第26話 一世一代の戦い

 薬が出来上がった翌朝、師匠が帰ってきた。


 せっかくなら「おかえりなさい」と伝えたかったけれど、師匠が何も言わずに帰ってきたせいで何も言えなかったり、朝ごはん出来てるよ(惚れ薬入り)を「まずは寝る」と断られたりと、一悶着はあってけれどおおむねいつも通りだった。


 そして昼食……一世一代の戦いが始まる——


「師匠どうぞ!」


「ああ」


 まだ眠そうにしている師匠の前に、私は温め直した朝食を置いた。

 もちろん惚れ薬入りの特別性である。ちなみに、私のはちゃんと惚れ薬が入っていない。

 入れ替わっていないかは私の目で視れば一目瞭然だし、効果のほども目で視ただけだけど確認済み。

 

 師匠は寝起きで頭がまだちゃんと働いていない。そして、私は昨日から準備を進めていて臨戦態勢……まあ、戦うわけじゃないけど、師匠に薬を飲ませるために準備したのだから一緒だ。


 勝てる……!


 そんな高揚した心を胸に秘めて私がニコニコと師匠を見ていると、昼食を見ていた師匠の目が私に向いた。


「食べないのか?」


「せっかく私の手作りなんですから、食べてるところを見たいと思って」


「何だそれは?」


 軽い呆れ顔になる師匠。

 ふっふっふっ、好きに呆れるといい……それを食べた瞬間がお前の最後だぁ! ——と、勝ち誇りたいところだけど今は我慢。私はうずうずしながらも師匠が昼食を口に運ぶのを待つ。


「まあいいか……では、いただくとしよう」


 私が朝食として用意したのは、お肉の燻製を薄く切って、卵を乗せて焼いたものだ。

 温め直したそれを、師匠がナイフで切り分ける。

 本来であれば半熟の卵がトロッとお肉と特製ソース(惚れ薬入り)に絡んでさらに美味しくなる予定だったんだけど、温め直したせいで卵が完全に固まってしまっていた。

 本当はトロトロの黄身が惚れ薬の香りをより誤魔化してくれると思っていたんだけど、固まってしまった以上は本に書かれている無味無臭というのを信じるしかない。

 ……自分で試すわけにもいかないしね。


 口に運ばれていくお肉を眺めて、ゴクリと喉を鳴らす。

 一秒、二秒と長い時間が経っている気がしてじれったい。でも、それを我慢して運ばれていくお肉を見続けた。


 そしてパクリ。


「どうですか?」


 したり顔なんてしない。普段通り……に出来ているかは分からないけど、出来る限り普段通りに務めて私は師匠に問いかける。

 すると、師匠はカチャリとナイフとフォークを置いて。


「お前、何か混ぜたな?」


「そ、そそそ、そんなことないっ、スよ?」


「はぁ……それで誤魔化せてると思っているのか?」


 師匠の呆れた視線が私に突き刺さった。

 

 

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