第236話 おなじみの宣告
「《リザレクション》」
白河の前に、白く輝く光の球が現れた。あまりのまぶしさに、視野のすべてが白い色で塗りつぶされる。その真っ白なカンバスに、ただ白河と柏木の輪郭線だけが、かろうじて消え残っていた。
リザレクション。名前だけは聞いたことがある。たしか、聖女の奇跡と呼ばれる、死者蘇生の光魔法だ。だけど、初代の聖女以外には発動に成功したものがなく、幻の魔法と言われているんじゃなかったっけ。その奇跡の魔法を、白河は成功させたのか。
光の球はゆっくりと移動して、一人目の柏木の中に吸い込まれていった。光が彼女の体の中に消え、周囲に闇が戻った時、二人目の柏木の姿が、ふっ、とかすんだ。
「美月、どうして……」
現状からの変化を拒むように、かすんでは元に戻ることを繰り返す柏木。その体を、白河は両手でそっと抱きしめた。
「私の望みは、地球に帰ることでした」
白河は言った。
「けど、これはかなわぬ願いだと、最後にはわかってしまいました。いえ、もしかしたら最初から、わかっていたことだったのかもしれませんね。そのためでしょうか、私の望みは、『勇者パーティーのみんなと一緒にいること』に変わっていたんです。私が、あなたの言う死者だとしたら、この望みをかなえるために、これまで行動してきたんでしょう」
「それって、私の願いと同じじゃない。なら、どうして……」
「ですが最後に、自分の本当の望みができたんです。郁香。あなたに、生きていて欲しい。私たちにはもう経験することのできない、長くて新しい時間を、私たちの代わりに経験していってもらいたい。そして、幸せな人生というものを、探し求めて欲しいんです」
「そんな、嫌だよ。私、美月たちと──」
「お願い。生きて」
白河の言葉に、柏木が激しく首を振る。大きくかすんだ彼女の姿が、また元に戻った。
白河の魔法は、成功したんだろうか。さっきの光を見ると、術としては成功したように見える。なのに、死者としての柏木の姿は、いまだに消えていなかった。いや、だんだんと薄くなっているような気がするけど、そのたびに、元に戻っている。術者の白河が死者であるため、魔法の効果が弱いんだろうか。それとも、蘇生される当人が死を望んでいて、生き返るのを拒否しているからだろうか。
白河と柏木は、互いの体を抱きしめながら、涙にむせんでいた。その白河の肩を、ぽんと叩くものがいた。上条だった。白河は彼の顔を見て、柏木の頭を軽くなでてから、後ろに下がった。
上条は柏木の前に立つと、ぽりぽりと頭をかきながら、
「あー、なんて言えばいいかな……。うまいこと言えねえけど、おれが思ってることも、白河さんとおんなじだ。郁香には、ちゃんと生きて、幸せになってほしい。そうでないと、これまでさんざんがんばってきた甲斐がないもんな」
「でも、武明──」
「それによ。ここはおまえが考えてるほど、いいところじゃなさそうだぜ。思い返してみると、うまいもんなんて何もなかったし、これといって面白いもんも無かった。退屈なおんなじ景色が、ずーっと続いてるだけだ。今さらの話だけどな。なにも、好き好んで来るところじゃねえ」
「ねえ武明。私、本当はあんたのこと──」
「ああ、何も言うな。おれもおんなじだよ。こういう時は、こうするんだろ」
上条は柏木の体を抱きしめた。そして少し体を離し、ぎこちない手つきで柏木のあごに右手を差し入れると、彼女の顔に自分の顔を近づけて、口づけをかわした。
長い口づけが終わると、上条は柏木の両肩に手を置いて、
「おれたちはもう、どうしようもないらしい。けどおまえは、ここから戻ることができるんだ。おれからの最後のお願いだ。精一杯、生きてくれ」
上条は、柏木の体をもう一度抱きしめた。そして体を離すと、じゃあな、と手を振って、柏木から離れていった。
上条が柏木から離れた直後、柏木の姿は一気に薄れた。先ほどまでとは異なり、すぐにも消えてしまいそうなほどに、その姿は弱々しく揺らいでいる。最後に彼女の元に向かったのは、一ノ宮だった。一ノ宮は柏木の前に立つと、彼女に向かって頭を下げた。
「まずは、謝っておきたい。柏木さん、そして上条と、白河さんにも。君たちを死なせてしまったのは、リーダーであるぼくの責任だ。本当に、済まなかった」
「ううん、違う。一ノ宮君だけのせいじゃないよ」
「いや。聖女、重騎士、七属性魔導師というそうそうたるメンバーに囲まれ、勇者という素晴らしいジョブとスキルに恵まれながら、最後にはこんな結果になってしまった。きっと、どこかに油断というか、慢心があったんだろう。リーダーとして、あってはならないことだった」
一ノ宮は、上条と白河に向かって、改めて頭を下げた。そして柏木に向き直ると、
「その上で、言わせてくれ。
ここはぼくらが生きていたところとは勝手が違うようだけど、たとえ世界が変わっても、ぼくがすることは同じだ。いや、ここは政府も治安機関もない無法地帯だから、元の世界よりも多くの人が、理由のない暴力、理不尽な扱いに苦しんでいるんじゃないかと思う。ぼくはそんな人を見つけたら、手を貸してあげたい。それが、勇者であるぼくが、すべきことだろうから。
だけど柏木さん。君は、ぼくたちに付き合う必要はない。なにしろぼくのパーティーには、勇者、聖女、そして重騎士がいるんだからね。油断さえしなければ、戦力としては十分すぎるほどだ。
ぼくたちのことは、心配しなくていい。君は勇者パーティーの事なんて忘れて、自分の道を生きていってくれ」
「でも──」
「だいじょうぶ。ぼくたちは、君無しでもやっていける。
このことをはっきりさせておくために、ぼくはパーティーのリーダーとして、ここで宣言しておきたいと思う」
一ノ宮は柏木から二、三歩離れると、柏木に向かって人指し指を突きつけた。
「魔導師、柏木郁香」
そして、ある種の小説ではおなじみの、こんな宣告を行った。
「本日をもって君を、勇者パーティーから追放する!」
柏木の顔に、泣き笑いのような表情が浮かんだ。
次の瞬間、彼女の姿はかき消えた。
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