第209話 死者の国
ギルドで事情を聞いた後、ぼくはハーシェルの街を歩いてみた。
すぐ近くで起きた異常事態と言うことで、その気になって注意してみると、街の中にはそこかしこで、固まって噂話をする住民たちの姿があった。ただ、パニック状態とまではなっていない。まだ、その『裂け目』による直接的な被害が出ていないこともあるんだろう。宿も問題なく取ることができて、ぼくは夕食をとった後、自分の部屋に入った。ちょっとだけ、お高めの部屋です。お金なら、そこそこ持ってるので。
さっきのギルドのお姉さんは、いろいろなことを教えてくれた。裂け目の大きさは直径3メートルほどで、ほぼ円形をしていること。それは空中に浮かんでいて、まるで空間そのものが割れているように見えること。その向こう側に入ろうと思えば入れて、ちょっとだけ中に入った人の話によると、裂け目の中は真っ暗で、とりあえず地面はあったけど、他には何があるのかわからなかったらしいこと。
そして、危険かもしれないから、絶対に近づかないように、とも言われた。冒険者が周りで監視しているから、近づこうとしたら怒られるよ、と。まあ、Eランクの若造相手には、当然の忠告だろう。現在、領主からの依頼で、高ランクの冒険者に中を調査してもらっている最中なのだそうだ。本当は一領主ではなく、国が出てくるような大事件なんだけど、あんな事が起きてしまったから……とも言っていた。王都が占領されたと言うニュースは、当然かもしれないけど、既にこの街にまで伝わっているようだ。
ちなみに、このあたりはライラ・クリーガー辺境伯の領地だ。ライラ辺境伯は、王都周辺の騒乱には静観を決め込んでいるらしく、領内は比較的静かで、治安もそれなりに保たれている。まあここは、北は現在交戦中の魔王国、東は常に小さな紛争が起きているエルネスト連邦と接しているという土地だから、動こうとしても動けないのかもしれない。
それから、ライラ辺境伯は女性だそうで、女性の領主は、この世界でもやっぱり珍しいらしい。領主の子供に女の子しか生まれなければこうなるんだけど、領主となると正妻の他に側室も何人かいるものだから、普通は男児が生まれるまで、がんばるんだそうです。何を?
なお、ハーシェルを含めて、ここまで旅してきた街では、王都占領のことは知っていたけど、「ユージという冒険者が勇者を殺害した罪で死刑になった」という情報は、流れていないようだった。それとなく聞いただけなので、確実とは言えないけどね。死刑になった後、わりとすぐに魔族が王都を占領してしまったから、そんな情報が王都の外に出る時間がなかったのかもしれない。
宿の部屋に入ったぼくは、ベッドに腰を下ろすと、独り言を言うように目の前の空間に向かって呼びかけた。
「さてと。フロル、そろそろ出てきてよ」
「呼びましたか、ユージ」
ぼくの呼びかけに応えて、空中に光が灯り、大人姿の女性が現れた。久しぶりに見る、風の妖精だ。
実はここまでの旅の間、フロルとはあまり話をしていなかった。彼女は「その時に備えて、私は眠ることにします。できるだけ、力を貯めておかなければなりませんので」と言って、小さな光の形になり、ぼくの体の中に入って行ってしまったからだ。その上、いつもよりも多めに魔力を吸われ続けたみたいで、旅の間中、ちょっと体がだるかった。
「さっきの話にあった、『裂け目』ってやつ。あれが、フロルが心配していたことなんだよね」
「はい。それに間違いありません」
「ギルドの人は、空間そのものが裂けてるみたいだ、って言ってたけど」
「どちらかというと、『裂けている』ではなく『重なっている』が正しいと思いますが、裂け目と理解されるのもわかりますね。あの向こうには、こことは別の世界が広がっていて、あそこを通って、その世界に行くことができますから」
「別の世界かあ。どうせなら、ぼくが元いた世界にでもつながっていれば良かったのに」
ぼくのこの言葉に、フロルは首を振った。
「あの向こうにあるのは、確かにこことは異なる世界です。が、もとから完全に隔絶した世界というわけでもありません。そこは、死んだ者の魂が向かう、日の光のない異界……闇の大精霊ラールの
◇
翌日、ぼくはその裂け目があるという畑に向かった。
