第7話 復活の暴君(1)

「く、くくくく――――はっはっはっはァ!!! 俺様、大ふっかーつぅうう!!!! ようやく出れたぞクソ野郎が! 現世だ現世! ガハハハ!! いつまでもあんなしみったれたクソ空間に俺を閉じ込めておけると思うなよボケナスが! ざまぁ見ろ、ラナリア! ざまぁ見ろ王国! 俺様は帰って来たぞぉォ!!」


 ――不思議な事が起こっていた。


 俺が笑っていた。それも宇宙空間で、丸裸の、完全に生身の状態でだ。


 なぜ死なない? なぜ喋っている? なぜ笑っている?


 疑問は次から次へと浮かぶが、最も不可解な事は、がここにいるのに、がそこにいる事だ。


 あれは俺に間違いない。まず背格好が俺だった。髪だって顔だって俺だ。だがあの表情は何だ。わらっていた、下品に、意地汚く、この世のありとあらゆるものをさげすむかのように笑っていたのだ。


 そして最も不可解な事は、その俺が俺に話しかけてきたことだ。


「ケッ、一度漂白されたせいだろうな。が新たに生まれてやがったか。〈二重霊魂ダブルソウル〉状態とでもいうか。クソめんどくせぇな。俺様の人格が完全に覚醒すれば上書き出来ると思ったんだが。まぁいい。どうせ時間の問題だ。――おい、そこの俺。自分の女も守れない無力で無価値な俺。テメェはそこで指くわえて見てやがれ。この不滅の大魔術師〈暴君〉アリオス・ザ・タイラント様の大復活劇をなァ!」


 魔術師? 暴君? アリオス・ザ・タイラントだと? 意味は分かるが、どういうものか分からない単語が並ぶ。別の俺というのは、この俺の事なのか? それよりも、おい、お前危ないぞ!!


 口の悪い俺、便宜上〈暴君タイラントアリオス〉と呼ぼう。その暴君が俺に向かって話しかけている間に、エンデの魔導機猟兵の砲身が向いていたのだ。


 すぐに撃たれなかった理由は分かる。宇宙空間に生身で生存している人間がいるという事実が信じられず、判断が遅れたのだろう。


 だが、どうやら敵は諸々の疑問ごと、吹き飛ばすことを決定したらしい。


 砲身が光り荷電粒子の発射シークエンスが開始される。


 秒読み。光り、発射。だが――。


「ハァ? うぜェんだよクソ雑魚が」


 ――またしても信じられない事が起こった。


 俺と同じ顔と身体を持つ男。暴君タイラントアリオス。真っ裸で宇宙空間に浮かぶ謎の男。その男が、フェーズ4の魔導機猟兵の放った荷電粒子砲の光線を無造作に弾いたのだ。それもただ、うるさそうに手を振っただけで。


 それどころか。


「今の時代のクソどもは、こんなもん使いやがんのかァ? ハァ、なるほどね。乗り込むタイプのゴーレムねェ、――くだらん。死ね」


 男が掌を猟兵に向け、そして握りしめた。その瞬間、敵の魔導機猟兵が一瞬で圧壊したのだ。その爆発の光が宇宙を染める。


「弱い、あまりにも弱い。物理耐久はあるらしいが、霊的防御がなってなさ過ぎる。転生にずいぶん時間がかかったらしい。人が宇宙にいるとはな。だが魔術分野は退化が著しいらしいな」


 さらには暴君が宇宙を飛ぶ。信じられない事に生身での移動だ。悪態をつきながら、噴進器バーニアも無しで高速で魔導機猟兵に肉薄する。そして、敵機のコックピットに取りついた。


「はぁん、〈魔術触媒まじゅつしょくばい〉は一応使ってやがんのか。はぁはぁ、素養があるヤツしか動かせない木偶ってわけか。ふーん、ハァ。それにしては雑魚すぎるな。ああこいつは術者がカスなせいか。――ふうん、なら俺様が使えばもっと強いな」


 バキリッと、もし宇宙空間に音が響くならば聞こえたことだろう。


 暴君は無造作に胸部装甲を引っぺがした。もちろん素手でだ。


 そこから起こったことはさらに信じられない。暴君が露わになったコックピットから敵兵を摘まみだした。そしてそれを宇宙空間に投げ捨てたのだ。


「邪魔だぞモブ。その木偶、俺様に寄こせ」


 哀れな敵兵は慣性力に従ってあっという間に宇宙空間に消えていく。その間、ほか10機の魔導機猟兵が反応する間もない早業だった。


 暴君は敵猟兵に乗り込み、何か調べているようだった。彼は猟兵乗りなのか? 素人が事前知識もなく、魔導機猟兵を操れるとは思えないが――。


 そう思っていたら。


「おい、雑魚な俺! 気ぃ変わった。テメェさっさと身体に戻ってこい。少しだけこの木偶に興味がわいた。使い方を教えやがれ。いつまでも魂のまんまぷかぷかしてんじゃねェぞ、カス!」


 その暴君の言葉は明らかに俺に向けられたものだった。


 魂。魂か。なるほど。俺が2人いて、勝手に動き回る俺を見ているというこの異常な状況は、俺の魂が身体から抜け出ているからと言う事らしい。


 ――魂が身体から抜け出る??


