第2話 結婚してください
私こと、イリス=アグネルは元王女らしい。
らしいというのは、私がちょうど産まれた頃、私の国は帝国に滅ぼされたからだ。
もちろん、王族は全員命を奪われた。
だけど、私だけはこうして生きている。
物心ついた時には孤児院にいて、そこの代表をしていた神父様に話を聞いた。
どうやら神父様は王妃直々に私を託されたらしくて、王国が帝国と名前を変えた後も私の存在を隠してきたらしい。
――イリス……お前の目は特別だ。魔導の国と呼ばれた王国の結晶だ。だから帝国は血眼でお前を探してる――グビグビ……。
うん、おかしい。
どこの世界にお酒を飲みながら重要な話をする神父様がいるんだろう?
――お前の母親はお前が生きることだけを望んでいた……だから生きろよ? 好きなことを望んで、好きなことをして生きろ。じゃなきゃ人生損だぜ?
うん、やっぱりおかしい。
でも、その教えがあったからこそ私は魔道具師を目指すことが出来たんだし、変人ではあったけれど変態ではなかったんだろう。
そのおかげかな?
「ここ……どこ?」
こうして私は生き延びた。
いつの間にかベッドに寝かされていたらしい。
体を起こすと、しばしばしていた視界がしっかりとしてくる。
立派な本棚に、そこに収められている同じように立派な装飾をした本。
どれもあきらかに高級品で、ここに住んでいる人が普通の人じゃないのが分かってしまう。
「小屋? でも、私は森に……?」
そう、私は森にいたはず……。
あの森は魔の森と呼ばれていて、一定以上深く入り込んでしまうと生きて帰ってこれないと言われている。
結界が張られていて、魔の森に棲む凶悪な魔物を封印しているのだとか。
なんで私がそんな危ない場所にいたかといえば、人が寄り付かないから素材が豊富なのと、あまり人目につきたくなかったから。
まさか、好奇心に負けて結界を越えてしまうとは思っていなかったけど……。
「森の中なのかな? でも、魔の森に人が住んでいるなんて聞いたことないし……」
窓の外には、家庭菜園のような小さな畑と井戸が見える。
たしかにその奥は森になってはいる。だけど、この森は帝国で最も危険な森だ。こんなところに家が建っているなんてちょっと信じられない。
「そもそも、どうやって帰ればいいの?」
助けて貰えたからこそ、こうやって生き延びているけど……私一人ではこの森は抜けられない。
魔法について学ぶ前に魔道具に興味を持ってしまったから、私は戦闘用の魔法はからっきしなのだ。
それはもう、初級魔法の理論すら頭をすり抜けてしまうくらいに。
「こんなことなら、ちゃんと神父様の勉強を受けておくんだったなぁ」
だって、あの人お酒を飲みながら授業するんだもん。そんな状態て頭になんて入らない。
とはいえ、現実はそれを許してくれないわけで、こうして困っているわけだけれど。
「うーん、どうしよう? お願いしたら送ってくれるかな?」
「それは無理だな」
「そうなんだ……ん?」
ちょっと待って?
今、誰が返事をしたの?
声のした方向を見る。
すると、いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこに体をもたれさせた男性がいた。
綺麗な金の髪が煌めいていて。
切れ長の目は、青色の宝石のように輝いていて。
整った顔立ちは、不機嫌そうに歪められている――そんな男性。
……いつの間に?
……いつから聞いていたの?
……貴方が助けてくれたの?
色々な疑問が浮かぶけれど、その前に。
「私と結婚してください」
私は、目の前に佇む男性に一目惚れしたのだった。
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