第228話 数は力
荒野に立つ、ぼろぼろの男。
杖代わりの大剣に体を預け、大きな呼吸を繰り返している。全身は土と埃にまみれて、鎧はところどころがひしゃげ、多くの傷が着いている。それでも彼は、大地に立っていた。周りを取り囲んでいた敵の姿は、すでに無い。すべて煙になって消えてしまったからだ。
上条が立ち上がり、ときの声を上げた。
「とったどー!」
微妙に格好の悪い台詞を吐いて、こぶしを突き上げる。ぼくはそんな上条の後ろから近づいて、ぽんと肩を叩いた。
「やったな、上条。お疲れさん」
「おう、やったぜ! こういうの、百人斬りって言うんだっけ? あれをやってやったぜ!」
「まあ、そうなのかな。それより、早く向こうに戻って、みんなにおまえの無事な顔を見せてやれよ」
「おう、そうだな!」
上条は後ろ前をして、一ノ宮たちの方へ戻り始めた。と、急に歩みを止めて、ぼくの方を振り返った。
「ところでおまえ、何してんだ?」
「ちょっと、後始末だよ。そんなことより、早く行けって。柏木さんが心配していたぞ」
「そ、そうか?」
上条は今度こそ、小走りにこの場を離れて、勇者パーティーの方へ戻っていった。一ノ宮と白河が、彼に駆け寄っていく。一ノ宮は上条の肩に手をおいて、何か話しかけた。けど、そんな二人の間を縫うようにして、上条は柏木の元に近づき、片膝をついた。柏木は苦しげな表情の中から笑みを浮かべて、立ち上がろうとする。上条はそれを押しとどめ、彼女の体を優しく抱きしめた。
そんな光景を横目にしながら、ぼくは戦いのあった場所のあたりを歩いた。そして、探していたものを見つけて、地面から拾い上げた。
「あったあった」
それは、久しぶりに使った投擲用のナイフ──ぼくがクナイと呼んでいるものだった。
実を言うと、上条が戦っている間、これで彼の支援をしていたんだ。ぼくと、それからアネットの二人で。上条を取り囲んでいた敵の外側から、隠密で近づいていって、投擲で敵を倒す。ヘイトが上条に集中していたから、わりと簡単な作業だった。あ、前に「死者には隠密は通じない」と言ったけど、これは死者が「生前の関係する人物を感知する」際の話ね。普通の(?)死者と対峙する場面では、普通に通用するみたいです。
一人が注目を集めておいて他の人が隠密で仕留める、っていうのは、戦術としてはありかもしれないね。特にここでは、出血とか死体とかが残らないから、痕跡にも気づかれにくいし。
アネットに渡しておいた分も含めて、クナイは30本くらいは使っていた。それを差し引くと、上条の倒した数は、もしかしたら「百人」までいっていなかったかもしれないな……。ま、そんな無粋なことは、口にはしないけど。こっちが楽できたのは彼のおかげであることも、確かなんだし。
ぼくはクナイを拾い終えると、同じく周囲を見て回っていたアネットに近づいた。彼女は、ぼくが渡した分のクナイをぼくに返すと、
「それにしても、相手は逃げなかったね」
「うん。上官らしいやつがいたから倒したんだけど、それでも全然逃げようとしなかった。何か理由があったのかな」
ぼくとアネットが参戦した時、ぼくは上官らしい格好のやつを見つけて、真っ先に倒していた。だけど、そいつが煙になっても、他の兵は最後まで逃げなかった。いったい、どうしてだろう。だいたい、死者の国で統率された動きができるなんて、どういうことなのかな。よっぽど優秀な指揮官がいて、兵士たちが彼に心酔していたんだろうか。「勝つまで、彼の下で戦いたい」と願っていた、とか。でも、指揮官らしいやつは、最初に倒してるんだけどなあ……。
そういえば、敵は全部歩兵だけで、騎兵や弓兵、魔術師がいなかった。まあ、騎兵がいないのは馬が一緒にこの世界に来てくれるとは限らないから、かもしれないけど、魔術師や弓を使うやつがいなかったのはどうしてだろう。
「アネットは、ここで今みたいな軍隊を見たことがある?」
「ううん、初めて」
「そうか。なんだか、ちょっと気持ち悪いな。変なやつが、近くにいなければいいんだけど──」
ぼくは言葉の途中で、さっと左に顔を向けた。先ほどの軍隊がやってきた方向だ。アネットは「え、何?」とあわてた声を上げたけど、ぼくはその向きに神経を集中させた。
またしても、探知スキルの警告だった。だけど、今回はそれだけじゃない。わずかだけど、低い地響きのような音が聞こえてきたんだ。アネットもそれを感じ取ったんだろう、表情を険しくして、ぼくと同じ方向を見つめた。そしてすぐに、二人して一ノ宮たちの元へ取って返した。
「お、アネットさんだったっけ、あんたも見てくれた? 俺、今さっきここで、百人斬りを──」
すまん、それどころじゃないんだ。嬉しそうに話し出した上条をさえぎって、ぼくは告げた。
「一ノ宮、また敵が現れた。さっきと同じ方向。数は、おそらく千以上」
「千、だって?!」
一ノ宮が驚きの声を上げた。ぼくはうなずいて、
「うん。聞こえない? 低い、足音みたいな音が」
その場の全員が耳を澄ませた。さっきと同じ、地響きが聞こえてくる。いや、それはさっきよりも少し大きくなっていて、だんだんとこちらに迫ってきているようだった。
「今のところ今回も、一つ一つの反応の強さはそれほどでもない。けど、とにかく数が多いね」
「千、か……」
一ノ宮がまた数の確認を繰り返した。
一ノ宮、上条、そして一応はこのぼくも、ある程度の数を相手にしても、簡単に後れはとらないと思う。白河だって、攻撃魔法を駆使すれば、それなりに戦えるはずだ。ただ、その数が千を越えて、しかも遮蔽物も何もない平地で戦うとなると……。取り囲まれたらまずいし、そもそもそんなにスタミナが続くんだろうか。
それに、問題は柏木だ。戦う以前に、彼女は動けるんだろうか? それからアネットも、背後ではなく正面からの戦いは、そんなに得意なわけではない。もちろん弱くはないんだけど、この数を相手にするとなると、並みの腕では足りないだろう。
やっぱり、数は力なんだよな。
逃げる、と言う選択肢もないではない。けど、おそらくあの死者たちは、彼らに関係した何かがいるから、こっちに向かって来ているんだろう。例えば、「彼らを殺した勇者パーティー」を求めている、とか。だとしたら、こっちが避けても、追いかけてくるだけだ。全速力で駆ければ追いついては来れないかもしれないけど、この後ぼくたちは、ラールと戦わなければならない。あんな軍団を後ろに引き連れて闇の精霊と相対するのは、さすがにまずい。
一ノ宮が、ちらりと柏木の方を見た。
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