第10話:私ね……クラスに好きな男の子がいるの
あらすじ:そなたはクラスの男子の一人に恋をしていた。以前そなたに手荒くはげまされたお返しとばかりに、祥太はそなたの背中を強く押して告白するようにすすめるのだった。
◆◆◆◆
「私ね……クラスに好きな男の子がいるの」
か細い声でそなたがそう言うのと同時に、俺は驚いて声を上げた。
「えっ!? 本当か!?」
「何よ! 私に好きな人がいたらおかしいわけ?」
「そ、そういう意味じゃないってば。でも、意外だなって思って」
俺が本心を言うと、そなたはどんどんと顔を赤くしていく。今まで一度も見たことのない表情だ。
「私だって、男の子が好きになることだってあるわよ。別にいいでしょ。あんたみたいに誰も好きにならない、つまんない男子とは違うの。それに、恋することだって演劇の糧(かて)になるのよ」
相当恥ずかしかったのか、そなたは早口でまくしたててくる。
「で、誰なんだそいつは。お前に好かれるなんて幸せな奴だよな」
「なんでそう思うのよ。あんた私が好きな人のこと何も知らないのに」
「別にいいだろ。お前のことは少しは知ってるからさ。お前自分にも他人にも厳しいけど、ちゃんと他人の努力しているところはすぐに見つけるし、そこははげましてくれるからな。その男子はきっとお前に好きになってもらえて幸せだろうな、って思っただけだよ」
俺は自分の思ったことを思ったままに言う。そなたはかなり厳しくてずけずけものを言ってくるけど、人をいじめたりないがしろにするような奴じゃない。そこは俺自身が知っている。だからこそ、俺もそなたのことを信頼している。鈴子さんも言っていた通り、そなたの人を見る目は確かだ。きっとこいつが好きな男子も、立派な奴だろう。
「で、そいつはどんな奴なんだ。名前とかはプライベートの問題もあるから適当でいいからさ」
俺が促すと、だんだんとそなたはうつむいてしまったけれども、髪をいじりながら話し始めた。
「クラスの男子で……名前は……とりあえず佐藤ってことにしておくから」
う~ん、ここで偽名にするところがそなたらしいというか、大人っぽいというか。
「そいつ……なんて言うか、体が弱いけどいつもいっしょうけんめいでさ、クラスで困ってる子がいると助けたりして……すごく優しいの。でもちょっとドジっていうか……うっかり屋さんなところもあるかな。あと……笑顔がかわいいの」
そう言いつつ、そなたの顔は何だかにやけている。幸せそうな顔だ。
(こいつやっぱり小学生だ。恋愛に関しては完全に恋は盲目だな)
そなたの告白を聞きながら、俺は心の中でツッコミを入れた。でもそれは一瞬でばれた。
「な、なんとか言いなさいよ! 私が恥ずかしいのを我慢して正直に話したらずっと黙ってるってどういうこと! ねえ! ねええっ!」
顔を上げてそなたがどなる。
「おい、いきなり怒るなって」
「うるさい! あんた私より年上でしょ! なにかアドバイスないの? 教えてよ! 私だってこういう気持ちになるの初めてなんだし、このままじゃ劇の練習とかにも身が入らなくて周りに迷惑かけちゃうし、あんたじゃ頼りないけど相談できそうな人があんたしかいないからこうしてるじゃないの! 何か言ってよ! このバカ!!」
「分かった分かった分かったから叩くなって。顔真っ赤だぞ」
ぱしぱしとそんなに強い力じゃないけど、照れ隠しでそなたは俺の肩を叩く。こいつにも好きな人ができたってことか。ちょっとだけ複雑な感じだけど、そもそも俺とそなたの関係は別に深いわけじゃない。こいつが誰を好きになろうと問題はない。でも、少しだけ俺は聞いてみた。
「あのさ、そなた。その佐藤って奴、メガネかけてるか?」
「え、ええと……うん」
「なんか細くて、運動よりも勉強が得意そうで、身長がだいだいこれくらいで、おとなしくて敬語で話す奴か? あとひじのここに最近ばんそうこう付けてたりとかする?」
そこまで俺が言うと、そなたの目の色が変わった。
「あんた知ってるの!? なんで!?」
「いや、本人かどうか分からないけどさ。実は――」
俺は先日ここであったことを話した。おばあさんとおばさんが自転車を車に乗せようと苦労していて、それを男の子と手伝ったこと。男の子がひじをすりむいたのでばんそうこうをあげたこと。
「……もしかすると、あんたの会った子って佐藤かも。あいつなら、絶対にそうするから」
俺の話を聞き終えたそなたはそう言った。俺はあの時会った男の子のことを思い出す。細くてか弱そうな男の子だ。なるほど、もしあの子が佐藤ならば、ああいうのがそなたの好みなのか。ちょっと面白い。見た感じ、佐藤という男の子は取り立ててかっこいい奴でもなければ女の子にもてそうな奴でもない。わりと平凡そうな奴だったからだ。
「じゃあ、告白してみたのか?」
俺は話を戻す。
「いきなりできるわけないでしょばか! あんた本当にデリカシーないのね!」
そなたが大声を張り上げるが、俺はひかない。そなたには悪いが、ちょっとだけリベンジさせてもらうつもりだ。そなた、お前は俺を容赦なくだめ出ししたんだから、今度はお前の番だからな。
「はあ? お前覚えてるか? 初めてお前に会った時だよ。俺がこのベンチに座って義足になったことでうじうじしていた時、お前は俺のことを鼻で笑ったよな。『いくじなし』とか『めそめそしてる』とか言ってたぞ。まさかあんなに俺の背中を押してくれたお前が、自分のことになるととたんに二の足をふむような奴だったなんて知らなかったぜ」
理路整然とした俺の反論に、たちまちそなたはあたふたとする。こういうところは大人びているけど、やっぱりそなたは小学生だと思う。
「そ、そ、それとこれは……その、ち、違うから……」
「え~なんだって聞こえな~い。はっきり言ってくれよ~」
「だから、私は……その、あの、ええと……う、うるさい! あんたからかってるでしょ!」
そなたを一通り困らせてから、俺は口調を一転させる。ここからが大事だ。
「……あのさ、俺はお前が尻をけ飛ばしてはげましてくれたこと、すごくうれしかったんだぜ。確かにあの時の俺はいくじなしで、自分はなんてみじめで不幸なんだろうって思ってたからな。ほら、今度は俺の番だ。思い切ってその佐藤って奴に告白してみろよ」
そうだ。俺はそなたがはげましてくれたおかげでもう一度走れた。だったら、今度は俺がそなたをはげます番じゃないか。
「成功するかもしれないし、もしかしたら玉砕するかもしれない。それはお前次第だ。でも、お前ならきっと大丈夫さ。少なくとも俺はそう思う!」
我ながら根拠がないけれども、それでも俺は全力でそなたの背中を押した。
「祥太……ありがと」
俺のはげましに、そなたはちょっとだけ目をうるませていた。
「別にいいさ。俺にできることはこれくらいだからな」
「そうよ。私だってうじうじしてるひまなんかないんだから。ちゃんと、この気持ちに決着をつけてくる」
そなたは俺の言葉に、自分で自分に言い聞かせるかのように何度もつぶやいていた。
――でも、ばかな俺は甘く見ていた。
そなたはかわいいし、頭もいいし、行動力もある。だからきっと、その佐藤とかいうそなたのクラスメイトも、きっとそなたに告白されれば一発でOKする。そんな風にたかをくくっていた。そんな風に信じ込んでいた。それからしばらくの間、ふっつりとそなたの姿を公園で見ることはなかった。
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