第8話 暴君の復活(2)

 撃たれていた。丸裸になったコクピットからすぐ近くの空間で、荷電粒子が散っていくのが見える。プラズマ化されたエネルギー弾が次々に飛来するが、ことごとく弾かれてかれていた。


〈帝国〉機が攻撃を再開している。だが俺は死んでいない。敵機と俺たちの間に、不可視の障壁が出現していたからだ。


「なんだこれは……?」


 光学的防御機能の一種だろうか。着弾と同時にプラズマが半円状に散っていく様は猟兵の力場防壁バリアフィールドに似ているが。


 だが〈帝国〉のフェーズ4複数機に同時に攻撃されて防ぐことができるほどの出力はない。そもそも俺はまだこの機体を動かしていない。


「くはは、弱ぇな。この程度か」


 俺の中の暴君が嗤う。


「お前が助けてくれたのか、暴君タイラント


 目を細めていなければ失明してしまいそうなほどの距離でスパークするプラズマの奔流ほんりゅう。次々と攻撃がくわえられているが、そのいずれも届かない。


「よぉ、さっきの話だがな。はっきり言うとお断りだ」


 起こっている現象に面食らっている俺に対し、我関せずと暴君はマイペースに言葉を紡ぐ。俺の身体なのに自由が利かない。自分の意識とは無関係に口が動く、顔が歪む、己自身に対する罵倒が紡がれる。


「ふざけてんなよお前。俺様に指図してんじゃねェ。アレをもって逃げろだァ? アレが何か分かってんのかお前」


 アレ、お断り。しばらく考えてから先ほどの問いに対しての返答だと理解した。ガブリン機を回収し逃げろという提案だ。


「も、もちろんだ。仲間が乗っている機体だ」


「仲間だァ? 死んだだろうがそいつは」


「それは、そうだが」


「ハァ、やだやだ。お前馬鹿かァ? 死体になんの意味があるんだ? ねぇだろ死んでんだから。よくて血袋、悪けりゃ丸焦げだ。それともお前あれか? 死んだ女抱くのが趣味ってやつかァ? 状態関係なく死んでて女なら良いっていう! それならまァわかるぜ。お前いい趣味してんなァ!」


「――なんだと」


 信じられない言葉を聞いた。死体に意味がない? 死んだ女が趣味? 不覚にも頭の中に彼女らの姿を思い浮かべてしまう。そしてそれらはみな血にまみれていた。


 宇宙で死んだ人間は今まで何度も見てきた。それがあの子たちの顔に重なった。畜生、自分の想像力の逞しさに反吐が出る。


「お前何てことを」


「おお、怒った? 怒ったのかァ? クズ雑魚のアリオス。自分の女も守れない無力な馬鹿でもいっちょ前に怒るのか、くはは」


「く……」


 だが、確かに暴君のいう事も理解できるのだ。こいつにとってガブリン達は何の思い入れも無い見知らぬ死者で。それにここは戦場だ。生きるか死ぬかの瀬戸際に、知らない相手の死に何を思えという話だろう。


「――だがまぁテメェの趣味はどうでもいいぜ。俺が言いたいのは、逃げるのは有りえねェって話だ。仲間が恋しいなら戦えよカス。お前の仲間だったんだろ? お前が戦え」


 驚くことに、暴君は戦えという。先ほどなすすべもなくやられた俺ににだ。


「だが、俺は」


「弱いってか? 知るかよクソ。それでも戦えやボケ。見ろやあいつらの攻撃は届かねぇ。俺がいるからなァ。この人形よォ、こいつでの戦い方を俺は見てェのよ」


「それは、お前が協力してくれるということなのか?」


「さぁどうだろうなァ? 途中で気が変わるかもしれねェけどなァ」


     ◆

 


