第225話 意外な趣味
翌朝、目を覚ましてテントから出ると、外は妙な空気になっていた。
「おはよう」と声をかけたんだけど、返事が返ってこない。1テンポ遅れて、一ノ宮がおはようと挨拶をしてくれたけど、なぜだか、ぼくと目をあわせようとはしなかった。上条と柏木も、なんだかちょっと顔を赤くして、少し距離を置いて座っている。白河はというと、顔が赤いのは同じなんだけど、どこか興奮気味の視線を、ぼくとアネットに送ってきた。
と、白河が意を決したような顔つきになって、ぼくたちに近づいてきた。そしてぼくではなく、アネットの手を引いて、
「ちょっと、こっちへ」
と向こうの方へ引っ張っていった。二人でこそこそと話をしていると、アネットが驚いた顔で、ぶんぶんと顔を横に振った。白河はふう、と息をついてアネットの手を放し、今度はぼくの方に向かってきた。
「こういう時って、なんて言うんだっけ……。昨夜は、お楽しみでしたね?」
白河の声が聞こえたんだろう、アネット、柏木、そして上条の顔が真っ赤になった。
えーと、すみません。その通りです。
でもぼくも、まさかあれから二回戦をすることになるとは、思わなかったんだよ。しかもそれが、一ノ宮たちにバレてしまうとは。その後は眠ったから、睡眠時間はそこそこ取れたと思うんだけど、問題点はそこじゃないよな。
「恋愛は、自由だと思う。ここは学校じゃないんだから、恋愛に伴う行為も、ね。けど、私たちは臨時とは言えパーティーを組んでいるんだから、そのへんは気を使ってね」
「はい、申し訳ありません」
ぼくが頭を下げると、白河は面白そうな笑みを浮かべながら、こう続けた。
「でも、ちょっと残念」
「残念? って、何が?」
「ああ、勘違いしないでね。ユージ君に恋人がいたことが残念とか、そう言う意味ではないから。……あの子、女の子だったのね」
?
……。
…………。
!
あ、そういうことか。
どうやら聖女様は、意外な趣味をお持ちだったようだ。いや、もしかしてこれって、今どきの女子の間では、わりと普通なのかな?
◇
その後、ぼくとアネットは朝食を取った。念のため、マジックバッグの中の食事ではなく、おいしくない携行食糧を取り出して、口の中に放り込む。だけど一ノ宮たちは、「ぼくたちは、もう食べ終えたから」と言って、誰一人食事を取ろうとしなかった。
食事が終わり、例によってアネットがトイレに行っている間に、ぼくは一ノ宮に話しかけた。
「ところで、一ノ宮。ちょっと相談があるんだけど」
「なんだい、ユージ」
「実は、迷宮に入る前に、やっておかなければならないことができた」
気さくそうに受け答えしていた一ノ宮だったけど、この言葉を聞くと、表情を一変させた。
「迷宮の前に? 何を言っているんだ。君は、現在の状況がわかっているのか? 王国が危機に瀕している今、迷宮を攻略して聖剣を得ることは、ぼくたちやクラスメートたちにとっては最優先の課題で──」
「一ノ宮! 君はこの空間の異常な揺らぎを、感じていないの?」
ぼくは強い口調で言って、揺らぎの源の方向を指さした。一ノ宮たちも、はっとしてぼくの指す方へ顔を向けた。上条は首をかしげたままだけど、他の三人は、そこに大きな力が渦巻いていることに気づいたようだ。
「……なんだ、あれは?」
「確かに、感じるわね。おそらく、あの向こうでは、巨大な魔力がぶつかりあっている。でも、おかしいわ。こんなに大きな力に、どうして今まで、気がつかなかったのかしら──」
「そ、それで、君のしなければならないこととはなんだ。あの魔力と、何か関係があるのか?」
白河の言葉を、一ノ宮があわてた調子でさえぎった。もしかしたら、彼女が何かまずいことに気がつきそうになったのを、無意識のうちに邪魔をしたのかもしれない。
ぼくは、あそこで起きていること──闇の大精霊が、彼女の住む異界を動かして、元の世界を破壊しようとしていること。風の大精霊が、それを止めようとして戦っていること。ぼくはその風の大精霊から助力を頼まれたので、あそこへ向かわなければならないこと、を話した。一応、ここがその異界で、死後の世界であるといったところは、説明から省いておいた。死者たちに、余計な刺激を与えないように。このあたりは、昨晩考えておいたことだった。あれです、ぼくもアレばっかりをしていたわけじゃないんです。
それでも、実際にこれを話すかどうかについては、まだ迷いがあった。けど、さっきの反応──ぼくとアネットのことを聞いて、顔を真っ赤にさせていたあの反応を見て、こいつらにもまだ人間らしい感情が残ってるんだな、と思った。それで、話すことにしたんだ。
「なるほど、そういうことだったのね」
白河が得心した様子でつぶやいた。一ノ宮は、難しい顔つきで考えこんでいたけど、
「わかった。君の言うとおりにしよう」
しばらくの時間をおいて、一ノ宮が口を開いた。
「あの揺らぎの大きさを見ると、その精霊は相当に強い力を持っているはずだ。間違いなく、危険な戦いになるだろう。けど、ぼくは勇者として、世界を救う使命がある。大勢の人の命が脅かされているのを目の前にして、そこから逃げるなんてことはあってはならない。聖剣を得るのが少し遅くなってしまうけど、こちらを優先すべきだと思う。みんなも、それでいいね?」
「もちろんだ。それに、この世界がなくなっちまったんじゃ、元の世界に戻るのも、できなくなっちまうからな」
上条が答え、他の二人もうなずく。どうやら、迷宮探しの前に、フロルたちの戦いに向かってくれるらしい。少し感情の波は大きいけど、その底にある人間性には、それほどの変化は無いのかもしれないな。ぼくはほっとすると同時に、一つの疑問が改めて浮かび上がってくるのを感じた。
どうしてこんな正義感を持ったやつらが、見ず知らずの冒険者たちを殺す、なんてことをしたんだろう?
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