ギルドでは正確な位置を教えてはくれなかったけど、「この先には行かないでください」という言葉から、逆にだいたいの場所がわかった。探知を使いながらその道を進んでいくと、遠くの方に四つの反応がある。それは200メートルほどの距離をおいて、ほぼ正方形の位置に配置されていた。まるで、真ん中にある一つの点を囲んでいるかのようだ。おそらくこの四つの反応は監視役の冒険者で、その中心にあるのが、問題の場所なんだろう。
その方向へ近づいていくと、やがて、目的のものが目に入ってきた。
のどかな田園地帯の真ん中に突然現れた、真っ黒い円形の何か。形は違うけど、月面に現れたモノリスを連想させる、そんな異形のものが、畑の中に浮かんでいたんだ。
ギルドの受付嬢が「円」と言っていたとおり、それは球ではなく、ごく薄い円形だった。正確には「裂け目」というよりも、ちょっと立体感のある円盤といった感じだ。中央が少し厚く、周辺にいくほど次第に薄くなっていて、ちょうど、大きな球の端っこをだけを薄ーくスライスしたような形だった。それから、「浮かんでいた」と言ったけど、それも正確ではない。黒い円の下の端は地面に接していて、接したところの土が、脇に少し寄せられていたからだ。とは言え、それがただの円盤であるはずがない。なにしろ、あそこを通って、別の空間に行けるというのだから。
普通の冒険者は近寄ってはいけないらしいので、ぼくはちょっと前から、隠密のスキルを使っていた。ちなみに、ぼくの現在のステータスはこんな感じだ。
【種族】ヒト(マレビト)
【ジョブ】剣士(蘇生術師) [/勇……]
【体力】22/22 (111/111)
【魔力】8/8 (77/77)
【スキル】剣Lv8
(蘇生Lv4 隠密Lv9 偽装Lv9 鑑定Lv7 探知Lv8 罠解除Lv6 縮地Lv5 毒耐性Lv6 魔法耐性Lv6 打撃耐性Lv6 状態異常耐性Lv5 痛覚耐性Lv4
小剣Lv5 投擲Lv8 強斬Lv5 連斬Lv4 威圧Lv4 受け流しLv4 火魔法Lv7 雷魔法Lv5 土魔法Lv5 水魔法Lv6 風魔法Lv7 氷魔法Lv5 闇魔法Lv4 精霊術Lv6
弓Lv7 魔力探知Lv5 罠探知Lv8 暗視Lv7 採掘Lv3 狩猟Lv4 伐採Lv3 農業Lv6 鍛冶Lv5 陶芸Lv2 裁縫Lv6 彫金Lv3 大工Lv4 家事Lv7 料理Lv8 演奏Lv4 歌唱Lv4 計算Lv2 暗記Lv2 速読Lv3 …… )
【スタミナ】 22(95)
【筋力】 20(114)
【精神力】14(68)
【敏捷性】Lv5(Lv8)
【直感】Lv3(Lv8)
【器用さ】Lv3(Lv8)
ぼくの隠密スキルは、あのメイベルと同じ、レベル9になっている。スキルレベルは同じでもスキル以外の技術は伴っていないから、彼女と同じことができるとは限らない。けど、そのまま無造作に円盤に近づいていっても、周囲を囲んだ冒険者たちは、何の動きも見せなかった。
それにしても、とぼくは改めて思った。このレベルアップは、なんだったんだろう。
あの時、あの王都の広場で、ぼくは一度死んだらしい。そしてその後で生き返って、レベルアップした。これ自体は今までと同じ流れで、特に不思議ではない。けど問題は、その内容だった。
これまでレベルアップしてきたのは、体力魔力などのステータスや戦闘系のスキルが主だったのに、今回は「狩猟」「伐採」「農業」といった、戦いとは関係の無さそうな生活・生産系のスキルが並んでいる。それも、これまでほとんど接したことのないスキルたちだ。もちろん、あって困るものではないんだろうけど、それでもちょっと落ち着かない。こんなこと、これまでは一度も無かったんだから。いったい何が原因で、こんなことになったんだろう。
ここに着くまでの道中でも、このことはずっと考えていた。それで、一応の結論というか、それっぽい説明も思いついた。それは、またしても「勇者ジョブのせい」ということだ。
これまでと今回の一番の違いといえば、ぼくが勇者のジョブを持っていることだろう。そして、この勇者というジョブには、これを持っていると様々なスキルのレベルが上がりやすくなる、という効果があるらしい。一ノ宮はそうだったし、ぼくもそうなっていたような気がする。おそらくだけど、この効果はスキルレベルの上昇だけではなくて、スキルそのものを得る時にも、働いているんじゃないだろうか。だとしたら、今回のようなことがあってもおかしくない。
