第12話:だって私、子役だもん
あらすじ:そなたの好きな男子である佐藤には別の好きな女の子がいたのだった。失恋の悲しみをかみしめるそなたを見て、祥太はレ・ミゼラブルでそなたが歌った歌を聞きたいとリクエストする。
◆◆◆◆
「……でも、だめだった。佐藤に放課後、こっそりと告白したの。あんたのことが好きだって伝えた。気が弱くて要領が悪くてドジだけど、困ってる子や弱い子や、傷ついた子をまっさきに助けるあんたが大好き――って」
俺は頭の中でその瞬間を想像する。なぜかそれはリアリティのまったくない、舞台の上のワンシーンのようにしか想像できなかった。
「内心で私、絶対OKだって思ったんだ。舞台で一番うまく演技ができた時と同じ感じの、こう――やった、できた、って感じが胸の中にあったから。やっぱり私、やればできるんだって内心笑ってた」
俺は何も言わない。こいつはきっと同情もなぐさめも、分からないくせに「君の気持ちは分かるよ」なんて猫なで声の共感もいらないからだ。
「『ごめん。そなたちゃん。僕、好きな子がいるんだ』――それが佐藤の答えだった。え? って思った。だって私だよ? 顔だって頭だって性格だっていいし、友だちだって多いし、男の子に告白されたことがいっぱいあるのよ。テレビにだって出たし、大人だって私に夢中だよ。その私がふられたんだよ? 『私のどこがだめなの?』って聞いたよ」
自信に満ちあふれていた牧野そなたという女の子。その足元に穴が空いた瞬間を、そなたは語る。
「そしたら佐藤はこう言ったんだ。『どこも悪くないよ。でも僕は、別の女の子のことが好きなんだ』って」
そなたは苦しそうにため息をついた。ものすごく苦しいだろうなと、俺には分かる。それはきっと、俺が右足を切り落とした時の痛みだ。
「腹が立って悲しくて、くやしくて、納得できなくて――でも、絶対にみっともなく怒ったり泣いたりしないって心に決めた。だって私、子役だもん。必要ならいくらだって泣いたり笑ったり怒ったりできるから。佐藤の前で、かっこわるい自分はどんなことがあっても見せたくなかったから。だから、舞台の上みたいに必死で演技した」
半身を失う苦しみ。大事なものを手放さなければならない苦しみ。そなたにとっての、失恋の苦しみ。恋を手放さなければならない痛み。どうして俺は、そなたの苦しみと痛みが理解できるんだろう。それは、俺がそなたと同じような苦しみと痛みを味わったからだ。痛みと苦しみだけが、誰かの痛みと苦しみを理解するたった一つの手段なんだろうか。
「だから『そう。分かった。じゃあ、その子とうまくいくように応援するね』って笑顔で言ってやった。けれどまだあきらめきれなくて、つい『でも、佐藤のこと――好きだったんだよ』って言ったんだ。……答えは変わらなかった。『うん、ありがとう。でも僕もきっとそなたちゃんと同じぐらい、その子のことが好きなんだ』って言われた」
そなたはベンチから立ち上がった。俺に背を向けて空を見上げる。今にも泣き出しそうな背中だった。
「全身全霊でぶつかってかなわなかったんだ。舞台みたいに、幕が下りたら成功、みたいな感じじゃなかったんだ。私って、いろんな人に応援されてたのに、ずっと天才子役って言われてきたし、ずっと全部うまくいってきたけど、失恋しちゃった」
そなたは俺の方を振り返った。目には涙がたまっているけど、決してそれをこぼそうとしない。唇をかみしめて、強く自分の中で悲しみと理不尽とくやしさを押さえつけようとしている。
「ごめんな。俺が『告白してみろ』って言ったから、お前を傷つけてしまったんだ」
俺は今になって後悔した。俺はあまりにも気安くそなたをけしかけてしまった。
「ばか。あんたのせいじゃないわよ。もし私が告白しなかったら、佐藤がその女の子と付き合ってるのを遠目で見て『私が先に告白してれば――』なんて後悔していたもの」
そなたは気丈に「ありがと。あんたのおかげで玉砕できた」と言って笑ってみせた。
「そなた」
「なによ」
俺は名前を呼んだけど、続いて何を言えばいいのか分からなかった。
なぐさめる? はげます? どれも的外れでそなたが必要としているものじゃない。抱きしめてやるのか? そんなことをしたらそなたは呆れるか怒るだけだ。
「レ・ミゼラブルでお前と冬木翠が歌った歌、ここで歌ってくれよ」
俺の口は、我知らずそんなことを言っていた。
「は? なんで私がここでそんな大事なことしなくちゃ――」
「そなた」
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