魔道具姫は師匠を落としたい 〜振り向かれないので薬に頼ります〜

かみさん

第1話 こうして少女は拾われた


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 私――イリス=アグネルは走っていた。


 じめじめした薄暗い森の中、木の根のせいで凹凸の多い道なき道を必死になって走る。

 息はすでに切れているし、胸も脇腹もすごく痛い。

 でも、止まるわけにはいかなかった。


 それは、背後から迫る異形のせい……。


 オオカミのようで、でもどこか決定的に違う。

 暗闇に光る赤い両目は一つや二つじゃきかなくて。

 数える余裕なんてなかったから分からないけれど、十匹以上はいたと思う。


 ……なんでこんなことになってしまったんだろう?


 いや、理由なんて分かってる。

 越えてはいけない場所……そこを越えてしまったから。

 

 魔力で動く道具――魔道具を作る職人の卵である私は、練習用の材料の採集に出かけた。

 そこで、見たことのない植物を見つけて、好奇心にかられて近づいていってしまったのだ。


 ――そこが境界線の向こう側であった事に気づかずに。


 ヌメリとした感覚。

 何かを越えたと理解したときには、もう目の前にアレはいた。

 ダラリと唾液をこぼしながら、真っ赤な目はありつけた餌に狂喜していて――


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」


 すぐに追いつけるはずなのに、追いつかれない。 

 分かってる……弱らせているのだ。

 僅かな危険さえも無くなるように、安全に餌にありつけるように。


「あっ!?」


 木の根に足を引っ掛けてしまったと気づいた時には、私の体は地面を転がっていた。

 勢いをそのままに転がり、全身を強く打ちつけてしまう。

 思いのほか根っこは尖っていたようで、大きな怪我はしなかったものの、体中の痛みにすぐに動くことが出来ない。


 ――グルルル……


 獣の呻き。

 一匹、二匹……五匹…………十匹と。

 どんどん数が増えていって、私は化け物に囲われてしまった。


 たぶん、もう弱ったと判断されたんだろう。

 群れの中から、一匹の異形が私へ近づいてくる。


 一番大きくて、一番怖い怪物。

 恐怖で体が動かない。なのに、どこか落ち着いている自分がいて。


「ああ……あっけなかったなぁ……」


 そう、ポツリとこぼした時だった。


 ――グギャ!?


 目の前の怪物が爆発した。

 血ではなくて、黒いもやに変わった化け物。それは、次々に他の怪物へと連鎖していく。 

 そして、数回瞬きした時には、もう目の前に怪物はいなかった。


「助かった……の?」


 一人呟いて。


「あ……れ……?」


 いつの間にか、私の視界は横を向いていて。


「結果を抜けた反応があったから来てみれば、とんだ拾い物だな……」


 凛と耳に残る声。

 その声に安心してしまって、私の意識は闇に落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る