第7話 幽霊目撃の恐怖心より、病気回復の期待感が勝ったのだろう

 ミハイル・ステサリーは今年10歳になる少年で、日本で言うと小学四年生になっている年齢か。


 姉のラリスが美少女であるように、弟のミハイルも美少年だったが、病気のせいで弱々しい雰囲気を醸し出していた。学校も休みがちのようだ。


 そんな弟をなんとかしたくて、ラリスは魔法研究者を志しているわけだが、回復魔道士を目指してはいない。なぜならラリスは魔力を持っていないからだ。


 魔力とは先天性の能力なので、努力によって魔力を得たり増やしたりは出来ず、その総量も生まれ持って決まっている。そして王侯貴族には、魔力持ちの子が産まれる確率が高い。


 だが確率が高いと言っても、王族や中央貴族に数百名いる程度らしい。だから大多数の貴族にも魔力はないので、魔力がないことを恥じるような風習はないが、希少だからこそ憧れの対象とはなっていた。


 なのでそれなりにお金のある貴族達は魔法教育に投資して、ラリスのように魔法開発を学ぶ貴族はそこそこ多い。魔力がなかったとしても、魔法開発などは知力だけで可能だからだ。


 それと、希に平民にも魔力持ちが生まれてくるが、そうしたらもはや、街や村総出でのお祭り騒ぎになるらしい。国内で、十数年に一度あるかないかの確率のようだが。


 一ヵ月憑依していたアーシャのそんな知識を振り返っていたら、ラリスがおずおずと聞いてきた。


「そ、それで……その……ユーマさんは、ミハイルをどうするつもりですか……?」


(もちろん、出来れば病気を治してやりたいと思ってるよ)


「この街のお医者様や魔道士様でも治せなかったのに?」


(ふむ……そのことなんだが……)


 ラリスたちは、この地を治める領主の子供達だ。だからミハイルは高額な医療に掛かることも出来て、それなりの医師や回復魔道士にも診てもらっている。それでもミハイルの病状は改善しないのだ。


 なので両親は、言葉にこそしないものの、ミハイルのことは半ば諦めていた。仮に生き長らえたとしても、跡取りとしての仕事は無理だろうと考えている。貴族の仕事なんて、何かと心労がたまりそうだしな。


 ちなみに、だからこそ両親は夜の営みをがんばっていたわけだ。ただのスケベな両親というわけでもなかったらしい。魔力持ちどころかチート持ちのオレが、この家の息子として生まれたのならラクさせてやれただろうに、すまんなぁ……


 だが転生失敗したとはいえチート持ちに違いないのだから、ひょっとしたらミハイルを治してやれるかもしれないと思ったのだ。


 ということでオレはラリスに言った。


(ミハイルを診せているのは、あくまでもこの街の医師と魔道士だろう? もっとたくさんの医師に診せることで、治療法を知っている医師に行き当たるかもしれない)


 いわゆるセカンドオピニオンというわけだが……しかしラリスの顔は曇ったままだ。


「でも……あの状態のミハイルを他の街に連れて行くことは出来ませんし、お医者様だって、遠方への往診なんて引き受けてくれませんよ?」


 交通手段も未発達であるこの異世界では、移動するだけでも一苦労なのだ。


 だからまず、病気のミハイルを馬車で運ぶなんて無茶だろう。何日もの移動に耐えられるはずがない。移動とは、健常者が思っている以上に体力を失う行為なのだから。


 さらに医師招来だって早々できる話ではない。どんな医師だって地元での仕事が山積みだ。王族にでもなれば話は別だろうが、地方貴族に過ぎないステサリー家では難しいだろう。有名医師ともなればなおさらだ。


 しかも医師を数人呼ぶのではなく、ミハイルの病状が回復するまで、大勢の医師をこの街に滞在させる必要も出てくるだろう。そうなるといくら貴族とはいえ、ステサリー家の財源も圧迫される。この異世界でも医療は高額で、しかも保険なんてないしな。


 しかしそれら難問は、幽霊のオレなら解決できるかもしれないのだ。


 オレは幽霊だから空を飛べる。だからひとっ飛びでいろんな場所に行けるわけだが、それだと医師は連れて来られない。なぜなら触れることが出来ないからだ。


 憑依して無理やり連れてきたとしても医師からしたら大迷惑だろうし、オレは一人しかいないのだから、その方法では効率が悪すぎる。


 だから医師を連れてくることは考えていなかった。


(実はな、往診よりもっと効率のいい方法があるんだよ)


「往診よりも……? そ、それはいったいどんな方法ですか……!?」


 オレの予想通りラリスが食いついてくる。幽霊目撃の恐怖心より、病気回復の期待感が勝ったのだろう。


 そんなラリスに、オレはニヤリと笑ってみせた。

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