説明をわかりやすくするために、「経験値」のような仕組みを考えてみよう。レベルをアップしたり、新たなスキルを得るためには、ある程度の経験値が必要だとする。そして、実はこれまでも、「蘇生」スキルの効果や実際の生活の中で、生活・生産系スキルの経験値は獲得できていた、と考えるんだ。けど、戦闘系のスキルとは違い、それほど頻繁に関わってきたわけではないから、獲得値はわずかで、スキルを得るだけのものにはならなかった。だから、鑑定結果にも現れてこなかったんだ。
ところが今回は、スキルを得やすくなるという勇者ジョブがある。そのおかげで、これまで積み上げてきた経験値にわずかに数値を加えただけで、スキル獲得の水準を超えることになった。そのために、今までに無かった、いろいろなスキルを得ることができたんだ……。
これであっているのかどうかはわからないけど、一応、それらしい説明にはなっていると思う。「一応」、のレベルだけどね。まあ、これ以上考えても、わからないものはわからない。とりあえずは、おいておくことにしよう。これらのスキルがあっても、不便になったり不利になったりするわけじゃあないんだから。
それよりも、今は目の前のことだ。
ぼくはとうとう、誰にも気づかれることなく、裂け目の前まで到達した。そこに立ったまま中をのぞき込んでみると、真っ暗で見通しがきかない。ただ、外からの光が当たって見えている範囲だけでいうと、地面はちゃんとあるらしいのがわかった。一応は監視の目もあるので、ぼくは念話でフロルに確認した。
<このまま、入ってしまっていいんだよね>
<はい。この向こうは現世とは異なる異界ではありますが、入っただけで死にいたる、というものではありません。戻ってくることもできますから、入ってかまいませんよ>
こう言われて、ぼくは意を決して円盤をまたぎ、中へと一歩踏み込んだ。
いざ入ってみると、何かが変わった、という感じはしなかった。やっぱり地面はあるし、息を吸っても苦しくはないし、体に違和感も感じない。とはいえ、この円のこちらと向こうとでは、目に入る景色がまったく異なっている。こうしてみると、ここは確かに世界の「裂け目」なんだな、と感じる。
少し歩いて、外の監視から見えなくなったあたりで、ぼくは「ライト」の魔法をともした。周囲にあるのは、土と岩ばかりで、探知にはなんの反応もない。けれど、念のため周囲に注意を払いながら、一歩ずつ進んでいく。何も現れず、何も動くものは無かったけど、なにしろ全く見たこともない世界だ。歩いているだけで、いつもよりも気疲れしてしまった。
ぼくはふと、後ろを振り返った。入ってきた円形の穴が、さっきよりも小さくなっていた。もちろんこれは距離が離れたためで、本当に小さくなっているわけではないんだろう。けど、なんだか急に心配になってきた。
<あの入り口、突然に閉まったりしないのかな>
<だいじょうぶです。入り口が閉じるとは、現世と異界とが隔てられたということ。その際には、異界にいる『生けるもの』は、異界にとっては異物となります。その世界の働きにより、異物はそのもののいるべき世界に向けて、排出されることとなります>
「排出される」という言い方が気になったけど、とりあえずは進んでいいみたいだ。というか、フロルの頼みを聞いてあげるには、そうするしかない。ぼくはもう一度気合いを入れ直して、暗闇の中を歩いていった。
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いつの間にか、☆が3000、フォローは6000を突破していました。☆が急に増えたような気もしますが、やっぱり一つの章が終わると、評価をしやすいんでしょうか。読んでいただいた皆さん、フォローしていただいた皆さん、レビューをつけていただいた皆さん、どうもありがとうございます。
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