第230話 伝説の魔王
「《ライトウォール》!」
白河の詠唱が響いた。炎が到着する寸前、ぼくたちの周囲に半球形の光の壁が形成される。落ちてきた巨大な炎は、光にぶつかるとそれに沿うようにして地面へと落ち、大きな爆発を起こした。壁の外から、激しい砂埃と、熱い風がぼくたちに向かって押し寄せてくる。アネットがきゃっ、と悲鳴を上げた。ぼくらは地面に体を投げ出して、砂と熱がぼくらの上を通り過ぎるのを待った。
しばらくして顔を上げると、ライトウォールの魔法による光の壁は、壊れてなくなっていた。けれどあの光魔法は、ともかくもぼくたちを守り通してくれたらしい。光が描いた円の内側には大きな異常はないけれど、その外側の土は、火魔法による熱で赤くなっていたからだ。
「いまのは、エクスプロージョンなのか?」
一ノ宮が、地面に寝そべったままの柏木を見た。けれどこれは、彼女の魔法が暴発したんじゃない。彼女は呪文も唱えていないし、それ以前に、あんな大きな魔法を放つ力なんて、もう残っていないように見える。と、いうことは……。
「いったい、今の魔法はどこから来たんだ? あたりの敵はせん滅したはずなのに──」
「白河さん、もう一回!」
ぼくは叫んだ。白河もあわてて、ライトウォールの魔法を唱える。ぼくたちの周りに再び半球の光が輝いたその直後、前方の暗闇から巨大な火の玉が襲いかかってきた。火の玉は光の壁にぶつかるとそれを破壊したけど、炎の方も上下左右に四散して、こちらには届かなかった。
「今のは、ファイアーボムの魔法……それも、かなりの威力よ。どうやら、火魔法の得意な魔導師が、まだ残っていたようね」
「うん。柏木に匹敵するほどの力を持つ相手のようだね。となると、しばらくは遠距離から魔法を打ち続けてくるだろう。白河さんはライトウォールを、ユージは索敵を頼む。敵の位置がわかれば、こちらから距離を詰めていって、接近戦に持ち込んでしまおう」
一ノ宮が指示を出し、白河は再び光の防御魔法を発動した。けれど、一ノ宮の予想とは違って、それっきり攻撃魔法は襲ってこなかった。その代わりに、とんでもないものが、ぼくたちに向かってきた。
それは、一つの気配だった。
騎士団長だったビクトルに勝るとも劣らないほどの巨大な気配が、近づいてきたんだ。ぼくは「一ノ宮。何か来る」と報告をしたけど、そんな必要はなかったかもしれない。既に、柏木を除く全員が、緊張した表情を浮かべて、臨戦態勢をとっていたからだ。これほど離れた位置から、全員が察知できるほどの気配を放つ何者かが、前方から近づいてきていた。相手は、一人だけ。つまりそいつは、柏木のエクスプロージョンを浴びても生き残り、同等の魔法を返してきた存在、ということになる。
ぼくたちはその態勢のまま、敵を待った。魔導師相手なら、距離を縮めてくれるのは、むしろありがたいからだ。だけど頭のどこかでは、こんな疑問も浮かんでいた。なぜあいつは、自分に有利なはずの距離を捨てて、こっちに近づいてくるんだろう。しかも、あんなに堂々と、ゆっくり歩いて……。
その疑問は、相手の姿が見えると、すぐに解けた。
現れた者は、身長は170センチほど。体の線も、そこまでマッチョな感じではなく、見た目だけで言えば、そこまでの迫力を感じる相手ではなかった。間違いなく魔導師ではない。全身を金属の鎧で覆い、腰には大ぶりの剣を差していたからだ。装備の種類だけに注目すれば、一ノ宮とそっくり。ただしその外観は、真っ黒な鎧、真っ黒なマントと、勇者とは正反対の色で揃えられていた。
「あれは、魔王……?」
つぶやくように、一ノ宮が言った。
「え、魔王だって?」
