第215話 新たな闖入者

 体に刺さった剣を抜くと、ベルトランはその体勢のまま、ものも言わずに倒れた。


 地面に仰向けになった彼の体は、見る間に黒い霧になって、宙に散っていく。やがて跡形もなく、きれいに消え去ってしまった。そういえば、心臓のあたりを突いたのに、返り血の一滴も浴びなかったな。やはり生者と死者とでは、生きているように動いている時であっても、体のつくりが根本的に違うらしい。

 セバスはその様子を見ていたけれど、何も言わなかった。ただ、ベルトランが消えてしまうと、その場所に体を向けてまっすぐに背中を伸ばし、右の拳を左胸に軽く当てた。死者に対する、礼でもしたんだろうか。小さく頭を下げたあと、すぐにぼくに向き直る。そして、手にしたロングソードの刃先を真上に立て、戦いの態勢に入った。

「次はおれが相手だ。行くぞ」

 短く言い捨てると、セバスはすっ、とぼくとの距離を詰めて、上段から切り込んできた。ぼくはあわてて剣を合わせ、その打ち込みを横にそらす。すると、続けざまの水平切りが迫ってきたので、バックステップでそれをよけつつ、相手との距離を稼ごうとした。だけど、セバスはぼくにくっつくように足を進めて、連続の突き技を繰り出してきた。

「やばっ。《ファイアーボール》!」

 攻撃姿勢になっている相手を火魔法で迎撃したけど、セバスは剣を払って、炎の玉を真っ二つにしてしまった。そういえばこいつもベルトランも、魔法の火を剣で消していたっけ。それでも二つ、三つと連続してファイアーボールを放つことで、なんとか距離をとることができた。


 いったん、距離が離れたところで、ぼくは即座にスキルを使った。

「『縮地』!」

 一瞬でセバスの前に移動し、その勢いのままに、剣を思い切り突き出す。だけどこの奇襲にも、セバスは対応してみせた。自分の体を後ろに傾けながら、ぼくの打ち込みを払い上げたんだ。

「その技は、もう見せてもらった」

 そして、逆に前に踏み込んで、斜め上から剣を放ってきた。

「またまた、やばいっ!」

 タイミング的には完全に食らっていたところだったけど、ぼくは腕力で強引に剣を引き戻して、なんとかその一撃を防いだ。大きく後ろにジャンプして、再び後ろに下がる。肩のあたりから、ちょっと血が出てるな。大きな傷ではないけど、革鎧とその下の皮膚を、切られたかもしれない。

 くそう、前回は縮地で決着がついていたのに。ベルトラン戦でこのスキルを使ったのは、まずかったかなあ。それとも、「見せてもらった」は、別の意味かな。魂の記憶みたいなもので、生前のセバスとぼくとの戦いが、あいつの中に残っていたのかもしれない。

 あの時、縮地以外で効果のあった方法と言えば、投擲スキルか。丸い石を変化球で投げつけて、あいつの腹に命中させたんだった。けど、投擲に使うクナイや石は、革鎧の下につけたマジックバッグの中にある。今からごそごそやって、取り出すわけにも行かない。そういえば最近は、投擲スキルのお世話になることが減ったかも。便利なスキルなんだけど、迷宮の中の魔物やゴーレムが相手だと、投擲ではどうしても、威力が不足気味になるからね。

 しかたがない。ぼくは覚悟を決めて、剣を握り直した。


 この後は、一進一退の攻防が続いた。


 技量では完全に劣っていることを自覚したぼくが、さっきのベルトランのように、とにかく前に出て攻め立てたからだ。縦横無尽に剣を振るうぼくに、セバスは防戦一方となった。けど、ぼくの方も攻めきることはできず、セバスはときおり、剣を受けた後で素早い切り返しを見せて、鋭い一撃を放ってくる。狂化したベルトランと比べれば、ぼくの剣のスキルもそこまで悪くはないから、なんとかその反撃を防いで、いったん後ろに下がる。そしてすぐに、攻撃を再開する。その繰り返しだった。


 一進一退とは言え、全体的に見れば、ぼくの方がやや優勢だったと思う。だけど、セバスの顔には余裕があった。良く見ると、少し楽しそうな表情さえ浮かんでいた。

 それにしても、セバスって、こんな感じだったっけ? 生きていたころの彼は、もっと山賊っぽいと言うか、剣を振るいながらも、口から乱暴な言葉を吐いていたような気がする。それなのに今の彼は、なんていうか真剣に剣を使っている、そんな印象を受けるんだ。あの時は、そんなに長い時間、相対していたわけでもないから、本当に単なる印象なんだけど。


 十何度目かの攻撃をしのがれたぼくは、一度大きく後ろに下がった。少し手詰まり感があったので、すぐに攻め込むことは控えた。セバスの方も、追撃はしてこなかった。ぼくが息を整えている間、セバスも同じように大きく息をしていたけど(死者も、「息を吸う」ことはするみたい。それが呼吸の真似ではなく、実際に体の中に酸素を取り入れているかどうかまでは、わからないけどね)、つと顔を上げると、こんなことを口にした。

「もっとだ」

「?」

「もっとおれを、楽しませろ!」

 こいつ、何を言ってるんだ? と思ったその時、ぼくとセバスの体が、同時にびくんと震えた。


 ぼくがそうなってしまったのは、探知スキルが警告を発したからだ。一つの反応が、こちらに向かってきている。それも、とびきりの大きなやつが。セバスは探知なんてスキルは持っていなかったと思うけど、たぶん武芸の技的なもので、同じものを感じとったんだろう。

 ぼくたちはにらみ合ったまま、その新たな闖入ちんにゅう者に、最大限の警戒を向けていた。やがて、その人物が暗闇から姿を現した。

 全身を銀色の鎧で覆った、長身の男。両手両足は丸太のように太く、首まわりの筋肉も高く盛り上がっている。そいつはそこに立っているだけで、周囲を威圧するような存在感を放っていた。ぼくはその顔に見覚えがあった。男は、ぼくとセバスからちょうど同じくらい離れた場所で歩みを止めると、ぼくの方に顔を向けた。


「ユージか。こんなところで、何をしている」


 そう問いかけてきたのは、『剣神』と呼ばれ、王国最強とうたわれたかつての第五騎士団団長、ビクトル・レングナーだった。



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