第9話:あんたって、好きな人いるの?
あらすじ:祥太は公園の近くで人助けをする小学生の少年を手伝った。別の日、そなたは祥太に「好きな人いるの?」といきなり聞いてきたのだった。
◆◆◆◆
それから、俺は整形外科の先生や理学療法士さんと相談して、少しずつランニングの距離を伸ばしていった。だんだんと俺の右足は義足であることを受け入れてきたらしい。まだ幻肢痛はあるけれども、それでも俺は自分が義足であることを少しずつ納得させてきた。クラスメイトも先生も、だんだんと近づいて以前のように関わるようになってきた。
(なんだよ……俺の方が勝手に壁を作ってたんだ)
それが分かると、俺は少し恥ずかしくなった。自分だけが世界で一番不幸だと思い込んでいた。片足と一緒に才能を全部奪われた気がしていた。でも違ったんだ。才能なんて俺にはもともとない。でも、それがどうした。才能がなくなって走れるし、才能のある奴に追いつくことだってできる。
そうだ。俺には追いつきたい奴がいる。神野秀夫。片足のランナーとしての先輩。今もっとも注目を浴びていて、将来はパラリンピックでの金メダルだって期待されている奴だ。あいつは右足をなくしたばかりの俺に、親身になって走り方を教えてくれた。いつかきっと、神野とはマラソンで勝負する日が来る。いや――その日を俺は待っている。
壁が壊れた後は、右足を失う前と同じような日々が戻ってきた。俺はクラスメイトと笑って遊んだり、下らない話で盛り上がれるようになってきた。何より、俺にとってそなたの存在は大きかった。生意気で態度もでかいけど、それでも俺にとってはあの小さな女の子の言葉はすごく力になっていた。そんなある日のことだった。
◆◆◆◆
一通り自分で決めたトレーニングを終えた俺が公園を出た時だった。今日はそなたはいない。きっと劇の練習で忙しいんだろう。もしかすると、学校の用事かもしれない。公園のすぐ近くの駐車場で、年配のおばあさんとおばさんの二人が、自動車の後部に自転車を乗せようとしているのが目に留まった。
たぶん、ここまで自転車できたおばあさんを、おばさんが自転車ごと車に乗せて家に帰ろうとしているんだろう。病院の帰りか何かかもしれない。ちょっと危なっかしい感じだったので、俺は手伝おうとしてそっちに近づいた。すると――
「あ、大丈夫ですか?」
道路の反対側から、小学生くらいの男の子が走って二人に近づいた。
「僕も手伝いますよ」
そう言って男の子は、自分も一緒になって自転車を持ち上げようとする。たぶんそなたと同じくらいの年齢だろう。
「やだ、悪いわねえ」
「大丈夫よ、なんとかできるから」
と言いながらも、おばあさんとおばさんはほっとした顔をしている。でも、男の子が一人加わったくらいでは、危なっかしいのは変わらない。
「大丈夫ですか、俺も手伝いますよ」
俺もすかさず三人に加わった。
「すみません、助かります」
男の子がこっちを見た。メガネをかけた、細身の見るからにインドア派って感じの男の子だ。あら助かるわねえ、とかどうやってしまいましょうかね、とか言ってるおばあさんとおばさんに俺は言う。
「じゃあ、俺たちで後ろから持ち上げますから、お二人は後部座席の方から引っぱって下さい」
二人は言われた通りに、いったん車の中に入ってからそこから俺と男の子が持ち上げた自転車を中に引っぱり上げた。さすがに四人でやれば、危なげなくその自転車は車の中に無事おさまったのだった。
何度もお礼を言いながらおばあさんとおばさんが乗った車が走り去っていくのを、俺と男の子は手を振って見送った。信号機のところを右折して車が見えなくなってから、男の子は俺に向き直った。
「助かりました。ありがとうございます」
男の子は頭を下げる。礼儀正しい子だ。そなたなら「あんた来るのが遅いわよ」と言うんじゃないだろうか。
「おい、ひじ、血が出てるぞ」
俺は男の子の片手のひじを指差した。一人で自転車を持ち上げようとした時に手を滑らせたらしく、男の子はひじはすりむいていた。
「あ、本当だ」
「これ、使うか?」
俺はポケットから自分のばんそうこうを取り出して渡した。
「ありがとうございます。用意がいいんですね」
男の子はすぐに自分で傷口にはる。
「よく転ぶこともあったからな。今は大丈夫だけど」
最近はだいぶ義足で走ることにも慣れてきたから、転ぶことも減った。
「じゃあ、これで」
「はい」
そう言って、俺と男の子は別れた。なんのことはない。ただ、一緒に困った人を少し手伝っただけ。それで終わり。名前だって知らない。男の子のことは、それで忘れてしまう。そのはずだった――
◆◆◆◆
後日、公園で俺が水筒からストローでスポーツドリンクを飲みながら、タイムを確認している時だった。
「祥太、今ひま?」
「お、そなたか。どうしたんだ?」
いつものようにそなたが公園にやってきていた。ちょっとボーイッシュな感じのおしゃれをしていて、手はポケットに突っ込んでいる。こいつは本当にモデルみたいに何を着ても似合う。
「いいから答えてよ。ひま? ひまじゃないの? どっちよ」
「時間なら空いてるぞ」
やることがないわけじゃないけど、そなたが何かしたいなら、俺は付き合うことにためらいがなかった。口には出さないけど、そなたは俺の恩人だからだ。
「ふ~ん、じゃあ、そこ座るから空けて」
相変わらずつんけんした感じで、そなたは俺の隣に座った。
なんか今日は歯切れが悪い。いつもは俺を見るとすぐにだめ出ししてきたのに、今日は落ち着かない様子であちこちを見たり、俺をちらっと見ては目をそらしたりしている。
「飲むか? これ」
水筒を差し出してみたんだが、そなたに鼻で笑われた。
「バカじゃないの。いらないってば」
「あ、そう。そうだよな、うん」
我ながらばかなことを言った。
「それよりさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、なんでも聞けよ」
「……あんたって、好きな人いるの?」
俺はその質問に思わずむせた。いきなり何を聞くのかと思えば……。
「答えなさいよ! ほら早く!」
「……あ、ああ。いないよ」
「本当? うそついてないわよね?」
なぜかそなたは疑わしそうな目で俺を見てくる。
「そなたにうそついてどうするんだよ。俺、一度も女の子と付き合ったことないぞ」
「祥太ってさびしい高校生活送ってるのね……」
「ほっとけ。で? 俺が好きな人がいるかどうか聞いてどうするんだよ」
俺が聞くと、急にそなたはもじもじしはじめた。おいまさか……こいつ俺のことが好きなのか。そんなことを考えた俺だったけど、さすがに違った。
◆◆◆◆
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