第234話 六つの反応

 突然に現れた、二人目の柏木。


 その柏木は、地面に横になったままの柏木に近づいて、ひざまずいた。悲しげな表情で、その姿を見つめている。アネットもようやく彼女に気がついたらしく、驚いた顔で、目の前の二人の柏木に、交互に視線をやっていた。

 こいつは何者だ? 近くのものに擬態する魔物だろうか。あるいは、他人の姿そっくりに真似る魔法? それとも、さっき倒したばかりの魔王が、何か関係しているのか?

 だけど、もっと残酷な現実を、ぼくのスキルが教えてくれた。それを知らせてくれたのは、例によって探知のスキルだった。


 この場には、探知できた反応が、6つしかなかった。


 一ノ宮、上条、白河、アネット、ぼく。これで五つ。残る二人の柏木で、一つだけ。そして反応があったのは、後から現れた柏木の方だった。横になっている柏木からは、なんの反応も返ってこない。

 どうやら彼女は、力尽きてしまったらしかった。

 たぶん、さっきの魔法のせいだろう。これまでも、彼女はずいぶん体調が悪そうで、一回目のエクスプロージョンを唱えた後で、倒れてしまったくらいだった。それなのに、すぐ後に二回目を詠唱した。上条が危機に陥っていたからだろうけど、それはやっぱり、無理な魔法の発動だったんだ。そのために、自分の命を落としてしまったんだろう。

 でも、その柏木の体は、黒い霧になってはいない。と、言うことは……?


 混乱しているぼくたちをよそに、二人目の柏木は、一人目の前で目をつぶり、静かに合掌した。そして立ち上がると、まずぼくに向かって、

「ユージ君。あなた、生きているんでしょう?」

「え? ああ。もちろん、そうだよ」

「そう。信じるわ。あなたが話していた闇の精霊の話は、冒険者ギルドで聞いた情報そのままだったから」

「ちょっと待ってくれ。って事は、柏木さん、君は……?」

「うん。ここが死者の国だってことは知ってる。

 そして、こうして私の目の前に私が倒れてるってことは、たぶん今の私は、死者、なんでしょうね」

「……死者?」

 一ノ宮が、いぶかしげにこの言葉を繰り返した。

「うん、死者。どうして私がこんなところにいるのかから、話しておくね」

 柏木は悲しげな笑みを浮かべながら、話を始めた。


「みんなにも聞いてもらいたいけど、ユージ君には、特に聞いて欲しい。だって、武明や一ノ宮君たちは、たぶん、私の話を忘れてしまうと思うから。死者は、自分にとって都合の悪いことは、忘れたり記憶を変えてしまう、って話だからね。

 でも私は、自分がしてきたことを、誰かに覚えていて欲しいみたい。そんな衝動が、私の中にあるの。だから、ユージ君は聞いて。そして、私が経験したことを覚えていて欲しいんだ」

 ぼくが黙ってうなずくと、柏木は話を続けた。

「グラントンの迷宮の攻略が終わった後、私たちは魔族との戦いに復帰するために、ヘレスを出て、ノーバーへの旅を続けていた。けどその途中、私と美月と一ノ宮君の三人は、武明がバギオの村で亡くなった、という知らせを受け取ったの。

 とても驚いたけど、それ以上の詳しい情報は何もわからなかったから、まずは一ノ宮君が馬で、その後から私と美月が、馬車でバギオへ向かった。けど、その途中の街で──」

「ちょっと待った。バギオって、グラントンからそんなに離れていないところじゃなかったっけ。さすがにあそこは、戦場にはなっていないよね。上条って、病気かなにかで死んだの?」

 勇者パーティーは戦いで倒れたんじゃない、という噂はあったけど、まさか本当だとは思わなかった。いやそれ以前に、どうして上条だけが、一人でいたんだろう。

 ところが、この質問に、柏木の方が驚いた顔になって、

「……そうか。ユージ君は、気がついていないんだね」

 小声でこんなことをつぶやく。気づいてない、って何のことだ? けど、ぼくがそれを質問する前に、柏木が頭を下げた。

「その前に、ごめんなさい、ユージ君。グラントンの迷宮では、あんなにひどいことをしてしまって。こうして、生きたユージ君と会えたから良かったけど、あの状況だと、いくら蘇生術師と言っても、あのまま死んでしまっていてもおかしくなかった。謝って済むことだなんて、思ってないけど……ほんとうに、ごめんなさい」

