第3話 傭兵たちの宇宙(1)

 延々と恨みごとを言っていた気がする。

 どこでもない場所で、たった一人でだ。


 思い返せば、俺はひどく馬鹿で下品で最低な奴だった。生まれた時からだいたい何かにイライラしていたし、他人にひどい事ばかりしてきたのだ。だからと言うこともないはずだが、天罰が下った。自分が過去置かれていた状況はその報いであるったらしい。


 ドブネズミのように、暗闇をはい回る生活。

 たった一人の時間が未来永劫に続く感覚。


 ただ空虚な世界が眼前に広がっていた。我の他に誰か居ないのかと問えども答えるものはおらず、優しい声かけや、温かな抱擁ほうようくれるものは存在しなかった。


 俺はそこでどれだけ過ごしたのだろうか。何万、何億、何兆、何京もの年数を過ごしたように思えた。


 そこで俺は自分自身をすっかりなくしてしまった。最初は、ありったけの罵詈雑言を喚き散らしていたものだが、段々と声は小さくなり、すすり泣きに変わった。


 それはとても見苦しいものだったし、実際悲惨だった。消えたいと泣き叫び、悪態をつき、それでも死ねず。最後に俺の心は擦り切れた、はずだ。


『――長さん、隊長さん! あ、あ、アリオス隊長さーん! あの、その、目を開けてー』


 だから、これは夢なのだろう。

 俺の名を呼ぶ声が聞こえるなんて。


『どうしよう……。起きないよぉ』


 この声は耐えられない哀愁メランコリーを呼び起こす。俺を呼ぶ声。女の、若い娘の声。


 どれほど恋い求めた他人だろうか。鈴を転がすようなその声が、俺の鼓膜を刺激するたびに、背筋に電流が走るような喜びを感じる。


 俺の名を呼んでいる。アリオス。悠久の時の中に消滅したはずの俺の名だ。


『えー、困ったね。ねぇ、たいちょ。玲華れいかが困ってるからそろそろ起きなよー、おーい、たいちょ。おーい、アリオスたいちょー、やばい起きない。ガブリン、あんたも呼びかけて』


 呼んでいる。確かに呼んでいる。


『お? じゃあちょっと耳塞いでネ。すぅ――、ありおーす!! 起きろーー!!!! 敵が来てるぞぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!』



 ――俺の名を。




「敵……、だと。馬鹿馬鹿しい、この世に俺にかなう奴などいるわけないだろうが。俺様を誰だと……、誰だと?」


 誰だ。俺は誰だったか。

 意識がはっきりすれば、それに反比例してするりと消えていく真実。


 頭痛がひどい。眼の奥がスパークするような痛みだ。眩暈を振り切るように頭を振った。言われた言葉を思い出す。起きろだと? 起きろと言われるからには、俺がさっきまで寝ていたということか? 


 バカバカしい。寝るわけがないだろう。俺は魔導機猟兵マギウスイェーガー乗りだぞ。出撃前に居眠りなど――


『どうしよ? どうする? アリオス起きたけどなんかブツブツ言ってるゾ? 戦えるのかコイツ。足手まといは駄目だゾ。しょすカ? 管理官ハンドラーに告げ口もいいカ。寝てたもんナ。そしたらげんこつ? 懲罰房ちょうばつぼう? 粛清しゅくせい? 先にコックピットを荷電粒子砲で撃っちゃうカ!』


『だ、駄目だよガブちゃん。私達の隊長さんだよぉ……』


『珍しいよねー、アリオスたいちょが居眠りとかー、ストレスかな。死んじゃうかもしれない時に寝るとかロックだよね。――おはよー、たいちょ。気分はど?』


「――最悪な気分だよ」


 状況を把握した瞬間、俺は絶望した。どうやら本当に寝ていたらしい。さらに部下に起こされるなど、とんでもない失態じゃないか。


 あまりのショックに、背筋が寒くなる。不甲斐なさ過ぎて死にたい気分だ。だが、まずは状況を整理しよう。どうやら俺の頭は混乱しているようだから。


 記憶が確かならば、俺はモイライ星系首都星〈パルカ3〉の衛星軌道上に浮かぶ防御衛星基地フォーレンで雇われている魔導機猟兵マギウスイェーガー乗りだ。それもただの兵ではなく、傭兵隊長。

 

 名は、アリオス・ザイオン。


 そして、俺が率いているのは傭兵部隊、魔導機猟兵マギウスイェーガーアリオス小隊。


 今は大事な作戦の直前のはずだ。その証拠に俺は自分の機猟兵イェーガーのコクピットに居るし、スーツだって来ている。目の前のモニタには部下である玲華れいか、メグ、ガブリンが怪訝そうな顔で映し出されているのだ。


 画面の端に点滅する通信の状態モードを確認すれば、強制接続コネクト。俺からの応答がなかったからだろう。無理やりつないだ共有回線だ。


 表示された惑星起動上スタンダード時。時刻は――、


 安堵する。作戦開始48分前。まだ取り返しがつく。


「――謝罪しよう。信じられんことだが、本当に眠っていたようだな」

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