「ああ。魔族の慣習で、全身が黒一色の装備をしていいのは魔王だけ、となっているんだそうだ。まあ、あいつが魔族以外の種族という可能性はあるけれど、さっきの兵はあきらかに魔族だったし、ここから見えるあいつの顔も、魔族そのものだし……」
「え? 魔王って、死んだの?」
「死んだ? いや、もちろん、生きているよ」
一ノ宮は、何を言ってるんだ、という顔でこっちを見た。しまった。こいつらには、ここが死者の国であることは、説明していないんだっけ。失言をごまかそうと、ぼくはあわてて言葉をつなげた。
「じゃあ、あいつが魔王でいいんじゃないの。どうして、そんな不思議そうな顔をしてるんだよ」
「前に話しただろう。魔王とは一度戦ったことがある、って。だけどぼくが戦った魔王は、あんなやつじゃなかった。体格はもう少し線が細かったし、装備も若干違っている。あ、兜につけている飾りが、かなり違うな。それに何より、明らかに顔が違う。もっとすらっとした顔で、あんな、憎しみに燃えるような目つきはしていなかった。
いったい、どういうことだ?」
一ノ宮が首をひねる。そうこうしているうちに、その魔族は、ぼくたちのすぐ前まで近づいてきていた。そして、こう口を開いた。
「私の軍を滅ぼしたのは、貴様らだな」
一ノ宮が、前に進み出て答えた。
「ああ。だけど、仕掛けてきたのはそっちだよ。そちらの軍が、ぼくたちに向けて兵を進めてきたんた。だからこちらも、それなりの対応をさせてもらった」
「ヒト族は皆、そのようなことを言う。魔族に責任がある、悪は魔族のほうなのだ、と。そんな言い訳を幾度も繰り返して、長い長い年月の間、我々を迫害してきたのだ。だが、私が現れたからには、これまでのようには行かぬと知るがいい」
そうして腰の剣を抜いて、一ノ宮と向かい合った。一ノ宮も剣を抜きながら、
「その前に聞きたいんだが、おまえはいったい、何者だ? どうして、魔王みたいな格好をしているんだ」
これを聞いた魔族は、口元に少し、おかしそうな笑みを浮かべた。
「妙なことを。この装備をつけている理由など、私が魔王であるからに決まっているだろう。私が、魔王ケイリーだ」
「魔王ケイリー?!」
「知っているのか、上条?」
上条が変な声を上げ、それにつられて、ぼくは問いかけの言葉を口にした。このセリフを聞いた上条は、なぜかちょっとうれしそうにニヤついた後、
「うむ。ユージも聞いたことがあるだろ? 昔、今みたいにヒト族と魔族の戦いがあって、その時はヒト族の王国の方が劣勢で、滅亡寸前まで追い込まれたことがある、って。その時、迷宮を攻略し、聖剣を手にした勇者が現れて、その勇者のおかげで、魔王を倒すことができたんだそうだ。
その時の魔王の名前が、ケイリーっていうんだ。な? 確か、そうだよな?」
ええっ。それって、すごい大物じゃないか。白河もうなずいて、
「そうね。でも、それはずいぶん昔の、半ば伝説になっているような話だし、その魔王は勇者に討たれているのよ。こんなところに、現れるはずがない」
「だよなあ。あれかな、魔族の中にも厨二病っぽいやつがいるのかな。それで、おれは偉大なる魔王だ! って、やりたがるのかも」
上条はこう言ったけど、もちろん、それだけのはずがない。それは、さっき受けた、二発の魔法の威力を見ただけでも明らかだ。上条もそんなことはわかった上で、軽口を叩いているんだろう。雰囲気を重くしないように。ただ、上条たちとは違って、ぼくにはこいつの正体の見当がついてしまった。
たぶんこいつは、本物の魔王ケイリーなんだ。既に、死者になっているけれど。
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