終章

第244話 エピローグ (1)

 ちょっと迷ったけど、ぼくは先生に報告することにした。


 まだドッキリの可能性も疑っていたけど、なにしろ女の子が一人、倒れているんだ。報告しないわけにはいかない。ところが、職員室に入ったとたん、ぼくは先生に怒られてしまった。ぼくはなんと、上半身が裸だったんだ。下半身に履いているのも、なんて言うか囚人服みたいな色の、粗末なズボン。そのズボンもところどころが破けて、ボロボロになっている。膝にはなぜか、頑丈な膝当てみたいなものをつけていた。もちろんこんなズボン、はいた覚えなんて無い。

 わけがわからなかったけど、とりあえず先生に謝ってから、一緒に教室に来てもらった。教室に戻った時も、柏木はまだ倒れたままだった。その時になって気がついたけど、彼女の服装も、学校の制服ではなかった。彼女が着ていたのは、ハロウィンの仮装あたりで使いそうな、黒いローブみたいな変な服だった。


 それからが大変だった。


 最初のうちは、クラスメートが消えてしまったことは、真面目に取り上げてはくれなかった。それよりも、女生徒が一人気絶していたことのほうが問題になった。先生に何度も事情を訊かれたけど、ぼくとしては、ありのままを話すしかない。そして、当然というかなんというか、ぼくの言うことは信じてもらえないみたいだった。

 そのうちに、保健室で目を覚ました柏木が同じような話をしてくれたらしくて、とりあえず今日のところは帰ってもいいよ、ということになった。教室に置いてあった体操服に着替えて、ぼくは家に帰った。


 その日のうちに、職員室は大騒ぎになったらしい。クラスメートの親たちから、問い合わせの電話が殺到したからだ。


 なにしろ、二十二人もの生徒が、姿を消してしまったんだ。騒ぎにならないはずがない。ぼくは改めて学校から事情を聞かれ、そして警察からも、取り調べみたいな事情聴取を受けることになった。供述の内容が内容なので、なんだか疑いの目を向けられていたみたいだったけど、調べたって何も出てくるはずがない。ぼくは何もしていないし、そもそも二十人以上の生徒を、ぼく一人でどうにかできるわけがないんだから。

 さらに事件が公表されると、「謎の集団失踪事件」というショッキングな内容に、マスコミが飛びついた。校門の前や通学路の途中には、至るところにカメラマンとレポーターが立って、登下校の時には何度も、「ちょっとお話をいいですか」と、マイクを向けられかかった。そしてニュースやワイドショーの時間になると、一斉にライトが灯って、中継が始まった。

 クラスメートのうち何人かの家族は、テレビの取材に応じていた。カメラの前で、あの子に早く帰ってきてほしい、身代金でもなんでも払うから犯人は早く返してくれ、と涙ながらに語る人もいた。けれど、学校や警察に何十件と届いたメールや電話はすべてがいたずらと判明し、本物の犯人が接触してくることはなかった。


 でも、本当に「犯人」なんているんだろうか。いたとしても、どうやってあれだけの人数を、誰にも見られずに失踪させることができたんだろう。それにどうして、ぼくと柏木だけが取り残されたんだろう。それからそれから、ぼくたちが着せられていたあの変な服、あれには何の意味があったんだ?

 ぼくには、わからないことだらけだった。

 その後の警察の調べで、事件当時、大勢の人間を運べるような不審な車両は校内に入っていないこと、そして、行方不明の生徒たちが学校や教室から出て行く姿を目撃した者も、いないことがわかった。また、二十二人の生徒のいずれも、家出や自殺に結びつくような重大な問題を抱えている様子はなかったことも判明した。

 その後も、伝わってくるのは否定的な情報ばかりで、解明につながるような手がかりは、まったくと言っていいほど出てこなかった。そのためもあってか、マスコミ報道は次第に静かになっていき、警察の取り調べも、少なくともぼくのところには、来なくなった。


 ◇


「じゃ、そろそろ部活に行くよ」

「また明日な」

「うん、また明日」

 上松と河北が教室から出て行くのを、ぼくは椅子に座ったまま見送った。と、上松が扉のところで振り返った。

「ユージは、まだ帰らないのか? 暇してんなら、今からでも弓道部に──」

「ユージ! ボクと一緒に帰ろう」

 言葉の途中で、ぼくたちの間に女生徒が割り込んできた。柏木だ。ニコニコと笑いながら、上松からの視線をふさぐように、ぼくの机の前に立っている。笑ってはいるんだけど、その笑顔からはなんというか、一種のオーラのようなものを感じさせた。それに気圧けおされたのか、上松は少し後ずさって、

「そ、それじゃまた、明日」

と言い置いて、廊下へと出て行った。

 ぼくがそれに生返事を返すと、柏木はぼくの腕を引いて、席から立たせた。

「じゃ、帰ろう!」

 そのまま、腕を組んでくる。まだ教室に残っていたクラスメートたちから、ちょっと白い目で見られているような気がした。けど、柏木はそんなことは気にした素振りもなく、ぼくの腕を引っ張るようにして、教室を後にした。


