第19話 結界の外で ②

「なにあれ……?」


 木に隠れながら物音がした方向を見た私の目には、とんでもないものが映っていた。


「もしかして……竜、なの?」


 それは、物語の上でしか聞いたことがない伝説上の生き物。

 吐かれる炎はなんでも燃やし尽くし、鱗はどんな武器で傷つけようとしても傷一つつかない。

 そんな、私ではどうにもできないような絶対的強者が、森の中心へと向けて歩いていた。


 なんでこんなところに?

 いや、そもそも伝説上の、物語の上だけの生物じゃなかったの?


 見上げるくらいに大きな体が木にぶつかっていても気にしないで、竜は一直線に森の奥へと歩いている。

 ガサガサを葉っぱがこすれる音が響いているけど、驚くくらい足音はしない。


 竜って半分が精霊みたいな霊的存在って読んだことがあるけれど、だからなのかな?

 木の影から顔を覗かせて、離れていく竜を観察していく。

 すると、竜が足を止めて、私のいる方向へ首を動かした。


「っ……!?」


 慌てて木の陰に隠れる。

 ドキドキと心臓の音がうるさいくらいに響いて、緊張からか手のひらがしっとりと濡れてしまう。


 ……見つかっちゃったかな?


 目は合わなかったと思うけど、相手はなにしろ竜……私が考え付かない方法で周囲を認識しているかもしれないし、私みたいに魔力が視える可能性だって十分にある。

 荒くなってしまいそうな息を手で押さえることで堪えて、私はどうか見つかりませんようにと祈った。


「…………」


 まだ、まだ動かないの?

 ずっと鳴っていた葉っぱのこすれる音がしない。ということは、まだ竜がこちらを見ている可能性が高い。


 怖くて動けなくて、それでも息は荒くなってしまって。

 私は永遠とも思える時間を、息を殺してただただ待つことしか出来なかった。


 それから、どのくらいの時間が経ったんだろう?

 ふっと耳に届いたガサガサという音に安心して、でも、すぐには安心しきれなくて、私は少しだけまってから大きく息を吐き出した。


「はぁぁぁぁ…………」


 なにあれ……怖っ!

 短い時間しか見てないけど、それでもわかるくらい魔力は多かったし、体も大きかった。

 魔力量だと師匠と同じくらいかな? そう考えると師匠って何者って思っちゃうけど……。


「……もういないよね?」


 木の影から顔を出して、竜のいた方向を覗き見る。


「うん、いない」


 竜のいた場所にはもう何もいなくて、ただただ森が広がっていた。

 私はもう一度息を吐き出すと、木の影から離れる。


「ほんとこの森って何なんだろう? 竜はいるし、師匠はカッコイイし……それは関係ないか」


 こんな森で一人で暮らしている師匠って……?


「ううん、今はそんなこと考えてる場合じゃないよね」


 まだ目的地までは距離がある。

 竜がいる森なんてすごい怖いけど、もうすでにずいぶん進んできてしまったし、後戻りするわけにはいかない。


 私は何回か頭を振った後、目的地に向かって再び歩き出した。

 

 


 

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