第224話 派手な装備の四人組

 かつての勇者パーティーの四人。元同級生たちの、一見すると以前とあまり変わらない姿を見て、ぼくは大きなショックを受けていた。


 ああ、そうか。こいつら、死んじゃってたのか。


 一ノ宮については、そうなんだろうな、と思っていた。でなければ、ぼくに勇者なんてジョブが現れるはずがないんだから。けど他の三人については、まだ生きている可能性が高いんじゃないか、と考えていたんだ。魔王国とカルバート王国の戦争があんなふうになったんだから、騎士や兵士に大きな被害が出ていてもおかしくはない。けどこいつらなら、生き残る力は十分にあるだろう。敗戦で軍や騎士団が瓦解したのなら、それを機に戦争から解放されて、今はどこかで自由に生きてるんじゃないか、って……。


 実をいうと、勇者パーティーが全滅したという噂は、時々耳に入ってはいた。


 もちろん、公式の発表なんかじゃない、ただの噂だ。中には、勇者たちは戦いで倒れたんじゃなくて、呪いの力で一人ずつ殺されてしまったんだ、なんて荒唐無稽なものまであった。この国の現実としては、勇者がいたのにもかかわらず、戦争に負けてしまった。それまでの期待が裏返しになって、勇者への批判が生まれてもおかしくはない。呪いうんぬんというのは、勇者憎しの思いがつのった誰かが腹いせに考えついた、無責任な噂だろう。そう、思っていたんだけど……。

 どうやらそれは、内容はともかく、結果だけは正しいものだったらしい。


 そしてもう一つの驚きが、アネットの「冒険者四人を殺したのは、この人たち」という言葉だ。そういえば彼女は、殺害した犯人はとても派手な装備を身につけていた、と言っていた。ローブ姿の白河と柏木はともかくとして、白銀色に輝く鎧に白のマント姿の一ノ宮は、確かに遠目からも一目でわかる、とても目立つ格好だ。美しく派手で、実に勇者にふさわしい……それがアネットの目撃証言と、ぴったり一致している。被害者の傷の形状(剣または大剣による殺害)とも合致するから、おそらく、犯人は彼らなんだろう。

 ただ、それでもぼくには、一つの疑問が残った。いったいどうして、一ノ宮たちはそんなことをしたんだろう?

 確かに、彼らはぼくを迷宮で殺した。そのことを忘れたわけではない。ただ、あの行動には、一応は大義名分というか、それなりの理由があった。聖剣を得て、それで魔王を破って、同級生たちと一緒に元の世界に戻るという、大きな理由が。だけど、こんなところで見知らぬ冒険者を殺しても、得られるものなんて何もないだろう。いったい、なんのために?


 それとも、美波が言ったとおり、死者は生きている時とはがらりと人が変わって、理由も無しに他人を殺したりしてしまうものなんだろうか。


 かけた言葉に、ぼくが返事をしなかったせいだろう。一ノ宮が再び口を開いた。

「じゃあユージ、これからよろしく。聖剣のため、一緒に迷宮を攻略しよう」

 そして、握手を求めるように、右手を差し出してきた。残る三人も、特に異議を唱えるでもなく、その様子を見ている。どうやら彼らの認識では、「自分たちはこれから、聖剣を得るために迷宮の攻略を始める」になっているらしい。

 なんとなく、わかる気がする。

 おそらくだけど、死ぬ間際の彼らの願いは、「元の世界に帰りたい」だったはずだ。それは、具体的な手段として「魔王を倒す」、さらには「聖剣を得る」に結びつく。だけど現実には、その聖剣を得るために、彼らはクラスメートを殺してしまっていたんだ。そのことが、彼らの心の中では一種の負い目というか、嫌な記憶になっていたとしたら……。ぼくを殺す前の時点まで記憶が戻ってしまっているのは、そのためだろう。彼らにとってはそこが、痛みの少ない、ちょうどいい地点なんだ。

 その結果として、彼らの目標は「聖剣を得る」に変形してしまったんじゃないかな。


 ちょっと迷ったけど、ぼくは一ノ宮と握手を交わすことにした。


 もちろん、これから聖剣探しの旅に出るつもりはない。そんなもの、ここにあるはずがないし、そもそも元の世界に帰る事なんて、彼らにはできないんだから。けど、ここで彼らに協力しないのも、まずい気がする。同行を拒んだり、現実はこうなっているんだ、と事実を説明したりしたら、逆ギレされる危険性があるからだ。一ノ宮たちの力が生前と同じだとしたら、彼ら四人と戦って勝つ、なんてことは難しそうだ。

