第208話 諸行無常
6月も半ばを過ぎた頃、ぼくは北東部の街、ハーシェルに到着した。
イカルデアを出てから、既に2週間ほどがたっていた。フロルからハーシェルに行ってくれないか、と頼まれた時は、なんだか急いでいるような感じだったんだけど、結局、これだけの時間がたってしまった。だけどしかたがない、便利で高速な交通手段なんて、この世界にはないんだから。乗合馬車はあるけど、あれはスピードはそんなに速くないし。
その上、このところはその馬車の便数も減っていた。なにしろ、このあたりを治めていた国が、滅亡してしまったんだ。治安関係はガタガタになっていて、山賊の活動が活発になっているらしい。頻繁に馬車が襲われるようになり、そのため、馬車がなかなか出発しなくなってしまったんだ。
それにしても、カルバート王国って、本当に滅んだんだな……。
いや、まだいろいろと動きがあるみたいだし、本当に滅んでしまったのか、よくわからないところはある。けど、とにかく一旦は滅亡したのは、間違いないらしい。
この国には、いろいろと思うことはある。ぼくたちを勝手にこの世界に連れてきて、戦争に参加させたり、城から放り出して冒険者をさせたり。揚げ句の果ては公開処刑なんてことをしたのは、他ならぬこの国だ。ぼくが何度も死んだのはもちろん、一ノ宮や大高たちが死んでしまったのも、元はと言えばあいつらのせいなんだ。ぼくは一ノ宮たちにも殺されているけど、マレビトたちにかけられた一種の洗脳がなければ、あいつらだってぼくを殺したりはしなかったかもしれない。正直な話、こんな国滅んでしまえばいいのに、くらいには思っていた。
ただ実際にそうなってみると、この国への恨みよりも、なんていうんだろう、「無常感」って言うのを、強く感じてしまう。
考えてみると、ぼくは今まで何回も死んでるけど、ぼくを殺したやつって、みんな死んでしまってるんだよな。ビクトル騎士団長も、変異種のオーガも、山賊のベルトランも。大高たちや一ノ宮も、それから今回おそらくは処刑を命じたんだろう、パメラ王女も含めたこの国の王族たちも……。殺す殺されるが当たり前の世界だとは言え、こうなってしまうと、恨みを持とうとしても、その持って行き場がなくなってしまう。
「諸行無常」って、もしかしたらこう言うことなのかも。
それよりも現実的な問題は、元の世界に戻る望みが、ほとんど絶たれてしまったことかもしれない。
ぼくは最初から、「魔王を倒せば元の世界に戻す」という約束には、期待はしていなかった。けど、それでも希望があるとすれば、国による送還魔法だけだろう、とも思っていた。ところが、今の状況では魔王の討伐なんてできそうもないし、仮に戦況が大逆転して討伐ができたとしても、祝賀して送還の儀を執り行おう、なんてことにはなりそうもない。そもそもの話、約束の相手である国自体が、なくなってしまいそうなんだから。
さらに悪いのは、勇者の召喚に成功したのは、パメラ王女の個人的な能力が大きかったらしいことだ。たしか最初の説明で、ヒゲのじいさんがそう言っていたよね。その王女が、死んでしまったとなると……。
帰るのは、ほぼ絶望的なんだろう。
覚悟していたこととは言え、こちらもいざ実際にそうなってみると、心にずしんとくるものがあるよなあ。
でもまあ、しかたがない。というか、心を切り替えるしかない。やることは、何にも変わっていないんだ。これまでと同じように、生きていくしかないんだから。
さて、便利な交通手段なんてないとわかったので、ぼくはしかたなく最初の街までは歩きで行き、そこで馬を一頭買うことにした。けっこう高かったけど、お金はそれなりに持ってるので。獣人のリーネと一緒だった頃以来の、久しぶりの乗馬だ。いざやってみると、乗り方は体が覚えていたようで、それほど苦労することもなく、乗り進むことができた。