「この機体はそのままでは使えないんだ。魔導機猟兵は、機体を自身自身のものへ個性化パーソナライズ変容させることが必要なんだ」


 どうやら暴君は魔導機猟兵に興味があるらしい。

 これを使って戦えと俺に要求する。


 口の悪いもう一人の俺に半ば乗せられるように、俺は帝国製の魔導機猟兵の個性化パーソナライズを初期化するコマンドを撃ち込む。この機体は、フェーズ4に至っている強力なものであるが、俺が動かせないのであれば仕方ない。


 魔導機猟兵は良くも悪くもパイロットに依存する。乗り手が居なければ、どれだけ強力な機体高フェーズ機であろうと、ただの鉄くずに過ぎない。


 魔導機猟兵のフェーズシフトシステムには、メリットとデメリットがある。まず、魔導機猟兵はそのままの形で運用することが不可能な点だ。


 汎用の砲や、ブレードであれば流用は可能だが、機体そのものはそうはいかない。基本的に猟兵はフェーズシフトさせたパイロットの専用機になるからだ。


 であるから、現在のように、フェーズ4の機体を奪っても初期化させなくてはならない。


 だがそれは同時にメリットでもある。パイロットと、敵の乗り捨てたものでもなんでも機体があれば、乗り換えが容易であるということだ。


 初期化が終わった機体は素体猟兵アーキタイプイェーガーという状態になる。これがフェーズ1。機体の大きさも一回り縮み、いたってシンプルな姿だ。


 そしてここから、乗り手の技量により専用機に生まれ変わらせる工程に入る。


「今からフェーズ3〈バイバルス〉への個性化パーソナライズ変容シフトを行う。通常は戦闘中に行うものじゃない。完全無防備な状態になるからだ。だが、今はお前が守ってくれるらしいからやるんだ。……クソ、絶対守れよな」


「くかか、さぁどうだろうなァ。まぁ俺様の気分次第だ」


 どこまでもムカつく暴君に戯言を聞きながら俺は、コクピットのモニタに手を置いた。そして意識を集中。自身の存在を、思考を、魂の高ぶりを掌に込めて素体猟兵に伝達する。


 使われるのは生体波動。魔導気力。アストラルパターン。そして、遺伝子に刻まれたパーソナリティ。経験、記憶、さらに、魂などと呼ばれるもの。つまりは俺の全てだ。


 それらを総動員し、俺と魔導機猟兵は一体となる。


「行くぞ、〈エンゲージ〉! 魔導気力エントリー! 個体識別名称:アリオス・ザイオン。魔導機猟兵を再構築リビルド ――姿をあらわせ! フェーズ3〈バイバルス〉!」


      ◆


 素体魔導機猟兵の各部に配置された全7基の根源第六物質オードマテリア機関が俺の意思に従いに並列励起れいきをひき起こす。


 通常、素体猟兵のサイズは10mと決まっている。だが根源第六物質オードマテリア物質化マテリアライズ現象を引き起こすとき、その質量は増大する。


 それは質量保存をうたった物理法則を容易く踏み越える新秩序ニューオーダーシンプルだった素体猟兵の表面に装甲が増殖を始める。


 一度は宇宙の塵と消えた〈バイバルス〉。それが再誕するさまは芸術的ですらある。装甲が、噴進器が、武装が、間接部が。それぞれ傷一つない姿で再生される。基幹第六物質機関セントラルオードマテリアが胎動をはじめればそこには黒鉄の騎士が出現する。


 コックピット部の装甲も再建され、中も見慣れたものに変わっている。機体情報がモニタに表示された。半ば自動的に各部の状況をチェック。オールグリーン。鋼の心臓が拍動を増し、機体の隅々まで魔導髄液が巡っている。


 銀と黒鉄で構成された鎧騎士のような外観。アリオス小隊の隊長機だ。


「アリオス小隊、アリオス・ザイオン〈バイバルス〉シフトアウト」


 これこそが、魔導機猟兵マギウスイェーガーのエンゲージシークエンス。

 魔導機猟兵乗りの、出陣の儀式だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る