第5話 ボク悪い幽霊じゃないよ?
「おおお、オバケ!? 夕方からオバケが……!?」
テラスで甲高い悲鳴を上げたラリスは、オレに視線を向けていた。
(え……!?)
だからオレも驚いて身を固くしてしまう。なぜ驚いたかってそりゃもちろん、この一ヵ月、オレと目を合わせられた人間なんて誰一人としていなかったからだ。
だというのにラリスは、オレの姿がばっちり見えているようだった。なにしろオバケとか言ってるし。
だからオレはおずおずと声を掛けてみる。
(お、おいラリス……オレのことが見えているのか?)
しかしラリスは、さらに慌てふためいてテラスに尻もちを付いてしまう。
「ななな、なんでわたしの名前を知ってるの!?」
あ、しまった……
ラリスの母親に一ヵ月も憑依していたから、ラリスに関する知識はもちろん共有されていたし、母親を通してラリスと常日頃接していたものだから、もはや自分の娘……とまでは思えなかったが、姪っ子くらいには感じていたのだ。
しかしラリスからしたら、突然、見知らぬおっさんに声を掛けられたようなものだから、驚くのも無理はない。
しかもオレは、さも『幽霊です』と力説しているかのような風貌なのだ。半透明で宙に浮かんでいるし。
だからオレは、極めて友好的な微笑みを浮かべて言ってみた。
(プルプル、ボク悪い幽霊じゃないよ?)
「ひ、ひやあぁぁぁぁぁぁ!」
しかしラリスは、いよいよ大きな悲鳴を上げてしまう。腰を抜かしたのか、匍匐前進のような感じでジタバタと逃げ始めた。
(ちっ! 仕方がない!)
だからオレは、即座に強硬手段へと切り替える。
逃げようとするラリスとの距離を一気に縮めると、そのまま憑依した!
(なっ!?)
唐突に体が硬直し、言葉も満足に発することが出来なくなり、ラリスの感情はいよいよ恐慌し始める。
だが憑依によって体の主導権はこちらにある。だからラリスがどんなに怯えていても、表面上は落ち着きを取り戻したかのように見えるはずだ──
──とそこに、扉が大きくノックされる。
「ラリス! いま悲鳴が聞こえたけどどうしたの……!?」
扉の向こうの声を聞き、ラリスの知識がふっと浮かんでくる。
扉の向こうにいるのは、おそらくメイドのリア・クリストティだろう。
そんなリアに向かってオレは声を掛けた。ラリスの声で。
「あ、ああ……ごめんごめん、テラスで大きな虫を見ちゃって」
そのオレの心中──いやラリスの心中では、ラリス自身が絶叫していた。
(リア!? わたし体が動かない! そんなことも言ってない!! どうなってるの!?)
だがその悲痛な叫びが体の外に出ることは一切無かった。
咄嗟だったから雑な憑依をしてしまったが、憑依相手の意識が残っても、体の主導権は奪えるようだな。まぁ……こんなに怯えられては楽しいもんじゃないが。
だが今は非常事態なので致し方ない。
オレがそんなことを考えていたら、その間にリアが言ってきた。
「もぅ……心配掛けさせないでよ。何事かと思ったでしょ」
リアはラリス付きのメイドだから一緒にいることも多い。そして身分の差を越えて仲がよかった。同い年なのと、あと性格の相性も良かったのだろう。
こうしてラリスに憑依してみると、リアを本当に信頼していることがよく分かる。湧き出てくるラリスの感情から窺い知れるのだ。
そんなリアに、オレが答えた。
「ごめんね? でも虫はもう飛んでいったから大丈夫だよ」
(リア!? リア! ねぇ聞いて!! わたし体がおかしいの!)
「秋になったとはいえ、まだ暑い日もあるし、虫は飛んでいるんだから気をつけてね」
「うん、分かったよ」
(リア! どうして気づいてくれないのリア!? わたし、虫のことなんてしゃべってない!!)
「ということでリア、もう大丈夫だから仕事に戻っていいよ?」
「ええ、そうするね」
(ちょっとリア!? 待ってよ行かないで!!)
ラリスのその、悲痛な呼びかけとは裏腹に、リアが扉の前から去って行くのが気配で分かった。
「さて……と……」
そうしてオレは──途方に暮れる。
心の中で、泣き叫んでいるラリスを一体どうなだめればいいのか──その方法がまるで分からなかったのだから。
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