第214話 山賊との再戦

「ユージ・マッケンジーだな! わが弟分、ダーレンの仇を取りに来た!」


 ベルトランはそう叫ぶと、右手で腰の剣を抜いた。異界のわずかな光に浮かび上がるその姿は、銀の長髪に銀のアゴ髭、凶悪な光を放つ両の眼、全身を包む隆々たる筋肉。ルードの迷宮で闘った時と、まったく変わっていないように思えた。でも、間違いなくこいつは、死者だろう。

 なにしろ、この男を殺したのは、他ならぬぼく自身なんだから。

 その上、死体をギルドまで持っていって、賞金に換えたんだった。生きた人間であるはずがない。それにしても、今の言葉からすると、ぼくと戦ったことは憶えていないんだな。あ、そういうことか。死者は自分が死んだことには気づかない、と言うか無意識に気づくのを避けようとする。そのため、ぼくと戦って死んでしまった記憶も、こいつの中から消されてしまったんだろう。


 一度は戦った相手だけれど、念のため鑑定をしてみることにした。こいつがどの程度のステータスでどんなスキルを持っていたのかなんて正確には覚えていなかったし、それに、ぼくと戦った時の状態で「生き返った」かどうかわからない、と思ったからだ。

 ところが、鑑定スキルを発動すると、


【種族】ヒト

【ジョブ】狂戦士

【体力】-256

【魔力】32768

【スキル】強斬Lv-4 連斬Lv0 狂化Lv8 威圧Lv1 打撃耐性Lv-2 大剣Lv-8

【スタミナ】 -64

【筋力】 2

【精神力】128

【敏捷性】0

【直感】-1

【器用さ】8


 出てきたのは、マイナスとか0とか魔力値3万とかの、奇妙な表示だった。そしてそれと同時に、


<痛たたっ!>


 強烈な頭痛がぼくを襲った。口には出さず、念話の叫びだけで我慢できたのをほめて欲しい。マザーアラネア戦で、縮地スキルを3連発した時もひどい頭痛がしたけど、あれよりもさらに数段、強い痛みだった。

<フロル! 今あいつを鑑定したら、めちゃくちゃ頭が痛くなったんだけど……>

<死者に鑑定スキルを使ったのですか? 気をつけてください。死者の体は魔力によって再構成された、歪なものです。そんなものに鑑定を使ってしまうと、異常な数値を受け取ったスキルがおかしな挙動を起こしてしまい、使用者にダメージとなって跳ね返ることがあるそうですから>

 あれかな、一昔前のプログラムって、入力欄に想定外に長い文字を打ったり、マイナス値とか変な数字を入れただけで動かなくなったり、変な動作をすることがあったらしいけど、そんな感じなんだろうか。スキルにも、脆弱性ってあるんだね。

 それにしても、そういうのは、できれば最初に説明しといてくれないかなあ……今もまだ、痛みが引いていない感じがする。


 と、内心で文句を言いながら、ぼくは痛みのために、自然と苦い顔になっていた。何を勘違いしたのか、それを見たベルトランはかかと笑って、

「ふん、安心しろ! てめえごとき、相手をするのはおれ一人で十分だ!」

 そう叫んでから、セバスに向かって、

「おれがやらせてもらうぞ」

と宣言した。セバスは黙ってうなずく。ベルトランはぶん、と剣を一振りしてから、二歩、三歩と前へ進んだ。そして目をかっと見開き、歯を食いしばった。

「最初から、全力デ、行カセテモラウ……」

 彼の目が血走り、こめかみに太い血管が浮かんだ。顔中にしわが刻まれ、それと同時に全身の筋肉が肥大し、膨れ上がる。以前の戦いでも見せた、「狂化」のスキルだ。

 狂化による、一種の変身を終えたベルトランは、黒ずんだ顔に獰猛な笑みを浮かべた。

「最初ト言ッテモ、コノ一振リデ──」

 片言になってしまった言葉が終わらないうちに、ベルトランは猛烈なスピードで、こちらに突っ込んできた。それと同時に、手にした剣を振りかぶり、叩きつけるように振り下ろす。

