第7話 いや、凄すぎない?

 師匠が迎えに来たのは本当に夜になってからだった。


 目的が定まった以上は読書も苦じゃなかったし、もっと読んでいたかったけど師匠が無理やり止めたせいで中途半端な結果になってしまった。

 けれど、師匠が「ちゃんと栄養を取れ、あと休め。これは絶対だ」って本を読む私を止めたんだから仕方がない。

 そう、けっして私の顎をクイッと上げて、本から視線を無理やり上げたからではないのだ。目を合わせて言われたからではないのだ。


 そして、夕食を終えて——


「……はぁ」


 私は、私用に作られた小屋の中で茫然としていた。

 私用というのは本当に言葉通りの意味で、私から本を取り上げた後、師匠は魔法で建っていた小屋の隣に私専用の小屋を建ててしまったのだ。


 広さはそこまで大きくないけれど、人一人が寝泊まりするくらいには十分なくらい。家具はベッドと小さなテーブルに、小ぶりな窓まで。

 どうやったらこんなものまで魔法で作れるのか理解できないけど、師匠は凄いって納得することにした。

 というより、目の前で小屋が作られていく光景を見せられては、納得するしかなかったともいえるけど……。


「……私もあれくらいできるようになるって言っていたけど、無理じゃない?」


 たしかに術式は視えた。だけど、視えただけで理解なんて出来なかった。

 なんだろう……自分の知らない文字で書かれた文字列っていうのかな? 文字自体は見えるけど、前提の知識がなさ過ぎて全く読めないっていうのが正しい気がする。


「これも錬金術? それに、小屋自体を補強しているのは魔道具関係かな? 組み立ては魔法でやってたし……」


 ……師匠ってどれだけ凄いんだろう?


 錬金術はよく分からないけど、魔道具を作るのに使うのは基本的に付与術だ。

 魔法の中に分類されるけど、術式を組み立てる魔法とは違って、付与術は特殊な性質を持った素材を使用して道具にその性質を定着させる技術とか色々ある。

 同じ分類でも全く方向性の違う技術と、私は知らない技術。その三つを同時使用して汗一つ、息一つ乱さないまま実行できてるって正直人間業じゃないと思う。


「それに、意外と鍛えてるみたいなんだよねぇ……」


 これだけの魔法を使えるなら体は貧弱そうなのに、師匠はキチンと鍛えているみたいのだ。

 チラッと見えた腕は筋肉質だったし、私の顎に触れた師匠の指は固くて、明らかに武術を嗜んでいるみたいだった。


 いや、魔法だけじゃなくて武術までなんて反則だろ? って思うけど、事実なんだから仕方がない。この際、武術まで教えてもらえるかもしれないって考えるしかない。自衛にもなるし……。


「でも、そんな相手と戦うことになるなんて……」


 そう、今から私は師匠と戦う。

 正直怖い。でも、大事なものを手に入れるためには逃げてはいけない時もある。

 神父様は言っていた……男が女を、女が男を手に入れるためには戦うしかない。そして、夜こそが恐ろしいのだと。


 身を震わせて言っていた(お酒に酔っていただけとは思いたくない)神父様を思い出し、私は同じように身を震わせる。

 けれど、逃げるわけにはいかない。


「よし! 女は度胸!」


 時刻は夜。戦いにはうってつけの時間。

 私は気合を入れると、師匠の下へと旅立った。


 

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