第21話 帰るために ①

「嘘でしょ……」


 気が付かなかった……。

 たしかに、ようやく見つけた達成感もあったし、きれいな景色に心奪われたりもした。

 でも、ずっと周囲には気を配っていたつもりだった。

 なのに、私はあの怪物に囲われてしまっていて——


「どうしよう……?」


 目の前に広がる森には、すでに大量の魔物が潜んでいる。

 かといって逆側に逃げたくても、花々の隙間からは爛々と光る赤い目が私を捉えていた。


 逃げ場はなかった。


 まだ私を警戒しているのか、すぐに襲ってくる気配はない。

 けれど、それもいつまで続くか分からない。


 私は腰のナイフに触れ、いつ襲われてもいいように警戒する。

 あの時は今よりも余裕が無くて分からなかったけど、一匹一匹の能力はそう高くないのが分かった。


 魔物は魔力量がそのまま力の強さになることが多いらしい。

 師匠との勉強で知ったことだから、あの時は分からなくて当然といえば当然なんだけど……こうしてしっかりと視ると一匹の魔力量は私の十分の一以下だった。


 とはいえ、数は力とはよくいったもので、数十匹にもなる数は十分に脅威だ。

 私の持っている武器はナイフと、それよりも少し大きいだけの短剣の二つ。数の多い魔物の相手をするには心許ない。


 怖い……。


 あれだけ頑張ってきた魔法が通用するか分からないのが……怖い。

 あれだけ頑張ってきた武術が通用するか分からないのが……怖い。


 ……私は、どうしてもあの魔物を倒した姿を思い描くことが出来ないでいる。


 襲い掛かってきた怪物をナイフで刺した瞬間、別の魔物に噛みつかれれるんじゃないか?

 それどころか、ナイフも当たらないで足をかみ砕かれてしまうんじゃないか?

 魔法も全く当たらなくて、喉元を噛み切られてしまうんじゃないか?


 魔法は想像イメージを越える現象を起こすことは出来ない。

 だからこそ、私はあの魔物を倒す想像イメージを描かないといけないのに……。


「いや、弱気になっちゃダメ……!」


 数が多いなら、一匹ずつ倒せる状況を作ればいい。

 一匹でも倒せれば、あの魔物に勝てる想像イメージが浮かんでくるかもしれない。


 だから——


「全部倒す必要なんてない。あの魔物が逃げ出すくらいに倒せば大丈夫」


 この花を師匠と一緒に見るって決めたんだもん。

 三週間……必死に頑張ってきた。

 その頑張りが、こんな魔物に負けていいはずがない!


「花をダメにしないように、それでいて無事に帰るのが目標!」


 覚悟は決まった。

 まだまだ死にたくないし、師匠と一緒にいたいから。


「神父様だってまだまだ私を送り出したりなんかしたくないだろうしね」


 神父様は酒浸りのダメダメだけど、亡くなった人を送る時だけは凄い悲しそうにするのだ。

 当然お酒なんか飲まないし、真面目に死者を送り出している。


 だから、私はまだ死ぬわけにはいかない。

 それに、師匠とお別れする気もない。


「悪いけど、帰らしてもらうね」


 ナイフを抜く。

 その動きに警戒を露わにした赤い目を見据え、私は森の奥へと駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る