第216話 山賊VS騎士団長

「こんなところで、何をしている」


 そう問われたぼくは、すぐに答えることができなかった。

 目の前のビクトルも、もちろん死者だろう。オーガ変異種との戦いの時、ぼくは彼の死体を見ているし、そもそもぼくがイカルデアの王城を追放されることになったのも、彼の死に責任がある、と言われたのが原因だった。実は生きてました、なんて落ちがあるような状況じゃない。

 それはいいんだけど、だったらこの質問に、どう答えればいいんだろう。

 ここは死者の国で、あなたはもう死んでるんですよ、って正直に話してしまっていいんだろうか。それで、外の世界はどうなっているのか、なんて聞かれたらどうする? 生者の世界ではイカルデアは魔族に占領されて、カルバート王国は滅んだみたいです、なんてことを教えたら、騎士団長だった(いや、彼の意識では、今でも騎士団長かもしれない)ビクトルは、怒り出したりしないだろうか。それ以前に、自分が死んだと知った時点で、逆上する可能性もあるよな。それで、おまえがだらしなかったからだ、なんて襲いかかられたりしたら……。

 対オーガ変異種戦の頃と比べたら、ぼくのステータスは格段に上がっている。けどそれでも、ビクトルにかなうような気はしなかった。本当に、まったく、これっぽっちも。生前に鑑定した彼のステータスはとんでもないものだったし、ステータスに出ない技量の面でも、勝てる要素がまったく見つからない。さらにはこの、立っているだけで周囲にまき散らしている、とんでもない威圧感。ひとことで言えば、ものが違う。


 ぼくがどう答えるべきか迷っていると、なぜかセバスが、ビクトルに向かって口を開いた。

「ビクトル・レングナー騎士団長とお見受けします」

「いかにも。おまえは?」

「セバスといいます」

 この答に、ビクトルはわずかに眉を動かした。

「その名には聞き覚えがある。かつては我が国の騎士団に所属しておきながら、身を持ち崩し、あげくは山賊の一員にまで落ちぶれてしまった者の名前が、たしかセバスだったか」

「おっしゃる通りです。ただ、一言だけ付け加えさせていただくと、騎士をやめさせられる理由になった団の金の使い込み、あれはおれがやったことではありません。おそらくは、使い込みがばれそうになった上役の正騎士の誰かが、おれに罪をなすりつけたんでしょう」

「そうか」

 ビクトルの短い答に、セバスは「はい」とうなずいた。気がつくと、彼の言葉づかいが、丁寧なものに変わっている。セバスは少しの間を開けた後、

「あたりまえのことですが、騎士団にいた頃から、おれはあなたを知っていました。あなたは、いや、あなたの剣は、あの頃のおれのあこがれでした。正騎士などになることより、あなたの剣の技に近づくこと、それを目標に、日々修練に励んでいました」

「うむ」

「騎士団を追放されて以来、おれの目標は、団に復讐することに変わりました。道を行く旅人や商人を襲い、捕らえようとする騎士たちの手を逃れることで、彼らを嘲り、笑いものにする……。

 それが、この暗いところに来て──あれ、おれはそれまで、どうしていたんだっけ? たしか、どこかの迷宮に潜っていて……いや、今はそんなことはどうでもいい。ここに来てから、おれはなんだか、無性に剣が振るいたくなったんです。剣のことを思うとじっとしていられないっていうか、これを使っていないことが、なんだかたまらなくもったいないことのように思えてくるんですよ。

 ですから、騎士団長。どうかこのおれと」

 セバスは持っていた剣を垂直に立て、鍔のあたりを口に当てた。

「手合わせをお願いしたい」

 ビクトルは無言でうなずき、腰に差した大きな片手剣を抜いた。セバスと同じ、剣礼の姿勢をとる。そしてすぐに、剣道で言う正眼の構えに移った。

「全力で、行かせてもらいます」

「こい」

 ビクトルの言葉に、セバスも戦闘態勢をとった。足を小さく前に踏み出して、じりっ、と間合いを詰める。ビクトルはまったく動かなかった。セバスの方も小細工をするような素振りはなく、静かに正面に剣を構えたまま、一歩、また一歩と、『剣神』に近づいていく。とうとう、互いの剣の切っ先が交わるほどにまで、二人の距離が縮まった。


 と、ここでビクトルは、構えていた剣の先を、静かに右下に下げた。


 ビクトルの体は、すでにセバスの攻撃範囲に入っている。にもかかわらず、この無防備な体勢は……これ、前に一度、見たことがあるな。

 だけど、セバスにとっては意外な動きだったんだろう。彼は思わずといった様子で、歩みを止めた。

 しばらくの間、二人はそのまま、じっとにらみ合った。息が詰まるような緊張感。この緊迫した場面で、先に動き出したのは、セバスだった。ゆっくり、ゆっくりと剣を上に上げ、上段の構えをとったんだ。ビクトルはまだ動かない。セバスはかっと目を見開き、裂帛れっぱくの気合いと共に一歩を踏み出して、剣を振り下ろした。ビクトルもそれに応じて、剣を合わせる。そして鋭い金属音が、あたりに鳴り響いた──。

 ビクトルの動きは、どう見ても、セバスに遅れていたはずだった。ところが次の瞬間、ぼくの目に映ったのは、横にはじかれて大地を叩きつけている、セバスの剣だった。


 そして、セバスの体はビクトルの剣によって、頭から両断されていた。


 やっぱり、一ノ宮との練習試合で、ビクトルが見せた技だった。確か、「切り落とし」というんだっけ。スキルとかそういうものではなく、剣の極意のようなもので、剣をブレなく、ただ真っ直ぐに振り下ろす。それによって、余分な力の混じった剣を弾き飛ばしてしまうという……。

 以前に見た時もすごいと思ったけど、今回のビクトルの剣は、すさまじいの一言だった。ビクトルの剣はセバスの体だけでなく、足下にある岩さえ真っ二つにしている。セバスの体の左と右が、ずるり、と上下にずれた。そして前と後ろに別れて、それぞれに倒れていく。


 地面に届くよりも先に、彼の体は黒い霧となって、音もなく消えていった。


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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記 ココアの丘 @KokoaNoOka

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