第8話 キセイジジツを——何すればいいの?

 ——カチャリ。


 音を立てないように細心の注意を払って、私は師匠の小屋に侵入した。

 暗い廊下を奥の扉からこぼれているロウソクの光だけを頼りに進む。そして、その光が漏れている部屋の扉を少しだけ開けた。


「……ししょ~」


 返事は無し……よし。

 扉をもう少し開ける。


「……ししょ~寝てますかぁ」


 また返事は無し……よし!

 さらに扉を開き、私は師匠の部屋に侵入を果たした。


「よし、寝てるみたい……」


 ゆらゆらと揺れるロウソクの光でできた影。

 ベッドの奥の壁に映し出されている影は規則正しい動きをしていて、私はその動きに注意しながらベッドへと近づいた。


 ゆっくりと近づいて、寝ている師匠の顔色を伺う。

 長い睫毛は閉じられて、スラリとした鼻筋と閉じられた唇……いけないいけない。思わず見とれてしまった。

 私は首を振って雑念を払うと、師匠の寝ている布団に手を伸ばして中に潜り込んだ。


「何をしている……?」


「…………」


「もう一度言うぞ、何をしている?」


「お、起きてたんですか?」


 いつの間にか開かれていて、私を見つめる宝石のような瞳。


「こうも動きがあれば嫌でも起きる。で? 何をしようとしていた?」


 どうやら私の答えを待ってくるらしい。

 不機嫌そうにしていても、こういうところはどこか優しいよね。

 でも、そろそろ我慢の限界みたいなので、私は正直に話すことにした。


「キセイジジツを作りに来ました」


「…………意味は分かってるのか?」


 ため息をこぼした師匠の目が呆れたようなものに変わった。

 失礼な! 私くらい意味くらい分かるのだ。……何となくだけど。


「神父様が言ってました。キセイジジツには気を付けろって。あいつら夜になると布団に潜り込んでくるんだ……って」


「あいつ……それで? どうする気だ?」


 あれ? まだ続くの?

 てっきり布団から追い出されるのかと思ったけど……というか、師匠「あいつ」って言ったよね? もしかして知り合いだったり?


「どうする気だって言っている。意味が分かるんだろう?」


 そうだった……聞かれていたんだった。

 神父様はあの後なんて言ってたっけ? 布団に潜り込んで、一緒になって、それで——


「添い寝をします!」


「そうか……」


 あれ? なんでホッとした表情に?

 何か間違えたのかな? 神父様は戦場になりかねないって言ってたけど……?


「お前が既成事実の本当の意味を知るまでは好きにしろ。まあ、知ったらこんなこと出来なくなるとは思うがな」


 そう言うと、師匠は私の頭に手を置いた。


「ひゃ!?」


「俺も今日は色々とあって眠いんだ。添い寝くらいは許してやるから、お前ももう寝ろ」


 目を閉じる師匠。

 どうやら、本当に寝る気みたいだ。

 そうすると、私はどうすればいいのか分からなくなってしまう。


 でも、なんだろう?

 今日初めて会ったはずなのに、頭に感じる手のひらが凄い心地いい。


「師匠?」


「……なんだ?」


「また、一緒に寝ていいですか?」


 師匠は少しだけ目を開いた。そして、フッと笑って。


「お前の次第だな。明日の訓練次第ではこうしてやってもいい」


「本当ですか?」


「ああ」


 言い終えると、今度こそ師匠は何も言わなくなった。

 私はそんな師匠の顔をじっと見ていて。


「ふぁ~、私も眠くなってきた……」


 師匠の手のひらの体温が心地よくて。

 私の意識はゆっくりと暗闇に沈んでいった。

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