第4話 傭兵たちの宇宙(2)
『知ってるー♪ メッチャ面白いね! たいちょほどの人だと、こんな状況でも寝れるんだーって思った!』
はじけるような声で返してきたのは右端のウィンドウ。オレンジ色のスーツに身を包んだ明るい髪色をした少女メグ・シェイ・レイ。大きな目をくるくると輝かせ、けらけらと笑っている。
底抜けに明るい彼女の反応に俺は苦虫をかみつぶす。部下にこんな姿を見られるとはな。一生の不覚とはこのことだ。
「二度と無いようにしよう。メグ、状況に変化はあったか?」
『うん。さっきからさー、
俺たちの部隊の直接の上司である、
「わかった将軍にはもう一度説明しておく」
『うんー、それでおねがいね』
『あ、あの、私からも報告が……』
次に声を上げたのは、左端のウィンドウに表示された黒髪の少女だ。視線追尾システムの感度が悪くなるから切れと言っているのだがちっとも切らない前髪が揺れる。その髪でほとんんどが隠れた瞳。臆病そうな瞳。他人の顔を直視するのが苦手な目が、恐る恐る俺を見る。
何かにつけておどおどとしている控えめな性格の娘だが、これでも我が隊の
「聞こう。何があった?」
『は、はい。えっとですね……、フォニィさんが、自身の隊の子たちと一緒に基地を出ていちゃいました。『戦っても勝てるわけないし、犬死は断る』と……。あのだから、残ってるのはもう私達だけで……』
「――そうか」
ある程度予想していた出来事だった。だが、やはりショックを受ける。そうか。フォニィが逃げたか。
フォニィ・メンティ。
彼女もまた傭兵だった。俺たちとは違う経緯で雇われた
正しい判断だろう。俺達のような星の空を渡り歩く傭兵は、滅び去ろうとする星系に拘泥する必要などない。本来なら。
『いいよね。他星系の人は、フォニィさんは〈グレンタ星系〉が本拠地だっけ?』
「ああそうだな。彼女らはあくまでモイライに出稼ぎに来ているだけだ」
『私達は、逃げるわけにはいかない、ですもんね……、一応生まれ育った星だし……』
モイライ星系は俺たちの
『あの、それで。これって、契約違反ですよね……。管理官へはどう言ったら』
聞けばフォニィ小隊は玲華に伝言を頼み、そのまま宙域を離れたらしい。管理官であるイグナーには一言も告げずに、だ。信じられん。傭兵としての矜持はどうなっているんだ。無責任が過ぎるぞ!
とはいえ、フォニィの行動も理解できるところはある。なぜなら我らが故郷、モイライ星系はすでに滅びの運命が決定しているからだ。
「どうせもう攻撃が始まる。イグナーは騒ぐだろうが黙殺しろ。隊長であるフォニィが付き合い切れんと言ったのなら、同僚として尊重するだけだ。まことに遺憾ではあるがな……。本当に、クソのような状況だ。はぁ――、ガブリン。君も何かあるのか?」
正面に表示されているウィンドウの向こう、褐色の少女に声を掛けた。
ガブリン・エイトボール。
ひときわ幼く見える彼女を端的に言い表すならば、明るい野生児だ。縦横無尽にはねまわるくせっ毛がモニタの向こう側で揺れる。まったくどいつもこいつも戦闘前だからとヘルメットを脱ぎやがって。
『なぁなぁ、アリオス! さっきうまそうな肉の店見つけたゾ。他星系だけど、場所もがんばって調べた! 後でみんなで行くゾ!』
「いや、だからお前、今からの戦闘は……」
ガブリンをのぞく俺たち三人は通信越しで顔を見合わせた。まさかこいつ、状況を理解していないのか? これから始まるのは傭兵も逃げ出す外れクジだぞ?
『もちろん生きて帰るだロ! ボクたちアリオス小隊は、さいきょーだもんナ!』
モイライ星系に凄腕の傭兵部隊あり。その名は、アリオス小隊。ガブリンがあまりに能天気に言うものだから、絶望的な状況にもかかわらず、みな笑いだしていた。
◆
人間が外宇宙に進出をはじめてから3000年が経過している。その間多くの星間国家が生まれ滅びていった。その中で、現在人類が繁栄する世界を牛耳っているのは、リンカー腕銀河を本拠地とする〈
この帝国において政治を担うのは、
そんな絶対的な大帝国に歯向かった馬鹿がいた。俺達の住む、モイライ星系を治めるモイライニ一族とその周辺星系領主たちだ。彼らはこれまで
それを受け〈エンデ〉は反乱勢力に対し艦隊を派遣。反抗勢力も善戦したが、苦戦に次ぐ苦戦で次々と苦境に立たされた。
ついには、〈モイライ星系〉およびモイライニ一族に対して、最終殲滅作戦が発令される。そして首都星である〈パルカ3〉の衛星軌道外周まで、エンデの大艦隊に包囲されたというわけだ。
現在〈パルカ3〉では急ピッチで避難民を乗せたが出航準備を行っていて、その中に騒乱の原因であるモイライニ一族も乗っている。
今回の俺達の任務は、彼らが友好星系へ逃げ出すまでの時間を稼ぐこと。これは全滅必死の地獄の撤退戦だ。
まったく馬鹿馬鹿しい話だ。上のヤツラの無能さが星の民全員に不幸として降りかかった。その後始末。生まれ故郷を守るという使命こそあるが、士気の具合は中々微妙だ。命をかけるにしても、かける対象があのバカ貴族ではな。
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