コクピットのモニタに手を叩きつける。ああ、もっとていねい扱ってくれ!


「敵がいるんだろォ? 急がねぇとなァ。おら木偶早くしろよ。俺様にふさわしい姿を現せよォ! けけけ」


 機体が鳴動する。軋みを上げる。自身の存在を、思考を、魂の高ぶりを掌に込めて素体猟兵に伝達する、暴君のパーソナライズシフトが始まる。


「な、なんだこの音、聞いたこと無い音だが……」


 使われるのは生体波動。魔導気力。アストラルパターン。そして、遺伝子に刻まれたパーソナリティ。経験、記憶、さらに、魂などと呼ばれるもの。つまりは彼の全てだ。だが彼は俺でもある。機体はバイバルスに変わるんじゃないのか? あるいはフェーズが変わる? だが違うとすれば……。身体が同じでも魂は……。俺と奴の魂は違うとかなんとか。


「根源なぁ、変わったもの使いやがるじゃねェか。こいつは中々に面白れぇ。だが使い方がなっちゃいねェ。ザコなテメェいいもん見せてやるよ」


 ガンガン、ゴウンゴウンと聞いたこともないような音がする。さらにコクピットが異常な発光現象を起こしていた。ステータスは――、すべての数値が振り切っている。めちゃくちゃな数値を叩き出し、魔導気力、アストラルパターンは共に計測不能だ。


「この音はなんだ!? 個性化パーソナライズ変容シフトでこんな異音するか!?」


「俺が言いたいことは一つだ。まだるっこしいんだよテメェら。根源から力引き出すんならよ、徹底的に、ド派手に、壮大にやれや! オラ行くぞ! 俺様の機体だ。出てこい〈タイラント〉 シフトアウトだァ!」


 光がコクピットを包む。


      ◆


 信じられない事が起こっていた。


 機体は、フェーズアップを完了した。いやに長い個性化パーソナライズ変容シフトを脱した機体はいつものバイバルスとは何もかもが違った。


「中もいい感じじゃねぇか。俺様にふさわしいな」


 まずコクピットが違う。広い。そもそもここはコクピットか? 直径にして10メートルはあろうかという円形の空間はもはや操縦席という概念は当てはまらない。一般的な魔導機猟兵のコクピットと言えばシートと、その周りに所せましと詰められた計器、モニタ類だがここには何もなかった。


 いや、モニタはある。だがこれが尋常ではない。空間の中央に腕組みをし立つ暴君んの周りぐるりとすべてに宇宙が広がっていた。そして操縦桿、コンソールの類はどこにも見当たらない。まるで展望台だ。こんな大スペースが魔導機猟兵のどこに存在し得るというのか? 


 だがここは確かに魔導機猟兵のコクピットであるらしい。全周展望モニタとでも呼ぶべき画面には敵機の反応がある。ズームイン。帝国機、フェーズ4が3機。こちらに向かって来ている。まずい、各個撃破ならともかく3機同時に囲まれては――。


「さて、どんなもんかな。行け、〈ソーラレイ〉」


 光。まぶしさで目がくらむ。視界がもとに戻ると、先ほどモニタがとらえらた敵機がいない。何もない。爆発の後に残る金属ガスの痕跡すらない。それはまさに一瞬の出来事だった。敵機はが消えた。いったい何があったんだ?


「くくく、弱ぇなぁ、弱ぇ。一瞬で消し飛んだな」


 俺の口から嘲りの声が漏れた。


 モニタの端に武装のデータが表示されていた。〈融合反応砲〉 小規模の核熱融合反応を発生させ放出させる兵器。それが放たれたという記録がある。リザルト――、敵機は一瞬で蒸発したと。


「ははは、どうだ俺様の力は。テメェが無様に逃げながら戦ってたゴミどもを一撃だ」


 暴君は腕を解いていた。その手を垂直に、敵機に向かって振り下ろしていた。その動作に従って、粒子砲のようなものが発射された――、という事か。


「何が、あった……?」


「くくく、何も知らん雑魚に教えてやる。これが殿だ。自らの魔力で編んだ歪曲閉鎖空間を中心として、対現界で大規模な魔術現象を遠隔発現させる――。この動く木偶はな、元々根源力を用いた魔術陣地だろう。それを俺様が正しい使い方をしてやっただけのことよ」


「魔術神殿、閉鎖空間……?」


「分からねぇか。分からねぇだろうな。まぁそれは良い、雑魚どもに分かられても困るからなァ。物分かりが悪いテメェにもわかるようにしてやる。そら、そこをみろ」


 モニタの一部に映像が映し出されたのは巨大な魔導機猟兵。どうやらこの機体の外見データか。驚く。その機体は異様だった。黒く、禍々しく、威圧的でだがどこか神秘的だった。人というより、神や悪魔のような雰囲気をまとう機体だ。


 機体名は〈タイラントノヴァ〉搭乗者はアリオス・ザ・タイラント……?


