第23話 帰るために ③

 どれくらいの時間こうしていたんだろう?


 ナイフを振って、魔物を切り裂いて。

 魔法を放って、魔物を吹き飛ばして。


 吹き飛ばしただけじゃない。時には風を刃に変えたり、水で覆って身動きも取れなくしたり、同じ魔法が通じない魔物相手に色々な手を尽くした。


 魔法が通じなかったのは最初だけで、私の魔法はしっかりと相手に通用した。

 少しずつ魔物の数は減り、その度に警戒を露わにする。


 でも、それだけだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 魔物の数は予想以上だった。

 減らしても、次から次へと数を増やしてる気がする。


 苦しい……。


 終わりの見えないのもそうだけど、すでに私の魔力は尽きかけていた。

 魔力が視えるという特殊性はあるけれど、私自身の魔力はそこまで多くない。

 それでも普通の人よりも多いけど、物語に出てくる大魔法使いのようにほぼ無限に使えたり、際限なく魔法を使えたりはしないのだ。

 使えば使うほど減っていくし、魔力を込めれば込めるほど私の魔力は消耗していく。


 体力も、何度も魔物を切りつけたせいでかなり消耗していた。

 魔物からは血が出ないため、血でナイフが切れなくなることは無かったけれど、魔物の固い体毛のせいで徐々に切れ味を落としていた。

 付与のおかげで軽くて丈夫なはずだったけれど、この森の魔物相手だと厳しかったらしい。

 すでに最初の頃よりも魔物に傷を負わせるのが大変になっていて、握る手も疲労から少し震えていた。


「っ——」


 何度もかも分からない魔物の突撃を躱して、切る。

 すると、刃が体毛に引っかかって、ナイフを取りこぼしてしまう。


「きゃっ!?」


 思わず悲鳴を上げてしまったけれど、すぐに切り替えて腰から短剣を引き抜く。

 けれど、短剣はナイフよりも重い。


 握る手はもう限界で、短剣の先も震えている。

 走っていたせいで足も痛い。怪我はしていないけど、筋肉痛にはなってしまいそう。


 ナイフを取りこぼしたのを好機と見たのか、魔物が三匹同時に飛び掛かってきた。

 私の技術では三匹同時になんて相手に出来ないので、一番前の魔物を優先して傷を負わせる。


 黒い靄が奔り、そのまま反転。すぐさま私の元へ。

 傷を負ったせいで焦ったんだろう。でも、それは私にとっては都合がいい。


「やぁ!」


 重い腕を一閃。

 まだほとんど使っていなかった短剣は魔物の身体を簡単に切り裂いて、黒い靄に変えた。

 でも、そこまでだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 簡単に切り裂いたのを見て警戒した魔物が、少しだけ距離を残したまま唸り声を上げている。

 そんな彼ら? に対して、私といえば短剣を持ち上げるのすら難しい状態になっていた。


 手が震えて、力が入らない。

 それでも、私は短剣から意地でも手を離さなかった。

 もし手を放してしまえば、その瞬間に魔物が襲い掛かってきそうだったから。


「……私は師匠のもとに帰るの。だから意地でもあなたたちにはやられない」


 私の目標は一つ。


「まだまだ教えてもらいたいことがあるの。一緒にいたいの。一緒のご飯を食べて、訓練のご褒美に添い寝をしてもらって……まだまだしたいことがたくさんあるの」


 帰るんだ……師匠のところに。


「だから……帰るの」


 手から短剣がこぼれ落ちる。

 その光景を、私は茫然と見てしまった。


 なんで? なんて考える暇もない。

 だって、私の手が限界を迎えたなんて分かりきっていたし……それに、それを見た魔物が一斉に私に向かって襲い掛かってきていたから。


 ……ああ、師匠に会いたいなぁ。


「そうか」


「え?」


 聞こえるはずの無い声に、私は呆けた顔で声を漏らす。

 でも同時に、どこか安心してしまった私がいた。


 だって、その声は前にも私を助けてくれたから。

 だから、こんな絶望的な状態からだって助けてくれる。


「帰ったらお仕置きだな」


 そう言って、師匠は私に大きな背中を見せていた。



 

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