 こう言って、さらに深く頭を下げる。この謝罪に、一ノ宮たちはいぶかしげな顔をするだけだった。彼らの中からは、ぼくを殺したという記憶が無くなっているんだろうから、この反応はしかたがないのかもしれない。ただぼくとしては、柏木よりも直接の実行犯だった一ノ宮に責任があると思うし、それよりも話の先を聞きたかった。そこで、謝罪はもういいよ、と答えて、続きを促した。

 柏木はもう一度ごめんなさいと言ってから、話を戻した。


「武明が一人だったのは、あいつが旅の途中で体調を崩したからよ。それで、いったんパーティーから離れてもらって、村で静養させることにしたの。ただ、グラントン迷宮を出てからは、武明だけじゃなく私たち四人全員が、体調を崩していてね。最初のうちは、これは『勇者の病』じゃないかって、みんなで話していたんだけど……。

 でも、違ったのかもしれない。というのは、美月と一緒にバギオへ向かう途中、私たちはアンデッドらしい魔物に襲われて、バギオには着けなかったから。そのため、武明がどうして死んでしまったのかも、知ることはできなかった。

 だからこれは単なる私の勘なんだけど、みんなはあのアンデッドから、呪いみたいなものを受けてたんじゃないかな。呪い、が非現実的だと言うのなら、ドレインかなにかの攻撃を。そうでもなければ、みんながあんなふうに体調を崩して、ついには亡くなってしまったことの説明がつかないもの」

 『アンデッド』という言葉を話す時に、柏木は顔を歪めて、辛そうな表情になった。よっぽど、怖い化物だったのかな。

 それにしても、勇者の病か。あれって、心が受けた傷のために、体調や精神状態に異常をきたすもの、だったっけ。それで亡くなるなんて事、あるのかな。精神の力って馬鹿にできないらしいから、あってもおかしくはない。けど、それが三人も続くというのは、やっぱり無理があるだろう。ただ、それでどうして、死んだのはアンデッドのせい、って話になるのかは、よくわからなかったけど。

 ぼくの疑問をよそに、柏木は話を続けた。


「あの夜、美月にヒールの魔法を掛けてもらってから、私は自分の部屋に戻って、眠ったの。ところがすぐに、目が覚めてしまった。部屋の外の廊下が、ひどくゆっくりしたテンポで、ギシ、ギシと鳴っていたから。

 あの頃は体調が悪かったせいか、そんな小さな音で、目が覚めることがよくあったのよ。そこで私は、音の出所を確かめることにした。経験上、こう言うことが気になったままだと、眠れないってわかってたからね。たぶんなにもないんだろうな、と思いながら、ドアを開けた。そうしたら目の前に、ゾンビみたいな魔物が立っていて……。

 その後のことは、よく覚えてない。たぶん、気を失ってしまったんだと思う。部屋の中へ逃げようとしたり、悲鳴を上げたりはしたかもしれないけど」

 柏木はこう言って、一瞬だけ、ぼくの方をちらりと見た。

 今の話の内容にも、ちょっと引っかかるところがあった。ゾンビを見て気を失ったと言ったけど、彼女はこれまでにも、アンデッドの魔物と戦った経験があるはずだ。実際、グラントンの迷宮では、特に問題なくゾンビやスケルトンを相手にしていた。なのにどうして、魔物を見ただけで、気絶なんてしたんだろう。よっぽど特殊なゾンビだったんだろうか。


「翌朝になって目を覚ましたら、私はまだ生きてた。それどころか、特にダメージを受けた跡もなかった。昨日のあれはなんだったんだろう、夢でも見たんだろうか、と思いながら、美月の部屋に行って見たら……昨日の出来事が、夢なんかじゃないことがわかった。

 突き当たりの廊下のところに美月が倒れていて、見つけた時にはもう、息がなかったから」

 白河が息を飲むのがわかった。上条も、さっきから微妙な表情で、首をかしげながら話を聞いている。自分たちが死んでいた、と言う話を聞かされているんだから当然の反応なんだけど、彼らには本当に、話が理解できているんだろうか。それとも、フロルや柏木の言うとおり、聞いた先から記憶が改ざんされていって、次々と忘れ去っているんだろうか。


「宿のご主人に助けを求めたんだけど、来てくれたお医者さんは、もう亡くなっていて手の施しようがない、としか言ってくれなかった。そしてその時、お医者さんからとんでもない話を聞いたのよ。このあたりで、悪い病気が流行っているのかもしれない。この前、近くの村に呼ばれた時も、若い男の人が傷一つない状態で亡くなっていた。亡くなったのは屈強な若者で、自分から勇者と名乗っているほどだったのに、って。

 本物の勇者かどうかはわからないよ、とも言っていたけど、私は、たぶん本物なんだろう、と思った。だってその若者は、村長さんからゾンビ退治を依頼されて、向かった廃屋で死体になっていた、って話だったから