「お前らは使い方がなっちゃいねぇ。こういうのはな、徹底的にやったもん勝ちなんだよ。根源使ってんだろう? 無限に引っ張れるリソースに接続してやがるのに、なんで出し惜しむのか理解に苦しむぜ。ああ雑魚が向かってきやがるな」


 暴君の機体〈タイラントノヴァ〉に残り1機となった帝国機が近づく。だが攻撃してこない。それどころか逃げようとしている? ああ、進路を変え、やはり逃げるのか――。


「逃がすか馬鹿め」


 全周展望モニタの端から手が伸びた。機体の手だ。。でかい、でかくないかこの手!? それが帝国機をつかみ握った。あまりにデカい。軋みを上げ潰れていく帝国機はおもちゃのように見えた。あの機体は20メートル級はあったはずなのだが。この機体はどれほどだと言うのだ。巨大な腕が魔導機猟兵を握りこむ様は、神話の時代の巨人のよう。どういうサイズ感なんだこの機体!? 


「爆発したぞ。脆いな」


 いつの間にか帝国機はいない。


「おい、雑魚アリオス。他に敵はいないのか? せっかく面白いおもちゃを手に入れたのだ。もっと遊ばせろ」


 俺は混乱していた。訳も分からず戦わされた挙句、良いところで強制的にシフトダウン。何をする気かと思えばこんな、こんな……、なんだろうこれは。


「なんなんだ、これは……?」


「あァ? 最初に言っただろうが。使い方を見せろとな。もう十分見たから俺様が代わってやっただけだ」


「いや、そういう事ではなく……」


 さっきの俺は悲壮な覚悟をもって戦った。死んでしまったあの子たちの仇を取るために、運よく拾った命を使ってあがこうと。それなのにまるで肩透かしだ。あっさりと敵は討たれ、俺の決意と感情の持って行き所は消失した。


「おい、雑魚。早くしろ、次はどいつだ!」


 いかん。暴君が焦れている。


「あ、ああ。〈パルカ3〉に向かった敵機がまだいるはずだ。あとはこいつらの母船を含む艦隊が近くまで来ているはずだが……」


「いいぜ。そいつらもついでに潰してやる。探せ〈タイラント〉」


〈神殿〉内に光が走る。モニタに次々と映像が表示される。それはこの宙域に点在する敵の姿だった。これだけの数の敵をこの一瞬で、捕捉したというのか? さらに光学的に映像化している? これはどういう技術だ? 明らかにテクノロジーのレベルが違う。


「皆殺しだ。散れ『アイン・ソフ・オウル0・0・0』」


 雑だった。暴君が雑に手を振ると、それに従うように〈タイラント〉から幾千もの光が放たれた。モイライ星系に点在する敵すべてに向けて放たれたそれは宇宙を染め、画面の中で一つずつ敵の船や猟兵を消し去っていく。その数のなんと多い事か。こんなにも多くの敵がモイライを包囲していたのかと驚く。だがそれが次々と消え去っていく。すべてが塵になる。


「ごみ掃除は終わりだ、はははさすがにこれだけ死ぬと〈座〉が開きやがるな。俺様と一体になったお前にも見えるだろうアリオス。あれだ。あれが〈魂の座〉よ。生き物が死ぬとな。あれが開くんだ」


「あ、ああ……」


 俺は見る。粒子砲の破壊的な光とはまた別の光。

 淡く穏やかでどこか優しい光。その光が、細い帯を作り螺旋に登っていく。


「あれがな。正しい世界の動きだ。魂の動きだ。だがな、俺様はあれが嫌いだ。何億年も閉じ込めやがって反吐が出る。正しい流れなど知ったことか。決めたぞ俺は今から世界の在り方を変えてやる」


 魂。なるほどあれが魂かと、腑に落ちる。何故だか分からないが理屈ではないところでそう感じた。


「なぁ、彼女らもあそこにいるのか?」

「あァ? いるんじゃねぇか。死んだら大体ああなるからな」


 そうなのか。ならば俺はせめて彼女らの魂の安寧をと願う。どうやらこの訳の分からない俺の身体を使う存在のおかげでモイライは守られた。だが彼女らは死んでしまった。それは名誉ある死でもあるし、彼女らの運命でもあったのだろう。


 玲華、メグ、ガブリン。どうか安らかに。短い一生だったのが悔やまれる。


「アリオス。アリオース! 偉大過ぎる俺様の魂にくっついた金魚のふんよ。テメェいま祈ったか? 神や何かに祈ったか? 敬虔な気持ちになったかァ!? あああ、気持ちワリィイイ!! やめろやめろ馬鹿。テメェの感情が俺にも伝わってくるんだよ!!」


「な、何を怒ってるんだお前は」


「俺様はな、むかーしむかし、あるクソばばあ聖女のせいでひどい目に遭ってからなァ、そういう敬虔なカンジが大っ嫌いなのよ。だから祈るな馬鹿。気持ち悪いわ!」


「だ、だが仲間が」


「ウルセェ。仲間な。女だろ。お前ちょっと寝てろ。その間にいいようにしといてやる。だから祈るな。願うな。綺麗っぽい心垂れ流すな。俺様が不快だ」


「そ、それはどういう……」


「寝ろ」


 そんな一方的な暴君の言葉と共に、俺の意識は途切れた。


       ◆


 声が聞こえた。


「隊長さん!」

「たいちょ~」

「アリオス! おっきろー?」


 次に俺が意識を取り戻したとき、傷一つない三人が俺の顔をのぞき込んでいた。

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