第9話 アリオス・ザイオンの戦い

「いくらお前の防御が凄くても、この機体でまともに相手はできない。そもそもの性能が違う。正面切って戦っては敵の防御を貫けないからだ」


 動き出した〈バイバルス〉に対しての攻撃が激しさを増す。敵の放つ粒子光と防壁が干渉し激しい光芒を放っている。この光芒こそが、俺の命を守る光らしい。


 バイバルス自身でも防壁展開はできるが、現在はすべて暴君が防御を担っている。 だが、それも無限にあるとは思えない。フェーズ4の集中攻撃に会えば飽和消滅するかもしれないし、奴も何を考えているかイマイチ不明だ。


「だから一旦逃げる」


〈バイバルス〉の噴進器バーニアを全開で開ける。


 この宙域は〈パルカ3〉の惑星重力下にあるため、慣性力から発生する加速圧が身に降りかかった。この機体には背部に四基、両足部に補助的なものが二基ずつ存在していて、この構成は高機動一撃離脱戦法特化、襲撃型と呼ばれるタイプだ。


 流星のように飛び、敵に迫り、高速で飛来する宇宙デブリのように敵を穿つ。バイバルスのお得意の戦闘スタイル。それを適用するために、一旦敵群から距離を取りたかった。


「はん、当然のようについてきやがるな」


 引き離せないことは分かっている。運動性も相手が上だ。


 帝国のフェーズ4の機体がバイバルスに迫る。迫るだけでなく嫌になるほど正確な射撃付きでだ。この信じられないほど固い防壁がなければとっくに撃ち落とされているところだ。


「お、バックを取られたぞ? どうする? どうすんだァ?」


 ビービーと神経を逆なでする警報が耳をうつ。ターゲットロック。物理弾が来る前兆。全力で回避行動を開始しても間に合うか――。


「聞きたい。この防壁ミサイルには対応するのか。粒子砲以外にも防げるか」


「ハァ~? ってなんだァ? まぁ喰らってみればわかるんじゃねぇかァ」


「分かった。どのみち避けられん」


 げらげらと不快な笑いが俺の口から洩れる。自分自身の声だと言うのに、口調が変わるだけでこんなにもイラつくものなのか。もし今後誰かに喧嘩を売る時は、暴君の言い方を参考にするといいかもしれない。今後なんてのがあればの話だが。


「お、来たぞ来たぞォ~。当たる当たる当たる――――」


 光、衝撃


「はい、当たったァ!!」


 直撃した。したが俺はまだ生きている。バイバルスの各所にも異常はない。攻撃は防がれた。防壁の耐久力は敵の物理弾頭をも凌駕するらしい。


「ギャハハ、お前マジで弱いな。俺が居なきゃ何回死んでんだァ?」


「うるさい。貴様どっちの味方だ。俺に戦えと言ったんだろうが。なら黙っていろ」


 悔しいが俺の命はこのクソ野郎に握られている。〈帝国〉機にいいように追い立てられている事もイラつくが、この軽口がどうしようもなく神経を逆なでする。


「――あそこに逃げ込む。防御は任せたぞ」


 見えてきたのは、〈パルカ3〉の衛星軌道上に漂っていたデブリだ。おそらくモイライ艦隊の残骸か。母船は墜ちたはずだから。周囲には小型艦も随伴猟兵もいたはずだが、もちろん反応はない。望遠で確認。――なるほど。これでは生存者は望めない。


「なんだァ? 次はかくれんぼか」

「黙っていろよ」


 だがこの場、攪乱かくらんには使える。爆発のためまき散らされた金属ガスが電波を乱れさせ捕捉されにくいし、残骸はデコイ替わりにもなる。単純に敵からの死角も増える。


 案の定、敵部隊は停止したようだ。宇宙空間戦闘では小さな宇宙デブリの衝突でも死に直結するリスクがあるから当然の判断だろう。


「おお、器用によけやがるじゃねェか」


 そのままバイバルスはデブリの中を進む。爆破炎上した船は固い外部装甲を残し四散したらしい。巨大な筒状の残骸となっている。


 おあつらえむきだ。敵機の位置を気にしながら、デブリの奥へ奥へと入っていく。敵は複数機であるため狭い空間では動きが鈍る。だがこちらは単騎。狭い場所では利がある。


「お前逃げてばっかりだなァ。あいつら倒せるのかァ?」

「倒す――努力はする。仲間の仇だからな」


 このデブリのどこかに、玲華機もいるのだろう。彼女は母船防衛に当たっていたはずだから。そう思っていた時、センサーに反応があった。


「玲――、ああ、くそ」


 機体が救難信号を捕らえたのだ。モニタを拡大すると、スーツに身を包んだ人間が漂っていた。乗り組み員だろう。信号を出している要救助者。玲華ではない。生死は――確認するまでもない。彼か、もしくは彼女はもう死んでいる。


