第14話:――急に怖くなったの

あらすじ:祥太は障がい者として陸上大会に出場が決まった。一方、そなたは失恋したことでスランプになってひどく自信を失っていた。


◆◆◆◆



 そなたが失恋というとても辛いことを味わった一方で、俺には願ってもないチャンスが巡ってきた。高校生の陸上大会で、障がい者枠に出場が決まったのだ。義足でどこまで走れるか分からない。それでも俺は走りたかった。ネガティブな思いは、まだ俺の中でくすぶっている。右足がもうないことを、朝起きる度に何度も思い知らされる。


 両足が普通だったらもっと速く走れたのに、そう何度思ったことだろう。その現実がいやだった。だから幻肢痛でなくした足が痛む度に、そなたの歌を思い出した。あの子の歌うオン・マイ・オウン。失恋したエポニーヌに重ねた、自分のくやしさと悲しさとやるせなさを形にした歌。きっと俺にとって、走ることがそれだ。


 俺はもう一度、そなたにお礼を言いたかった。でも、またそなたが公園に姿を現さない日々が続いた。本気で一度そなたの家に行こうと思っていたある日。公園でのランニングを終えた俺の目に、ベンチに座るそなたの姿が飛び込んできた。


「そなた!」


 俺はつい、うれしくなって声を上げた。目立つと分かっていたけど、心がはやっていた。


「あ……祥太」


 俺の声にそなたは目を上げた。俺はすぐに、いつもと違うことに気づいた。最初に会った時の堂々としたそなたじゃない。まるでいじめられた子ネコみたいに、どこかおびえているような感じだった。


「元気がなさそうだな、大丈夫か?」

「別に。普通よ」

「……そうか」


 すぐにそなたは取りつくろったので、俺はそれ以上聞けなかった。


「あんたは元気そうね。右足、大丈夫なの?」

「ああ。ようやく足がなじんできた気がする。両足がある時に比べれば遅いしバランスが悪いけど、それでもこれが俺の足だって胸を張って言える」

「そう、よかった」


 そなたは目をそらした。


「そなた、お前……」

「何よ」

「いや、いい」


 俺はそなたにそれ以上踏み込むことができず、ただ隣に座った。


「なんで座るのよ」

「休憩だよ。知ってるだろ? トレーニングには適度な休息が必要なんだからな」


 俺たちは並んで座った。ひたすら待つ。スタート地点で始まりのピストルを待つように。またあの時のくり返しだ。でも、俺にできることはこれだけだった。


「――こんなスランプになるなんて、生まれて初めて」


 ようやくそなたは口を開いた。


「お前でもなるんだな、スランプ」

「当たり前よ。まじめにやってるんだから」


 そなたは唇をとがらせる。


「でも、今までは練習して、努力して、いっぱいがんばれば乗り越えられた。今回はだめ。どんなに努力しても――穴の空いた風船みたいに、それがどこかに流れていくみたい」


 自分で自分をあざ笑うかのように、そなたは小さく笑う。


「努力は必ず報われる――なんて知ったかぶりして、私ってバカみたい」


 俺がずっと無言なのが耐えられなかったのか、そなたは俺をにらむ。


「少しは否定なさいよ! あんただっていっぱい努力してきたじゃない! ねえ!」

「悪い。でも、俺だってなんて言えばいいのか分からないんだ」

「もう、肝心な時に何もしてくれないんだから」


 そなたが本気で言ってないことくらいは分かる。俺から魔法のような一言を聞いて、一気にスランプから脱出しよう、なんて都合のいいことは、そなたは絶対に思わないからだ。


「でも、俺はお前の気が済むまでここで聞いているから」


 俺は安心させたくてただそう言った。


「ありがとう」


 そなたは座ったまま、ほんの少しだけ俺に近づいた。


「――急に怖くなったの」


 たっぷりと時間をかけて黙ってから、再びそなたが口を開いて発した第一声がそれだった。


「笑わないでね。笑ったら怒るから」

「絶対笑わないよ」

「うん――佐藤に告白して、ふられて、頭の中では納得してた。引きずらないって決めていた。でも、心が勝手に引きずってるの」


 そうだろうな、と俺は心の中でつぶやく。


「自信がなくなっていくの。今までできたことができなくなっていくの。怖い。すごくそれが怖いのよ」

「そなた、大丈夫だから」


 俺はわずかにそなたの肩に触れる。そなたはいやがらなかった。


「分かってるわよ。でも怖いの。本気で人を好きになって、告白して、ふられて――私ってだめなんだって一度思ったらもうそれが頭からはなれないのよ」


 そなたは何かに取りつかれたように続ける。


「舞台の練習してても、ずっとそのことばっかり考えてる。セリフ一つ言う時も、手や足を動かす時も、これでいいのかな? だめじゃないかな? って思ってずっとずっと自信がもてないのよ。私、本当にもうだめなのかも……」


 そなたは話しつつ、だんだんと顔色が悪くなってきて頭を抱えだした。



◆◆◆◆



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る