第226話 奇妙な道行き
こうして、ぼくは一ノ宮たちと一緒に、揺らぎの源の方向へ進むことになった。ただ、その見た目はちょっとだけ、以前の迷宮攻略の時とは変わっていた。
まずは、柏木だ。実は今、彼女は上条に、お姫様抱っこされている。
べつに、高いところにある吊り橋を渡っているわけじゃない。彼女は再会した当初から体調が悪そうだったけど、とうとう、ぼくたちの歩きにについていくことができなくなってしまったんだ。そのため、上条の助けを借りる形になっている。できるだけ速く歩いてほしい、とぼくが頼んだせいもあったんだろう。ただ、そうされている柏木は、顔色は悪いけれど、うれしそうな表情もしている。上条の方も、まんざらではなさそう。グラントンの迷宮で、ちょっとだけラブコメをしていた時の二人を思い出してしまった。
あ。もしかしたら、柏木の最後の望みって、上条にこうしてもらうことだったのかな? だから死者になる際にも、あえて体調が悪い形が選ばれたのかもしれない。だとしたら、これはこれで良かったのかも。
一ノ宮と白河も、なんとなく、変な感じになっている。
この二人は、元の世界にいる頃から、いつも一緒だった。クラスメートたちはなんとなく、いつかはこの二人がくっつくんだろうな、と想像していたと思う。二人に果敢に告白し、はかなく散っていったやつらは別にして。ただ、当の二人はというと、恋愛対象と言うよりも頼りになる友人、といったつきあい方をしていた。その二人の距離が、ちょっと縮まっているように見えるんだ。
具体的には、一ノ宮の方が、白河に盛んに話しかけている。それに対して白河の方も、なんだか楽しそうに応じていた。そして、二人並んで歩いているんだけど、その間隔がかなり近くなって、今にも手と手が触れあいそうになっている。まあ、彼らのすぐ近くには、ぼくとアネット、そして上条と柏木というペア(と、断定してしまおう)がいるんだもんな。意識しない方が、おかしいのかも。
ただ、これを微笑ましい光景と言っていいのかどうか、ぼくにはよくわからなかった。
なにしろこれは、死者と死者の間の出来事、なんだから。
死者同士のペアって、明るい未来はあるのかなあ、なんてことが、どうしても頭に浮かんでしまう。「明るい」も「未来」も、死者にはそぐわない言葉のような。いや、そうでもないのか。現世での望みが「ずっと一緒にいたい」だった二人なら、これで望み通りになっているのかもしれない。この異界は、魂の痕跡がすり減って消えるまで、ずっと一緒にいられるんだから。その点にだけ目を向ければ、もしかしたら、理想の環境になっているのかも。
ただ、一男子高校生(一応、年齢的には。それに、学校を退学した覚えもないんだし)のぼくとしては、もう少し先のことも気になってしまう。ぶっちゃけて言えば、肉体的な話のことね。キスくらいならもちろんできるだろうけど、その先は……いわゆるセッ○ス的な行為なんて、できるんだろうか。あーでもあれか、経験者なら、なんとかなるのか。具体的な記憶にあることは再現できるそうだから、その人に経験があれば、そしてそれが魂の記憶に強く残っていたのなら、できるのかもしれないな。
さすがにこれは、フロルがここにいたとしても、確認する気にはなれないけど。
そうして、彼らと一緒に進んでいくと、すぐにぼくらとの違いを実感するようになった。
まず、やはりと言うかなんというか、彼らは食事は食べないし、水も飲まなかった。
ぼくとアネットが食事を取る時は、少し離れたところで座って、休憩している。何かのきっかけで食事のことが話題になると、「さっき食べた」とか、「歩いている間に、携行食糧を口にした」などと答えるだけだ。柏木だけは、時々上条にたのんで、水筒を口に当ててもらっているんだけど、それもただの「ふり」なのかもしれない。なにしろ、ウォーターの魔法を使ったところを、見たことがないんだから。水筒一本に入っている水なんて、一日分にも足りないだろう。
その柏木の体調は、だんだんと悪くなっているようにみえた。白河が時々ヒールをかけていて、その時には少しだけ、顔色も良くなっている。ヒールって、死者が相手でも効くんだね。だけど、しばらくすると元に戻ってしまい、心配そうな上条に抱きかかえられる。たぶんだけど、聖女の回復魔法であっても、柏木を治療することはできないんだろうな。これが彼女の、望みの姿だとしたら。
また、彼らはトイレにも行かない。ぼくもわざわざ、「トイレに行った?」なんて聞いたりはしないので、本人たちがどう認識しているのかはわからないけど。
ただ、トイレとはちょっと違うけど、夜にウォーターとファイアでお湯を作ってあげると、これが意外に白河たちにも好評だった。このあたりは、「女の子」としての自意識が関係しているんだろうか。皮膚の新陳代謝なんてないような気がするけど、土や砂埃は体につくからね。アネットも、再会した次の晩にお湯を出したら、「これ、久しぶり!」と大喜びしてくれたっけ。アネットを含めた三人でテントの裏にまわって、時々楽しそうな声が聞こえてくるのを、一ノ宮と上条はちょっと落ち着かない顔で聞いていた。
そして、夜は眠っているのかどうかわからない。
よく眠れたかと聞くと、とりあえずは、「ぐっすり寝たよ」などと答えてはくれる。だけど、本当かどうか。横になっている姿は見るけど、眠ったかどうかなんて、確認できないからね。寝ずの番をしてくれるのはありがたいんだけど、そう言う話じゃないし。
