第231話 魔王VS勇者

 目の前にいるのは、たぶん本物の、魔王・ケイリーだ。


 そうか。さっき倒した兵士たちが従っていたのは、あの中にいた指揮官じゃない。この魔王だったんだ。魔王という、魔族にとっての絶対的な存在、しかも敵であるヒト族の国を滅亡寸前にまで追い詰めたそのカリスマ性が、同じく死者となった魔族の兵士たちに「この人の元で戦いたい」と願わせたんだろう。

 念のために、こいつを鑑定をしてみようか、とも思った。実は、少し前から鑑定のスキルが元の調子に戻ったような、そんな感覚があったからだ。山賊の時の経験では、死者であっても「ジョブ」欄は、変な値は出てこなかった。こいつが魔王であれば、「魔王」と表示されるかもしれない。けど、そんなことをしたら、またあの頭痛に襲われるんだよな。魔王かどうかを知るためだけに、戦いに支障が出るのはまずいか。とりあえずは最悪の状況を想定して、こいつは魔王だと仮定しておこう。

 待てよ。となると、魔王とその軍勢が引き寄せられていたのは、一ノ宮じゃないんだな。現在の戦いで倒された兵士たちだったら、その恨みの対象ということで、一ノ宮たちに向かってきた可能性はある。けど、彼らが遠い昔の死者だとすると、今の戦争は無関係だ。だとすると、彼らの目標は──。


 あ、そうか。「勇者」か。


 彼らを倒したのは、その時の勇者だった。とすると、勇者ジョブの持ち主に引きつけられても、おかしくはない。一ノ宮のジョブがどうなっているのかはよくわからないけど、ここには正真正銘の「勇者」ジョブの持ち主、つまりこのぼくがいるんだ。

 あー、危なかった。

 さっき千人の軍勢と向かい合った時、こいつらの相手は一ノ宮たちに任せようかな、なんて、ちらっと考えてたんだっけ。けど、目標がぼくだったとなると、ぼくが一ノ宮たちから離れた瞬間、魔族たちはぼくに向かってきただろう。ぼくはあわてて勇者パーティーの元に引き返し、一ノ宮たちに白い目で迎えられる、なんてことになっていたのかも。

 ぼくは剣を構えながらも、脳裏ではそんなことを考えていた。そんなぼくをよそに、いよいよ、魔王と勇者パーティーの戦いが始まった。


 口火を切ったのは、一ノ宮だった。

 一ノ宮は、小走りに魔王の元へ駆け寄ると、その勢いのまま、上段切りに剣を振り下ろした。魔王も剣を合わせてそれを受けとめ、鋭い金属音が響く。だけど、一ノ宮の攻撃はそれで終わらなかった。

「連斬!」

 剣を振り下ろし、跳ね上げ、横になぎ、突きを放つ。見事な剣さばきで、一ノ宮は続けざまに剣撃を浴びせた。三連撃、四連撃、五連撃……スキルの発動もあるんだろうけど、以前見た時よりも早くなっている気がする。死者の世界でも、経験や練習で技術が上がったりするんだろうか。怒涛の連続攻撃に、魔王は防戦一方となった。

 防戦一方? いや、そうではないのかもしれない。勇者の連続攻撃はすべて防がれており、魔王はというと、そのどっしりとした構えをまったく崩していないからだ。一ノ宮の顔に、苦しげな表情が浮かぶ。そしてとうとう、一ノ宮の連撃が止まったその瞬間、魔王の剣先が小さな円を描いて、一ノ宮の踏み込んだ足を切りつけた。

「くっ!」

 一ノ宮の声が上がった。鎧に守られている部分だったから、体まで刃は届いていない。だけど、その衝撃で一ノ宮の体はぐらりと揺れて、バランスが崩れた。そうしてできた隙を狙って、魔王は今度は大ぶりの一撃を与えようとする。一ノ宮は素早く後ろへ飛びのいて、なんとかそれを逃れた。

 ここから、魔王の反撃が始まった。振り下ろし、跳ね上げ、横なぎ、突き。一ノ宮がしたのと同じような連続の攻撃だ。五連撃、六連撃、七連撃……。恐ろしいほどの剣のスピードだった。一ノ宮は何とかしのいでいるけど、明らかに苦しそうで、時々体勢を崩しかけては、立ち直るのを繰り返している。

 と、一ノ宮が合わせようとした剣が空を切った。魔王が、連撃の合間にフェイントを入れたんだ。空振りでできた大きな隙、魔王はそこに、今度こその必殺の一撃を加えようとした。


「強斬!」

 そこへ、上条が助太刀に入った。重い甲冑を背負っているとは思えない素早い踏み込み、そして力のこもった斬撃に、魔王は攻撃よりも回避を優先して、後ろに下がった。上条が追撃を掛ける。

「どらせい!」

 渾身の気合いと共に放たれる、重い打ち込み。見るからに破壊力たっぷりだったけど、魔王はをその攻撃を、一つ、二つ、と軽やかに受け流した。そして態勢が整ったところで、三度目となる打ち込みを、今度は自らの剣でがっしりと受け止めた。そのまま、つばぜり合いに入る。見た目の体格で言えば、上条の方が一回り大きいし、重騎士というジョブを考えても、筋力などのステータスも相手を上回っていないとおかしい。それなのに、つばぜり合いは拮抗した状態になり、やがて魔王が、上条を押し返し始めた。じりじりと後退する上条。

「負けるかよ!」

 再びの気合いが入ったけど、魔王はここですっと剣を引き、体を左に寄せた。つっかい棒を外されたように、上条はどう、と前に倒れ込んでしまう。がら空きになった背中、鎧の隙間がある首の後ろを狙って、魔王は剣を突き立てようとした。


「隙あり、と」

 この時、ぼくは既に魔王の背後に回りこんでいた。もちろん、隠密スキルをオンにし、手には使い慣れたクナイを持って。相手は全身鎧姿だから、クナイを投げても効果はない。けれど、魔王もやろうとしたように、鎧には継ぎ目、隙間がある。そこにクナイをこじ入れ、急所である首の後ろを直撃すれば、相手に大ダメージを与えることができるだろう。グラントンの迷宮で、リビングアーマーを相手に使った戦法だ。

 ところが、いざ飛びかかろうというところまで近づいたら、魔王は後ろに眼があるかのように、ぼくの方を振り返った。そして、まるでぼくが見えているかのように、じろりとにらみつけてきた。

「小僧、何のつもりだ?」

 あ、しまった。そういえば、フロルから聞いてたんだった。死者は、目的とする対象を直感的に知ることができ、それは生者の感覚とは全く違う仕組みなので、隠密スキルは通じない、って。この魔王の狙いがぼくであるとすれば、こいつはぼくの位置を感知できるんだ。

 魔王は、今度はこちらに向かって剣を構えてくる。参ったな。ステータスだけで言えば、ぼくの剣のスキルレベルは高い。けど、一ノ宮、上条のような訓練は積んでいないし、実戦経験も少ない。あの二人がかなわないんじゃあ、かなう気がしないぞ……。

 この時、白河の詠唱が響いた。


「《ライトアロー》!」


 まばゆい光が、あたりを照らした。まさしく光の速度で走る魔法を、魔王は避けることもできず、輝く矢の直撃を受けた。



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