第5話 モイライ星系防衛戦(1)

 モイライ星系での戦は、最初から防戦一方だった。


『アリオス! こちらに敵が来ているぞ! 迎撃はどうなっている!? 敵機が母船に攻撃を加えているんだぞ!』


 通信ウィンドウでがなるのは、モイライ防衛艦隊の指揮官イグナー将軍殿だ。馬鹿領主の腰ぎんちゃくで、俺たち奴隷兵隊の直接の雇い主。大した男じゃない。窮地に陥ればぎゃあぎゃあと喚くだけしか能がないぼんくらだ。


『――分かっています。こちらも応戦中です。一機そちらに回します。副砲でも主砲でもなんでもぶっ放して近づけないようにしておいてください』


 隊長機である俺の魔導機猟兵マギウスイェーガー〈バイバルス〉のモニタには刻一刻と移り変わる戦況が表示されている。


 味方を示す青い光点はどんどん数を減らしているが、その中でも俺の率いるアリオス隊の数はさらに少ない。俺のバイバルスをのぞいて、たったの3機だ。だがその3機は俺の知る限り、もっとも信頼のおける仲間だ。


「〈バイバルス〉から、〈ブラックウィドウ〉へ。玲華れいか。艦隊司令殿のフォローに入れ。母艦に取りついているお調子者がいるらしい。追い返すだけにとどめろよ。深追いして死ぬことは許さん」


『は、はいっ。〈ブラックウィドウ〉行きますね!』


 指示を受けた玲華の〈ブラックウィドウ〉が噴進器バーニアを吹かし後方に引いていく。彼女の駆る機体は漆黒の宇宙迷彩に塗られたフェーズセカンド魔導機猟兵マギウスイェーガーだ。


 パイロットの玲華・ブラウ・タチバナは優秀だが決断力にかける娘だが、的確な指示を送ってやれば十二分に戦える人材で、俺の最も信頼する部下である。


 彼女であれば、エンデの先兵であるフェーズ1魔導機猟兵、俗にいう素体猟兵アーキタイプイェーガーなど敵ではなく、母船を守り切れるだろう。


『たいちょ! 私たちはどうするの~、他の隊はほとんどやられちゃったみたいだけど』


 開きっぱなしの通信窓から飛び込んできた甲高い声は、メグ・シェイ・レイ。同じくフェーズ2で情報戦特化の魔導機猟兵マギウスイェーガーである〈フェアリー〉を駆る我が隊の支援機だ。

 

「〈フェアリー〉も下がれ。〈バイバルス〉と〈ハングリィ・ゴブリン〉で敵を食い止める。〈バイバルス〉はフェーズサードだ。素体アーキタイプ猟兵イェーガーに遅れはとらん。ガブリン、聞いていたな。行けるか?」


『肉、肉、肉ぅ……、こいつら倒したらニク??』


「ああ、無事生きて帰ったら、腹がぶち破れるぐらい食わしてやる。まぁ、撤退先しだいだが……、いや隊長権限でなんとかしてやろう」


『えへ、えへへへへへ、やる気出て来たぁア! やぁああああ、きぃいいい、にぃいい、くぅうううっ!!!!!!』


 〈バイバルス〉のすぐ横から、両腕に巨大なショッテルブレードを装備した機体が全速力で突っ込んでいく。ガブリン・エイトボールの駆る〈ハングリィゴブリン〉は高機動と格闘戦主体の突撃機だ。こちらも勿論フェーズ2。


 全宇宙に存在する魔導機猟兵のほとんどがフェーズ1であると言われている中、俺たちアリオス小隊はフェーズ3を1機、フェーズ2を3機を抱えている。


 これは運用次第では、並みの宇宙艦隊であれば渡り合えるだけの戦力であることを意味する。アリオス小隊が、傭兵部隊の中でも精強と噂される由縁だ。


 ガブリンの駆る〈ハングリィ・ゴブリン〉が次々と敵の素体猟兵アーキタイプイェーガーの群れを爆炎に変えていく。すでにスコアは20を超えた。


 随伴の通常兵器艦隊は数を減らしているものの、主力であるアリオス小隊の三機はいまだ健在だ。そこにフェーズサードである〈バイバルス〉がいればモイライの貴族がこの宙域を離れるまでは持つかもしれない。