ただそれでも、ハーシェルに着くまでには、それなりの日数はかかった。これもリーネに教えてもらったことだけど、馬だって生き物だから、あんまり無理させることはできない。長い距離を旅をするのなら、早足程度のスピードにした方がいいんだそうだ。競馬の最終コーナーのようなスピードを出せるのは、ほんの短時間だけ。もちろん、これでも人間が歩くよりはよっぽど速いんだけど、それほど劇的な速度になるわけではない。
もう一つ時間がかかった理由は、さっきも言った山賊だった。馬に乗ったやつが一人だけで旅しているとなると、あいつらがけっこう寄ってくるんだ。リターンはあんまりないけどリスクが少ない、と見えるんだろう。実際にはぼくのステータスの方がはるかに高いので、戦えば問題なく勝てる。探知があるから、奇襲もされないしね。
ぼくのおかげで、イカルデアからハーシェルへ抜ける街道からは、けっこうな数の山賊がいなくなったと思う。ただ、山賊退治の後始末が、ちょと面倒だった。最初は、退治したことを知らせておいた方がいいかな、と思ってギルドに報告したところ、確認するからちょっと待てとか、確認したけどどうやって倒したんだとか、報奨金が出るまでこの街を出るなとか、けっこう言われました。急ぐので報奨金はいらないと言ったら、冒険者ランクを一つ上げて、Eランクにしてくれたっけ。
あ、今のぼくの冒険者ランクは、Eランクです。冒険者の登録を、し直したので。王都で死刑になった「ユージ・マッケンジー」のままでは、さすがにちょっとまずいだろうと思ったんだ。名前はユージのまま(マッケンジーは無しにした)だけど、ユージって名前はこの世界ではけっこうありふれているみたいなので、たぶん名前からは、同一人物だとばれないでしょう。
◇
街に入ったぼくは、さっそく馬屋さんを訪ねて、ここまで一緒に旅をしてきた馬を売った。目的地に着いて、とりあえず急ぎの旅は終わったからね。それに、馬の世話というのも、けっこう面倒くさかった。街の中で宿泊する時は、宿などに馬を預けてしまえばいいんだけど、野宿の場合は自分でするしかない。リーネには乗馬の仕方は習ったけど、馬がどんな草が好きで、それはどこに生えているか、なんてことはあんまり聞かなかったからなあ。
なんとなくだけど、この馬も2週間前と比べて、ちょっと痩せているような気がする。すまんの。次はいい飼い主に当たるよう、祈ってるから。
身軽になったぼくは、次に冒険者ギルドに向かった。依頼を受けるつもりはなかったけど、何か情報が入っているかな、と思ったからだ。ちょっと小さめな建物のドアを開けると、その中は異様な緊張感に包まれていた。ハーシェルはそれほど大きな街ではなく、冒険者の数もそれほどではない。なのに、その一人一人が、緊張した表情を浮かべているんだ。もう夕方に近い時間だから、一仕事を終えてこれから一杯引っかけるか、みたいな人がいてもおかしくないのに。
ちょっとおかしいな、と思ったぼくは、受付に尋ねてみた。
「なんか、変な熱気みたいなものを感じるんですけど、何かあったんですか」
受付のお姉さんが、驚いた表情になった。
「何かって、決まってるでしょ? あ、最近ハーシェルに来た人?」
「ええ、ついさっき、ここに着きました。それで、決まってるって、何が?」
「えーと、公式な発表はまだないんだけど、もうみんな知ってることだから、いいか。実はね」
受付嬢は少し身を乗り出して、抑え気味の声でこう言った。
「街の北に、畑が広がっている場所があるんだけどね。そこに突然、真っ黒い『裂け目』のようなものが現れたの。それも地面じゃなくて、空中に。そしてその裂け目の向こうには、真っ暗な、こことはまったく別の世界が広がっていて──噂レベルの話だけど、なんでもそこには、死んだ人が住んでいるらしいよ」
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