 警察やマスコミのことは別にしても、あれから、いろいろなことがあった。まず、ぼくたちがいたクラスは、分割して他のクラスに吸収されることになった。元のクラスで無事だったのは、ぼくと柏木を含めても十人ちょっとだ。そのままで授業を続けることはできなかったんだろう。だからさっきの「クラスメート」というのは、新しいクラスの同級生のことだ。

 そして最も大きな変化はというと──。

「? ボクの顔に、何か着いてる?」

 そんなことを考えながら柏木を見ていたら、柏木は不思議そうな顔で、ぼくを見返してきた。ぼくは首を振って、

「いや、ちがうよ。あれからいろいろあったなあ、と思って」

 その答に、柏木は小さく「そうだね」と答えて、少しだけ、ぼくの体に身を寄せてきた。


 えーと、実はそうなんです。ぼくは柏木と、付き合うことになりました。


 クラス分けで、ぼくは上松、河北とは一緒のクラスになったけど、柏木とは別になった。ところが、その日のうちに、柏木がぼくのクラスに来るようになった。正確には、ぼくの机のところに。それも、毎日、毎休み時間。しまいには、前の席の女子生徒が気を使って、休み時間になると席を空けてくれるようになったくらいだった。

 最初のうちは、彼女も相当なショックを受けたんだろうな、と思っていた。消えた二十二人の中に、ぼくとはそれほど仲の良かったやつはいなかったけど、彼女は親友だった白河や上条、一ノ宮を、一辺に失ってしまったんだから。事件の後は、学校や警察の事情聴取で、ぼくは柏木と同席することが多くなり、彼女と話す機会も増えた。それに、一応はぼくも元クラスメートだ。寂しさを紛らわせるために、ぼくのところに来てるのかな、くらいに思ってたんだ。

 ところがそのうちに、「一緒に帰ろう?」と誘われるようになり、その後すぐに、彼女から告白された。帰りの道の途中、ちょっと人気のない場所で。とてもうれしかったけど、ほんのちょっとだけ、後ろめたさも感じた。脳裏に浮かんだのは、一ノ宮たち三人、特に上条の顔だった。もしかしたら、ぼくは彼らの代わりというか、役割を奪っただけなんじゃないか、って。けど、そんなことを忘れさせてくれるくらい、彼女の方から積極的に動いてくれた。告白にOKしたその場で、人生初めてのキスをするくらいに……。

 まあ、誰の代わりかなんて、関係ないよね。これから、ぼくと彼女が楽しく、幸せに過ごせるよう、一緒にがんばっていくのなら。


「ユージ、今日は時間あるの?」

「うん、だいじょうぶだよ。母さんから、店の方は当分、手伝わなくていいって言われてるから」

「じゃあ、今日はファミレスに寄り道していかない? ボク、あそこの夏メニューで、まだ試してないのがあるんだよね」

 柏木は歩きながら、うれしそうに笑った。


 あの事件の後、柏木はなぜか、自分のことを「ボク」と呼ぶ、「ボクっ娘」になっていた。これ自体は、ボーイッシュな雰囲気だった柏木に合っていたので、元から高かった下級生の女の子たちの人気が、さらに高まったらしい。反対に不評だったのが、ぼくと付き合いだしたことだった。まあね。ぼくは柏木と違って、特筆すべきところがあんまりない、平凡そのものの男子学生だからね。

 後輩たちの中には、こんな人は柏木先輩とは不釣り合いだと思います! と、直言してきた子までいた。けれど、それに対する柏木の答は、自分の体で隠すようにぼくの前に立ってからの、

「……あんまり、ユージに近づかないで」

だった。うれしかったけど、ちょっとだけ怖かったかも。こう言うのって、ヤンデレっていうんだろうか? その手の分野は、あんまり詳しくないんだけどな。まあ、あんな事件があったんだから、少しくらい心の調子がおかしくなってもしかたがない。ゆっくりと、元の調子に戻っていけばいいよね。

 そういえば、柏木はぼくのことを「ケンジ」ではなく、「ユージ」と呼ぶようになってたな。これも、あの事件の後からだったかも。親しい友だちはぼくをユージ呼びしていたから、彼女もそれを真似たのかもしれない。


 ぼくたちは校門を出て、人通りの少ない通りを歩いた。ここは、柏木から告白された、ぼくにとって思い出の場所だ。


 けれども今日は、その道に一人の男性が、ぼくたちを待ち構えるように立っていた。



────────────────


 みんな! オラに時間を分けてくれ! ……えーとすみません。というわけで、次回の掲載は1回お休みして、25日にしたいと思います。

 ちなみに、あと2回ほどで完結の予定です。間に合うかなあ……。


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