第9話 訓練開始!

「理論は覚えたか?」


「まあ、それなりに……」


 師匠との訓練は早朝から始まった。

 というか、目が覚めたら外にいて、私は宙に浮かんでいた。


「まずはちゃんと勉強をしたか確認する」


 師匠がそう言うと、私の正面に木でできた的が出来上がった。

 距離は私二人が横になってくらい。もしかして、これに魔法を当てろとか?


「理論が分かれば後は実戦だからな。お前も予想しているとは思うが、これに魔法を当てろ。そうしたら下ろしてやる」


「……それは分かりましたけど、ご飯は? お腹すきましたよ」


「これが出来たらな。その間に朝食の準備はしておく……だからお前は魔法の事だけ考えろ」


 師匠はそう言い残して離れていってしまった。

 そして、私は気付く。


「師匠! トイレは!?」


「出来たらな」


「嘘でしょ!?」


 死刑宣告にも聞こえる言葉を残して、師匠は完全に小屋の中に入っていってしまう。

 え? 出来ないと漏らす羽目になるの? 正直結構……いや、少しマズいってことにしておこう……。


 宙に浮いてるから動けない。だから師匠が解いてくれるのを待つしかない。

 というか、あまり動くとただでさえ少ない制限時間が短くなってしまいそうで、あまり動きたくない。


「しょうがない……やってみますか」


 気持ちを切り替えて、的を見る。

 距離を見れば大したこと無い。問題は私が魔法を放てるかどうかだ。


 いちおう理論は分かってるから、あとは実践あるのみ。

 私は自身の魔力を操作して魔法を行使する。


「えいや!」


 炎が出た。

 でも、射程が足らなかったみたいで、的に当たる前に霧散してしまう。


「うーん、上手く術式が反映されて無かったかな?」


 魔法とは、術式を組み込んだ魔力が起こす現象の総称だ。

 そして、術式というのは魔力に込める情報そのものである。


 炎になって直線に飛んでいくとか。

 水の球になって真っ直ぐ飛んでいくとか。


 魔力にイメージを込めることで、魔法は理想通りの現象を起こす。

 それを文字に変換して、その文字を読み上げることで魔法のイメージを補完するというのが詠唱というらしい。


「まあ、全部本の請け負いだけど、ね!」


 今度は少しだけ射程が伸びた。


「ちょっとコツ掴んできたかも」


 魔力の扱い自体は問題ない。魔道具作りの方が繊細なくらいだ。

 あとは術式イメージを上手く魔力に組み込めるかどうか。


「すぅ……はぁ……」


 呼吸を整えて、意識を集中させる。

 大きくなくていい。けど、しっかりとした炎を的へ届けるイメージ。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ………………やぁ!」


 魔力をイメージ通りに動かすように制御して、放つ。

 すると、私の想像した通りの大きさの炎の球が、これまた私が想像した通りの軌道で的にぶつかった。

 めらめらと燃え始める的に、私はガッツポーズをする。


「よし!」


 これで下ろしてもらえる。

 これ、師匠が予想していたよりも早いんじゃないだろうか?

 驚く師匠の顔を想像して、私は笑みを深めた。


「……あれ?」


 成功したんだけど……?

 宙にぷかぷかと浮いたまま、私の足は一向に地面についてくれなかった。


「いやいや、ほんとに不味いよ……」


 浮いたままでは動けない。

 足を動かしても進まないし、下手に動こうものなら体勢を崩してしまって浮いたままクルクルと回転してしまう。

 いや、マズい……本当にマズい……。

 何がマズいかって——


「と、トイレ―ッ!!!」


 結界の囲われた庭で、私の絶叫が響き渡った。

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