「──終ワリダガナ!」

 ぼくもそれに合わせて、抜き打ちにした剣をぶつけた。大きな金属音が鳴り響き、剣と剣のぶつかり合いで生じた火花が、暗い異界の地面を一瞬だけ、明るく照らした。続いて驚きの声を上げたのは、またしてもベルトランの方だった。

「ナニ!?」

 狂化で強化されたはずのベルトランの剣を、細身のぼくが真っ向から受け止めていたからだ。ベルトランは筋肉を怒張させ、渾身の力を込めて剣を押し込もうとしてくるけれど、ぼくの剣は微動だにしない。それどころか、少しずつぼくに押し返されて、一歩、二歩と、後ろに下がり始めた。

「テメエ、イッタイ、ナニヲ、シヤガッタ!」

 憤怒の表情で、ベルトランが叫ぶ。だけど、そんなことを言われても、こっちは何もしてないんだよね。

 というのも、今のぼくのステータスは、こんな感じになっているからで──。


<痛ってー!>


 もう一度襲ってきた頭痛に、ぼくは大きく顔を歪めた。その一瞬、動きも止まっていたと思う。ベルトランの攻撃がない時で良かったよ。けど今回は、ぼくは何にもしていない。ただ、自分を鑑定して、ステータスを見ようとしたただけなんだ。それなのにまた、さっきと同じような頭痛がしたということは……。

 え? もしかしてだけど、ぼくっていつの間にか死んでたの?

<フロル、なんか自分を鑑定したら、またすごく頭が痛くなったんだけど>

<先ほど死者を鑑定した影響で、スキルの挙動がおかしくなっているんです。しばらくは、そのスキルを使わない方がいいですよ>

 あ、そうだったのか。スキルの暴走が、まだリセットされていないんだね。念のためフロルに確認したところ、ぼくは死んではいないそうです。ちょっと安心。

 えーと、話を戻して。

 今のぼくのステータスは、ぼくの憶えている限りでは、こんな感じになっていたと思う。


【種族】ヒト(マレビト)

【ジョブ】剣士(蘇生術師) [/勇……]

【体力】22/22 (111/111)

【魔力】8/8 (77/77)

【スキル】剣Lv8 (蘇生Lv4 隠密Lv9 偽装Lv9 鑑定Lv7 探知Lv8 罠解除Lv6 縮地Lv5 ……)

【スタミナ】 22(80)

【筋力】 20(114)


 狂化のスキルを使ったベルトランは、体力や筋力が倍増していた。以前の迷宮での戦いでは、そのせいでパワーで押されて、形勢が逆転したんだった。でも、あれからぼくも、いろいろと苦労して(具体的には、何回も死んで)、強くなっている。鑑定が効かないからたぶんの話だけど、狂化したベルトランとほとんど同じくらいか、あるいはぼくの方が上のステータスになってるんじゃないかな。

「クソッ!」

 ベルトランは剣を跳ね上げ、いったん後ろに下がって間合いを開けてから、もう一度突っ込んできた。すさまじい気合いと共に、何度も斬撃を放ってくる。けれど、その攻撃のすべてを、ぼくは簡単にさばくことができた。

 狂化スキルはその代償として、精神力などの項目を半減させていた。数値には出ないけど、剣の技量的なものも、落ちていたように思う。前回の対戦時、パワーで負けていたぼくがある程度は抵抗することができていたのも、そのおかげだった。今のぼくは、剣のスキルレベルだけを見れば、あの時よりもかなり上がっている。スキル以外の熟練度となると不足しているんだろうけど、それでも以前戦った時よりは上がっているのは確かだ。

 要するに、パワーでも技術面でも狂化後のベルトランに勝っているんだから、彼の剣撃に難なく対応できるのも、当然と言えば当然だった。


 自分の攻撃がまったく通じなくて、焦ったんだろうか。ベルトランは狂ったような雄叫びを上げながら、むやみやたらに剣を振り回した。そんな攻撃が、通じるはずがない。ベルトランが大きく空振りし、その巨体がふらついたところを狙って、ぼくはスキルを発動した。


「縮地」


 まっすぐに剣を構えた格好で、ぼくの体は敵目がけて突進していった。

 剣の切っ先が、ベルトランの胸に突き刺さる。それは、生きていれば心臓があっただろう場所を貫き通して、背中まで抜けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る