 たぶん、そのゾンビは、私たちを襲ってきたあいつなんだ。一ノ宮君もあいつに殺されてしまったんだ、そう思ったの」

 一ノ宮が、「え、ぼく?」と声に出した。目を大きく開けて、少しおどけたような表情をしている。やだなー、冗談だよー、とでも言って欲しかったのかもしれない。けれどの柏木は下を向いて、両手で顔を覆ってしまった。

「なぜ、私だけが殺されずに生きていたのか、それはわからなかった。けどそんなことは、なんだかどうでも良くなっちゃった。武明も、美月も、一ノ宮君まで死んでしまって……。

 こんなのは、もう嫌。勇者も魔王もこの国も、クラスのみんなと一緒に元の世界に戻ることも、もうどうでもいい、と思ったんだ」


 柏木の声は、嗚咽に変わっていった。そのまま泣き声が続いたけれど、しばらくしてようやく気持ちが落ち着いたのか、手から顔を離した。そして「ごめん」と言った後で、話を続けた。

「だから私は、ここで私も死んだことにしよう、と思ったの。このままだと、またこの国から使いが来て、私を戦争に連れていこうとするだろうから。

 でも、そのためにはどうしたらいいのかなんて、わからなかった。気がついたら、泊まっていた宿のご主人に、泣きながら相談していたの。そうしたらずいぶんと気の毒がってくれて、協力してくれるって言ってくれた。その前の日、美月と一緒に村を襲った山賊を退治していたから、そのことを感謝してくれてたのかもしれないね。

 それで、『私たち』の遺体は火葬してしまうことにした。ごめんね、美月。勝手なことをして。でもそうしないと、見ただけでばれてしまうから、しかたがなかったの。私の分は、山賊の死体の一つを身代わりにすることにした。山賊の中には、ちょうど私と同じくらいの背格好の、女性もいたから……」

 柏木の目に、再び涙が浮かんだ。白河と別れたときのことを、思い出したのかもしれない。けど今度は、すぐに涙をぬぐって、


「あのご主人には、本当にお世話になったな。勇者パーティーのことには触れずに、『高ランクのパーティーで、国からの指名依頼があって困ってる』くらいに話したはずなんだけど、もしかしたら、そのあたりのことまで察してくれてたのかもしれない。持ち物は全部置いてくことにしたから、無一文の無装備になるはずだったのに、当面のお金と、宿の蔵で眠ったままになっていた装備品まで、私にくれたの。

 あの人のおかげで、私はこの国から、自由になることができたんだ」

 自由になったと言ったその顔は、だけど全然、うれしそうではなかった。

「その後、私は偽名で冒険者の登録をし直して、活動を始めたの。王都や戦争からは離れたかったから、北東部の街を渡り歩いて。幸い、魔法のスキルは高かったから、仕事には困らなかったし、すぐに冒険者ランクも上がった。

 それから、グラントンの迷宮を出てからずっと悪かった体調も、どういうわけか、少し持ち直した。私の体調が悪かったのは、本当に『勇者の病』だったみたいね。みんなとは違って。新しい仕事をして、日々の生活に一生懸命になっていたから、回復したんだと思う。

 ギルドでは注目の新人扱いされて、いろんなパーティーからお誘いもあったけど……でもまだ、パーティーを組む気にはなれなかった。一人で依頼を受けたり、時々は臨時で他のパーティーと協力したりして、暮らしていた。

 そんな生活をしていたある日、以前に少しお世話になったことのあるAランクパーティーの人から、改めて誘いがあったの。ギルドから自分たちに、緊急で依頼の打診がきている。ハーシェルで、何か重大な事態が起きているらしい。自分たちは依頼を受けるつもりだけど、あなたも参加しないか、って。

 詳しく話を聞いてみたら、街の近くに空間の裂け目のようなものができていて、その向こうにある『死者の国』とつながってしまっている。そしてその裂け目が、だんだん大きくなっているんだって」

 柏木は、上条たちに寂しげな視線を送った。


「私はその誘いを、受けることにしたの」



────────────────


 ここで、作者よりお知らせです。

 一年あまりにわたって投稿を続けてきた本作ですが、あと十回とちょっとで、完結する見込みとなりました。はたして、ここからハッピーエンドはあるのでしょうか? 無理? いやいや、わかりませんよ。たとえば、全部が夢だったの夢落ちで、目が覚めた後は楽しい高校生活を送った、とか……(←これだけは絶対に無い)。

 これまで、たくさんの応援をいただき、本当にありがとうございました。あともう少しの間になると思いますが、できましたら引き続き、応援よろしくお願いします。



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