 でも、実際にはここには迷宮なんてないわけで、どうしたらいいのかな……。

 そんなことを考えていると、一ノ宮がアネットに視線を移した。

「ところで、そちらの人は?」

「あ、ぼくが今ペアを組んでいる冒険者だよ。探知の能力に優れているから、こういうところでは役に立つと思う」

「そうか、よろしくね。だけど困ったな。迷宮の情報は国家機密なんだ。予定した以外の人に、おいそれと開示することはできない。それに、実はあそこの迷宮は、一度に入れる人数に制限があってね」

「それはだいじょうぶだよ。彼女は迷宮には、入らせないから」

「ああ、迷宮までの道中の警備役と言うことか。それなら問題ないよ。ぼくたちだけだと、少し寂しかったくらいだからね」

 一ノ宮は笑みを浮かべて、アネットにも手を差し出した。アネットはぎこちない動作で、手を握り返す。

「じゃあ、テントを張ってある場所に戻ってもいいかな」

 ぼくの問いかけに、一ノ宮はぎこちない答を返してきた。

「……テント?」

「うん。実はさっきまで寝てたんだけど、何かがテントに近づいてきた気配があって、外に出たところだったんだ。一ノ宮たちは寝ないの?」

「……いや、ぼくたちは、もう眠ったよ。ついさっき、起きたところだ」

「そうか。ただ、ぼくたちはまだ、眠りの途中でね。すぐに出発せずに、もう一度、寝てもいいかな? 時刻で言えば、まだ真夜中だし」

 ぼくはアネットから魔道具を借りて、時計のところを一ノ宮に見せた。

「今は、午前二時だって?」

「私たちの眠りのサイクルが、少し狂っているのかもしれませんね」

 一ノ宮が驚いた声を上げると、それをフォローするかのように、白河が言葉をはさんだ。

「ああ、そういうことか。だったら、これを機にユージたちにあわせたほうがよさそうだね」

 一ノ宮はうなずいて、じゃあ一緒に行こうか、と他の三人に伝えた。そうして歩き出したんだけど、あれ? 柏木のスピードが遅い。見てみると、歩く姿もちょっと弱々しくて、上条に腕を支えてもらっている。改めて探知のスキルを確認すると、彼女の反応だけが、かなり弱くなっていた。何かあったんだろうか。でも、ポーションやヒールの魔法って、死者に効くかどうかわからないしな。逆効果になったら大変なので、放っておくことにした。

 すぐに、ぼくたちのテントが見えてきた。だけど、見たところ一ノ宮たちは、夜営の道具などは持っていないようだ。

「えーと、テントはどうしようか? 一人用の簡素なやつしか、予備がないけど……」

「いらないよ。ぼくたちは露営をすることにする。ここは気候も穏やかだし、迷宮に入れば、雨に降られることもないだろうからね」

 一ノ宮が答えた。実際には彼らは、眠ることなく歩き続けてきたんだろう。そしてそのことに気がつかないよう、自然に記憶が改ざんされているんだろうな。ぼくとしても、その点を指摘するつもりはなかった。じゃあお休み、と言って、アネットと二人でテントの中に入った。


 とは言え、さすがにこのまま眠るつもりにもなれなかった。ぼくはアネットに顔を近づけ、できるだけ小さな声で話しかけた。

「アネット。あいつらが冒険者を殺した犯人だっていうのは、間違いないの?」

「うん。あの格好は、間違えようがないよ。白いマントもそうだけど、大きな剣を背中に背負っている人も、すごく目立ってた。あの二人が、あっという間に四人の冒険者を斬り殺したんだ」

「そうか……どうしようかな。実はあの四人、勇者パーティーなんだよ。勇者と聖女、重騎士と魔導師なんだ」

「勇者?」

 勇者に聖女という言葉を聞いて、アネットも驚きの表情を浮かべた。そしてしばらく考えて、

「ユージの対応は、あれで良かったと思うよ。あの人たちに逆らって戦うなんて、無理だよね。だったら、とりあえずは頼みに応じるしかない」

「そうだよなあ。じゃあ、今日はこのまま、テントの中で寝るしかないか。でも、油断はできないよね。二人一緒に眠るのはまずいから、普通の夜営みたいに、寝ずの番を決めておいて──」

 その言葉を聞くと、アネットがぼくに抱きついてきた。


「だったらさ。いっそのこと、二人とも眠らなければいいんじゃない?」



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