 スーツは救難信号と共に、中の人間のバイタル情報も送信するからだ。反応なし。玲華ではないのだけが救いといえた。


「この時代は人が宇宙に居やがるんだなァ。そのくせどいつもこいつも弱っちいじゃねぇか。来るなら、不死身にでもなってから来るべきじゃねェかァ? 最低でも酸素ぐらいは作れるようにしてこいよ」


「人間はお前みたいな存在じゃないんだよ」


 最初に暴君が現れた時、こいつは生身で宇宙空間に出現していた。


 バイバルスもなく、スーツもなく、生身でだ。


 それはきっと元の俺の身体が、機体ごと粒子砲に撃たれ蒸発したからだろう。その後何らかの力で復活したが、身体だけ再生されたから丸裸なのだ。


 そう。丸裸。

 裸の尻にコックピートシートの感触が落ち着かない。


 宇宙空間で多いのはパイロットの単体死だ。特に環境要因での死亡が多い。コックピットに気密性はあるものの、戦闘下で信頼性は低く、機体は無事でも容易く人は死ぬ。それを防ぐためのスーツである。


 スーツを着用する理由はいくらでもある。惑星重力下の高Gによる血流変動、コクピット内の極端な温度変化、宇宙放射線問題、排泄など生理的問題、etc、etc――。


 だが今、俺の身体はそれを気にする必要がないようだ。高速機動による高Gも、温度変化にも問題に感じない……。俺自身も化け物になったのかもしれない。


 モニタに反応があった。敵機が一機、近づいてきている。


「いいな。単独で捜索に来たか」


 動力機およびレーダー類を最小にしていた〈バイバルス〉の有視界に白銀の機体を捕らえた。こちらは相手を見つけたが、あちらはまだバイバルスを捕捉していない。早速チャンスだ。


 俺は機体を操作し、デブリを蹴る。慣性機動から、敵レーダー外ギリギリで噴進機に点火。急加速。敵機に動きあり。接近を悟られた。機体がこちらを向き防壁バリアが展開される。が、その前にだ。


 両腕に装備されたブレードを突き出し、さらに加速。こちらの意図に気づいたパイロットが回避行動に移ろうとするが。


「――遅い」


 ブレードを牙に見立て突き出したバイバルスが突っ込んでいく。展開された防壁にブレードが当たり幾筋のもの光芒が生まれたが、一瞬の抵抗ののちあっけなく砕ける。そしてブレードは敵機、胴体中央部コクピットに吸い込まれていく。


 ズガン


 宇宙には音は無い。だが機体には振動としての音がある。今の音は、確かな手ごたえを感じる音だった。


「コクピットを破壊。機体停止を確認。ただちに離脱」


 うまくいった。猟兵の防壁は粒子兵器には効果的だが、ブレードによる質量攻撃には弱い。宇宙時代の戦闘とはとても思えない暗殺じみた機体操作頼みの戦法だが、それもこれも性能で大きく劣るゆえだ。


 ゆえに見つかっては意味がない。すぐさま慣性機動に戻し、バイバルスはデブリの影に紛れる。


「はーん、なるほどな。お前はそういうやつか。ふーん、ハァ」


 じきに撃破された機体が見つかるだろう。その前に次の相手をと思ったが俺の中の暴君が、あきれた声を出したことがどうしても気になった。


「何か言いたそうだな」


「いやなに。ザコの戦い方だなァと思ったまでヨ」


「なんだと」


「弱っちぃ奴はかわいそうだなァ? まァ、テメェはちまちまやってんのが性に合ってるのかもしれねェが俺様は違う。この人形の使い方は分かった。


 離人感、というものだろうか。

 暴君の言葉と共に、俺の意識が一段後ろに引き戻されるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る