 そうすれば、俺達も退避できる。生き残れる。そんな可能性が俺の頭をよぎる。


「お前たちがいてくれて助かった。必ず全員で生き残ろう」


『は、はいっ』

『そんなの当り前だよね~』

『にくぅ!!』


 ――生き残ることが宇宙では一番難しく、そして尊い。だが、それを成す事が出来ると、俺たちは本気で思っていた。


        ◆


「玲華! メグ! ガブリン!! 応答を! おい死んでないよなぁ! 畜生っ! 応答しろったら! ――くそ、誰か、誰か居ないのか!? こちらはアリオス小隊隊長、アリオス・ザイオン。頼む、誰か、誰か返事を! 俺の部下が、みんなが死んじまうだろうがっ!」


 戦況が変わったのは、敵の母船が新たな魔導機猟兵マギウスイェーガーを吐き出してからだ。


 敵機から放たれる魔導波動を観測した結果に対して、俺は信じられない想いだった。なんと新たに戦場に投下された12機の魔導機猟兵のフェーズはフォースだったからだ。


 現在宇宙空間戦闘の主役と言える、人型機動兵器である魔導機猟兵マギウスイェーガーの強さとは、その機体に使われた根源第六物質オードマテリアの活性化率に由来する。


 人類が太陽系外に進出する景気となった未知のエネルギー物質、根源第六物質オードマテリア。これは、人間の意思の力に反応し無から有を生み出す。それどころか、通常の物理学理論を超越した物理現象を現出させる代物だった。


 科学技術と人類に大きな変革をもたらせた根源第六物質オードマテリア、魔導機猟兵にも当然のように、ふんだんに使用されている。


 根源第六物質オードマテリアこそが、猟兵を動かす燃料であり、武装であり、構成物質そのものであるのだ。


 また、魔導機猟兵に冠せられる〈フェーズ〉とはすなわち、機体の戦力であり、活性化度であり、運用可能な根源第六物質の量でもあると言える。であるため、フェーズが上位の魔導機猟兵は、より硬く、より強く、より早くなる傾向が存在する。


 ならば根源第六物質オードマテリアを贅沢に使った機体を作れば強いかと言えばそういう問題でもない。重要なのは、どれだけの量を活性化させることが出来るか? なのだ。


 根源第六物質オードマテリアは精神感応性物質である。であるから、そこにはパイロットの精神力が関与してくるのだ。魔導機猟兵のの作成及び、フェーズの上昇はやり方がある。


 まず、素体猟兵アーキタイプイェーガーと呼ばれるフェーズ1の機体に搭乗者を乗せる。その搭乗者の意思の力を高め、根源第六物質オードマテリアの物質化反応を呼び起こす。


 するとどうだろう。その搭乗者の精神性を大きく反映した外装を根源第六物質オードマテリアが猟兵の武装として形成するのだ。


 これが出来た機体をフェーズ2と呼ぶ。必然、フェーズ2以降の魔導機猟兵はオンリーワンの専用機になる。玲華の〈ブラックウィドウ〉やメグの〈フェアリー〉のように個体識別名が与えられることにもなる。


 フェーズ上位の魔導機猟兵が貴重な理由がこれだ。フェーズ上昇に伴う物質化。これを可能とするパイロットが少ない。


 俺の隊の玲華・メグ・ガブリンはいずれも成人も済んでいない少女たちだが、軍人に不向きとも思える彼女らが魔導機猟兵乗りをやっているのも、ただ適正があったからに他ならない。彼女らは生まれた時からその素質だけで、魔導機猟兵乗りになることを運命づけられてしまった。


 フェーズ1とフェーズ2の魔導機猟兵には性能面で埋めようのない隔絶が存在し、基本的にフェーズが上位の魔導機猟兵に下位の機体は一対一では勝てないとされている。


 フェーズ3にまで至った、俺の駆る〈バイバルス〉であれば、彼女ら、フェーズ2三機編成相手でも互角に渡り合える。


 なのに、なのにだ。


 敵が。フェーズフォースが12機、俺たちの前に現れたのだった。

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