第11話:自信はあったんだ。だって私、かわいいし
あらすじ:しばらくそなたは姿を現さなかった。久しぶりに再会したそなたは、自分がふられたことを告げた。
◆◆◆◆
俺の義足でのトレーニングは続く。日常生活を送る分には問題なくなった。幻肢痛も少しずつ引いていく。俺の心が、なくなった足を受け入れることができてきたからかもしれない。俺は学校のみんなとも以前と変わらずに接することができたし、ようやく自分が一生義足であることを納得できてきた。前を向こうと自分の中で決心がついてきた。
でもそれなのに。不幸な自分に酔っていた俺をけ飛ばして力づけてくれたそなたは、俺の前から姿を消していた。そりゃあ、そなたの家はどこか知っているんだし、行こうと思えば行ける。でも、さすがに呼ばれもしないのにそなたの家に行くのは気が引けた。俺とそなたは、どこまで行っても公園が接点の、友だちでさえないちぐはぐな関係だった。
その日、俺はレモンのはちみつ漬けを入れて持っていき、あの日のようにベンチに座って一人で飲んでいた。ただし今回は自分で自分を卑しめたりはしない。ただ一人で、苦い味をかみしめていた。空はどんよりとくもっていて、見上げても太陽はどこにもない。三歩進んで二歩下がる。それが俺の――義足をつけた俺だけの走りだ。
気づけば俺は、なくなった右足をじっと見つめていた。義足をなでながら、
「大丈夫だ。俺なら片足でも走れるから」
と自分に暗示をかけるしかない。そなたの声を頭の中で反すうした。
『そんなに陸上が大好きなのに、マラソンが好きなのに、その夢をあっさりあきらめて。もう何もできないって逃げ出してうじうじしてて。見ててイラつく!』
頭を殴られたようなきつい一言だった。今思い出しても、一瞬怒りたくなる。でも、それでもあのきついきついそなたの言葉こそが、好き好んで自分を卑しめていた俺の心に、現実を強烈に叩きつけたんだ。そんな言葉をかけてくれたそなたは、公園にいない。
「あいつ、演劇の練習きちんとやってるかな。サボってるんじゃないだろうな……」
つい、俺がそんなことを独り言で言った時だった。
「――サボってるわけないでしょ。あんたと違って私まじめだから」
声のする方を振り向くと、そこには小学校の制服姿のそなたがいた。
「……そなた、か」
「なによ。お化けを見たみたいな顔して。別にあんたと私、ここで会う約束とかしてないでしょ」
「あ、ああ……そうだよな」
俺は体を少し動かして、ベンチのスペースを空けた。当然のようにそなたは俺の隣に座る。
「リハビリはどう? 義足にはだいぶ慣れた?」
「ああ。おかげさまでな。高校生の障がい者が出られる陸上大会を今探してる。やるだけやってみるしかないけど、もしかしたら記録とか出せるかもしれないな」
「よかったね。入賞したらお祝いさせてよ。あんたががんばった結果なのよ」
すなおにそなたは俺のことをほめてくれた。こいつは一見するとつんけんしているように見えるけれども、実際は違う。人が本気で努力していることは結果が出ようが出まいが認めるし、逆にサボったり手を抜いているときついことを言ってくる。根っからの劇団の子役だ。
「お前にはっぱをかけられたからだよ。お前の方こそどうだよ。演劇の方は順調か?」
「うん、今度スクリーンテストをすることになったの」
「え?」
とまどった俺の様子に気づいたのか、そなたが説明した。
「映画のオーディションのこと。私はママみたいに舞台の方が好きなんだけど、劇団の人から『映画も経験できるならしておけ』ってすすめられて」
「ふ~ん。映画の題名は?」
「まだ秘密。そういうこと、部外者に教えちゃだめだから」
「それもそうだな」
俺たちはしばらくの間、無言でベンチに腰かけていた。俺は空を見上げ、そなたは下を見ている。のどかな雰囲気……じゃない。かすかな緊張感がある。マラソンならスタート直前。きっと舞台なら、幕が上がる直前だろう。俺はただ待った。
「――告白したけどふられた」
そなたはそうつぶやいた。小声だったけれども、その言葉ははっきりと俺の耳に届いた。「ふられた」そうそなたは言った。――信じられず、俺はそなたの方を見た。そなたも俺を見る。
「最近たまっているイライラが治まるまで、とにかく最後まで聞いて欲しいの」
俺は何も言えず、そのままうなずいた。
「……あんたが背中を押してくれたから、私も告白しようって決めたの。佐藤に好きだって伝えて、あいつの気持ちを聞きたかった。変な言い方するけど、自信はあったんだ。だって私、かわいいし、頭いいし、性格だっていいでしょ?」
そなたが自分で自分をほめる言葉は、むなしくその場に響いた。
「そうだな。お前はかわいいよ」
でも俺はそう言う。
「うん。だからさ、私ずっと自分に自信満々でいたんだけど――これまで人生がうまく行きすぎてたみたい。自分がすごく思い上がってたって気づいたんだ」
そなたの口調にため息が混じった。小学生とは思えない大人びた物言いだった。ずっと大人に囲まれている劇団の子役だからだろうか。俺はただ黙って彼女の話を聞く姿勢を取る。
◆◆◆◆
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