ぼくとアネットは、もちろん、一緒に寝ている。白河に「お楽しみでしたね」と言われてから、アネットもちょっとだけ、控えてくれるようになった。あんまり声を出さないように気をつける、くらいの「ちょっとだけ」だけど。こんなこと、してる場合じゃないことはわかってる。けど、あの揺らぎの源がだんだんと近づいてくるのを実感してしまうと、そんなことも言っていられなくなるんだ。
だって、こんなことができるのは、もしかしたらこれで最後かもしれないんだから。
◇
この奇妙な道行きも、二日目の朝になった。
今日が、フロルとの約束だ。彼女の言葉が正しければ、あと一日ほど進めば、フロルたちの戦いの場に着く。着いたらどうなるんだろう。一ノ宮たちは、約束どおり、闇の精霊との戦いに参加してくれるだろうか。もしもそうなったら、間違いなく、申し分ない戦力になるだろう。一ノ宮に聖剣を渡してしまえば、うまくいけば、あいつがラールを倒してくれるかもしれない。剣の扱いは、あいつの方が慣れてそうだし。どうして聖剣なんてものがここにあるかについては、上手い説明が必要だろうけど。
でも万が一、死者の「本能」みたいなものに目覚めて、闇の精霊に味方する、なんてことにでもなったら……。勇者たちと聖剣をどうするのか、ぼくはまだ、扱いを決めかねていた。
この間、死者たちとの遭遇は、かなり増えてきた。ただ、こちらもメンバーが四人増えているから、人数的には問題はない。しかも、戦いの回数は増えたものの、実際に戦っているのはほとんど、一ノ宮たちだった。
というのは、襲ってくるのは、ほとんどが魔族だったからだ。
魔族って、実物を見たのはもしかしたら初めてかもしれない。メイベルは魔族のスパイだったけど、あの人は種族としては、ヒト族だったみたいだし。本物の魔族は、皮膚の色が濃いグレーだけど、顔つきは白人顔。髪の毛は金髪か銀髪で、ヒト族と変わらない。つまり、ほとんど違いはないと言っていい。もしかしたら、この世界のヒト族には簡単に見分けられるのかもしれないけど、ぼくには見分けがつかなかった。
そんな相手を前にして、一ノ宮や上条は、剣を振るっていた。
死者は、生前に関係のあったものを目指して、動いてくる傾向があるという。ぼくには魔族の知り合いはいないから、関係があったのは一ノ宮たち。おそらくこの死者たちは、おそらくは魔王国軍の兵士だったんだろう。彼らの目的は、ぼくではなく勇者パーティーだろうから、それもあって、戦いはあいつらに任せることにしたんだ。ヒトを殺すのにはそこまで慣れていないので、正直言って、助かった。山賊退治はあったけど、あれは馬車が襲われているという非常事態か、あるいはこっちが襲われた側だったし。
それにしても、あいつら情け容赦がないというか、ずいぶん手慣れた感じで、相手を倒していくなあ……。たぶんこれが、彼らの日常だったんだろうな。
今回も、無事に戦いは終わった。魔族の兵士たち十数人は、既に黒い煙になっている。煙と消えるのは、本来ならそれだけで十分に異常事態なんだけど、ここにも認識の歪みが発生しているらしい。勇者パーティーは誰一人、不審に思っていないようだった。上条は大剣を鞘に戻すと、真っ先に柏木の元に駆けつけ、こうたずねた。
「郁香、だいじょうぶか?」
柏木はわずかに笑顔を浮かべて、黙ってうなずいた。彼女は地面に座り込んで、アネットに背中を支えられている。さっき、「勇者パーティー」と言ったけど、実際に戦っているのは、柏木を除く三人だった。柏木は相当に、体調が悪いらしい──あるいは、そう言う設定になっているらしい。戦闘では後衛の位置で座り込んで動かず、ぼくとアネットが、彼女の護衛と言ったポジションに立っている。
上条は柏木の体を抱き起こして、いつものとおり、自分の胸にかかえた。
「……ごめんね。私、何にもできなくて」
「何言ってるんだ。こんなやつら、おまえに出てもらうほどのもんじゃない」
「そうだよ。柏木さんの魔法は、例えば敵の大軍を一度でせん滅する、そんな時に効果を発揮するんだ。この程度の相手に使うのはもったいないよ」
柏木の言葉を、上条と一ノ宮が笑って否定する。その後ろから近づいてきた白河が、柏木にヒールの魔法をかけた。浅黒いくらいに血色の悪かった柏木の顔色が、少しだけ良くなった。
まあ確かに、一ノ宮の言うとおりではあるんだけど、だいじょうぶなのかなあ。これが一種の『設定』なんだとしても、柏木の体調はかなり悪そうに見える。ああしていたいというのが彼女の願いだったとして、その設定のために、実際に死んでしまうことはないんだろうか。死んだら煙と消えてしまい、彼女の願いが終わってしまうんだけど、だからそうはならないよ、なんて優しい仕組みにはなっていないような気がする。本人の望みでこうなったんだから、それで死んでもしかたないよね、で終わりになるんじゃないだろうか。
そんなことを心配していると、さらに心配な状況が、脳裏に浮かんでくるのがわかった。距離を最大限に伸ばしてある、探知のスキルだ。
「一ノ宮」
「なんだい」
「また敵だ」
「そうか。方向と数、おおよその強さは?」
ぼくは改めて探知の反応を見直してから、こう答えた。
「前方から、反応の強さはたいしたことはない。けど数が……全部数えてはいないけど、もしかしたら百は越えているかもしれない」
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