 臨死体験、幽体離脱。オカルティズムな単語が頭の中を渦巻くが、確かにそうとしか言えない状況かもしれない。そう思った瞬間だ。俺の意識は急激に、身体に吸い寄せられ、そして飲み込まれた。


    ◆


「さぁ、せっかく現世帰還を果たしたんだ。派手に楽しもうじゃねェか。なァ、雑魚アリオス」


 俺の口が、俺の意思とは無関係に言葉を紡ぐ。目を開ければそこはハッチが破壊された魔導機猟兵のコックピットだった。見慣れない内装。帝国の仕様なのだろう。手を見る。生身だ。裸ではあったが、そこには傷一つない俺の腕があった。


「おい、これどうやって動かすんだァ? あと、コイツ不格好だな。どうにかなんねーか。鎧がだせぇ。俺様仕様のかっちょいい外観に変えやがれ」


 俺の口が勝手に言葉を紡ぐ。その言葉は粗野で粗暴なアウトローのようだが、どこか少年のようでもあり不思議な感覚に陥る。


「はーやーく! 俺様は気がみじけェ!」


 いやそんなことを考えている場合ではない。返事を。いやだが口は使えるのか? そう思ったが。


「ああ、喋れる……、のか?」


「喋れるに決まってんだろうカス。テメェの身体だぞボケ。しっかりしろや雑魚。オラ早くこのデカブツの使い方を教えろや」


 一つの口から二人分の言葉が発せられる。端から見ればどれだけおかしな光景に映る事だろうか。だが、身体に戻ったことで俺は理解する。


 なるほど確かにこの粗暴な『俺』は俺なのだ。その証拠でもないだろうが、暴君タイラントな『俺』の考えている事がぼんやりとだが理解できる。


 心の中が読めるとまではいかない。だが、暴君が感じている事がなんとなく理解できるのだ。そしてその感情の大部分を占めているのが歓喜だった。


「くく、くひひひ、くかかかか。ああ、愉快痛快だぜ。この後の事を思えば笑いが止まらねぇ」


 何がそんなに面白いのだろうか。げたげたと勝手に笑う自分の身体。こっちは笑う気になんかかけらもならないのに、暴君の意識に引きずられて勝手に口角が上がる……。


「なにがそんなに面白いんだ?」


「あァ? 面白いだろうが。こちとらどれだけ閉じ込められたと思ってんだよカス。やっと出られたんだハイにもなるわ」


「閉じ込められた? どういうことだ。お前はどこか別の場所に居たという事か?」


「あー、はいはい。そのうち教えてやるよ。それよりも今は――って、おい! お前アイツラ逃げるぞ! 糞が何で向かってきやがらねぇんだ!? ふざけんな歯向かってこいやゴミ!!」


 〈帝国〉の魔導機猟兵たちが離れていく。暴君が先ほど見せた不可思議な力によって全12機の内2機は墜ちた。だがまだ残りが10機。


 その半数である5機が、モイライ星系の首都星〈パルカ3〉に向かっていくのだ。


「おい愚図、早くこのデクの動かしかた見せろ。アイツラ逃げちまうぞ!」


「あ、ああ」


 暴君にせかされ、鹵獲した機体を確認する。帝国機だが魔導機猟兵は基本的に構造は同じだ。簡易にチェックし俺でも動かせるであろうことを確認する。だがこれを動かす前に確認するべきことがある。


「なぁ、お前が誰だとか、俺はどうなったのかとかいろいろ疑問はある。でもな、それよりも大事な話あるんだ。お前ならヤツラを倒せるのか? さっき1機倒したよな?」


 俺たちが乗り込んだ鹵獲機を〈帝国〉のフェーズ4達がとり囲んでいる。すぐさま攻撃を加えてこないのは、警戒しているからだろう。


 だが砲身はこちらのコックピットに向いている。もはやいつ撃たれてもおかしくない状況だ。


「頼みがある。猟兵は動かせるようにしよう。それに乗ってここから逃げてくれ。できるならあれを回収してだ。見えるか? あそこだ」


 この宙域を離れつつあるものがある。無残に四肢をもがれ宇宙を漂う残骸。深緑色の獣じみた外観をした魔導機猟兵。俺の部下ガブリン・エイトボールの機体の残骸だ。


胴体部にはブレードが何本も突き立てられ、パイロットが無事である確率は0だ。だが、あの中にはまだガブリンがいる。 


「あいつらを弔わないと」


 まだどこかに、玲華とメグの機体の残骸もある。せめて彼女らを回収しなくては。

 そう思った瞬間だ。機体正面に光が散った。

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