第6話 むしろキモいと思う
ラリスに憑依したオレは、しばらくはダブルベッドに横たわっていた。ベッドカバーはピンクのヒラヒラがたくさんあしらわれていて、枕元には可愛らしいぬいぐるみが置かれている。
ラリスは今年で17歳だが、なかなかに少女趣味な女の子のようだ。あるいは17歳ってこんなものか? 生前は独身で娘も姪もいなかったオレにはよく分からないが。
などと考えていたら、オレの心の中で──というよりオレがラリスの中に入っている状況なのだが、憑依すると、あたかも憑依相手を心中に取り込んだかのように感じるのだ──とにかく、ラリスはようやく泣き止んだようだった。
ということでオレは、意を決して立ち上がるとドレッサーの前に座る。なんとなく、鏡を見ていたほうが話しやすい気がしたのだ。
「さて、と。ラリス、落ち着いたか?」
オレが鏡に向かって問いかけると、顔は平静なのに泣き声が頭の中に響く。
(うう……あ、あなた……わたしをどうするつもり……?)
「いや、どうするつもりもないんだが……」
(嘘! 今だって体を乗っ取ってるじゃない……!)
「それはキミが騒ぐから仕方なかったんだよ。騒がないと約束してくれるなら、キミの体から出ていくってば」
(ほ、ほんとう……?)
「ああ、本当だ」
(なら騒がないから、出ていってほしい……)
オレが憑依を解いた途端、ラリスが騒いだり逃げ出したりの可能性もあるが、まぁそうなったらまた憑依すればいいだけなので、オレはラリスの体から出ると、数メートル離れて浮かんだ。
「う、動けた……!」
ラリスは自分の体を動かしたりして状態を確認している。
こうして改めて見ると、ラリスはすごい美少女だな。髪の毛はサラサラで背中の中程まであるが、両端で束ねていて小さなツインテールを作っている。17歳でツインテはちょっと幼い気もするが、それがまたよく似合う美少女だった。
瞳は大きく、目尻は少し下がっている。だからといって気弱という印象はなくて、この一ヶ月間の印象としてはむしろ活発な性格だろう。よくしゃべるし、よく動く。そんな感じだ。悪く言えば、ちょっと落ち着きがないだろうか?
そんなラリスは、魔法を習うべく、今は学生をしている。なぜ魔法を習っているのかといえば、弟の病気を治したいからだった。
ラリスの弟、ミハイルは生まれつき体が弱く、今日も自室で寝込んでいた。その病気を治すためにラリスは魔法を学んでいる。なんとも健気でいい子なのだ。
そんな子をいきなり怖がらせてのは大変申し訳ない気持ちで一杯なのだが……まさかオレの姿が見えるだなんて、思いも寄らなかったからなぁ。
この一ヶ月間、ひとりぼっちで寂しかったオレとしては、オレの姿が見えるだけでも貴重な存在なのだから、ぜひとも仲良くしたいところなのだが……
そんなことを考えながらラリスを見ていたのだが、自分の体に異変がないことを確認し終えたラリスは、険しい視線をこちらに向けてきた。
「そ、それで……あなたはいったい、なんなの……?」
この異世界には、魔法はあるが魔族や魔物は存在しない。そういった常識は、ラリスの母親の知識から得ていた。
だから半透明の人間を見るだなんて、この世界の住人であっても早々あることじゃない──というより、地球に住む人間と等しく、そんな事態に遭遇するはずがないのだ。
だというのにオレは、ラリスの目の前で半透明で浮かんでいる。
そんな存在、怪しくないはずがない。
とはいえ「あなたの弟になり損なったおっさんです」などと説明したところで、信じてくれるはずもないだろう。むしろキモいと思う。
だからオレは、真実より信憑性のある嘘をつくことにした。
(えーっと……オレは遊真って名前で、端的に言えば、オレはキミ達の先祖になるかな)
アーシャの記憶を思い出してみるに、先祖の名前を暗記しているわけでもなさそうだったから、オレは本名を名乗った。
「ユーマ、さん……? しかもご先祖さま……?」
この異世界にも先祖という概念は存在している。というより、地球の歴史になぞらえると封建社会真っ只中のようだから、先祖を敬う気持ちは日本のそれより強いかもしれない。家系を重視しているだろうからな。
ということでオレは、そこを利用してみることにした。
弟だろうと先祖だろうと、どのみち荒唐無稽な話ではあるのだが、だとしたらなおさら、慣れ親しんだ概念のほうがマシだろうということなのだ。
(ああ、オレはご先祖様だ。何代も前のな)
「でも……お父様やお母様、あとお祖父様やお祖母様にも似てないけど……」
確かに、オレは幽霊になっても純日本人だから、異世界の住人とは見た目がだいぶ違う……ぶっちゃけ、そこまで考えてなかった……
(えーっと……幽霊になると見た目が変わるのさ……)
「そうなんだ……」
苦し紛れの言い分けをしてみたが、そもそもが異常事態であるからして、今のラリスにとって容姿はどうでも良かったらしい。
その代わりに、オレが想定していた質問をしてくる。
「なら……そのご先祖様が、いったいわたしになんの用ですか……? 幽霊にまでなって……」
ふむ、やっぱりそう来るよな?
幽霊にまでなって子孫に会いに来た理由。気にならないはずがない。
こっちからしたら、たまたまラリスに目撃されてしまっただけで、会いに来たわけでもないのだが、そんな真相を語ったところで信じてもらえるわけがない。
だからオレは、嘘に嘘を重ねる。
つい先ほど──ラリスが恐慌をきたしている間、ベッドの上で思いついた嘘だ。
(実はな……ミハイルのことが心配になって、あの世から戻ってきたんだ)
「ミ、ミハイルのことまで知ってるの!?」
(そりゃ先祖だしな。子孫であるミハイルのことだってよく知ってるさ。最近、病状が悪化していることまで含めてな)
「…………!?」
オレが意味ありげにそう言うと、ラリスは目を見開いていた。
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