第206話 静寂の王都(2)

 その言葉の意味を理解するのに、数秒かかってしまった。


 『この国は、滅びました』、だって? それってまさか、

「……まさか、フロルがやったの?」

 フロルは微笑みを浮かべて、首を横に振った。

「いえ。私たち精霊は、ヒト族や魔族たちの世界に、過度に干渉することを好みません。私がしたのは、あの場からユージを連れ去ったことだけです」

「じゃあ、どうしてカルバート王国は滅んだの?」

「ユージが生き返ったあと、魔王とその軍勢が、あの街に入ったんです。そしてその軍が、この国の都を制圧しました」

 ぼくは思わず、王都の方向に視線をやった。だけどイカルデアの城壁には、戦闘の痕跡らしいものは見当たらなかった。火や煙が立っているわけでもなく、攻城兵器や魔法による破壊の跡もない。城壁の上にも下にも、兵士や騎士の死体などは転がってはいなかった。もちろん、城壁を取り囲む魔族の軍勢、なんてものもいない。戦いなんてまったく感じさせない、いつもどおりの光景だった。


 いや。違う。確かに変だ。


 静かすぎる。イカルデアの街は、城壁の外にいても、中の喧噪が外まで伝わってくるような都会だった。それなのに今、目の前にある街からは何の物音も聞こえてこないし、何の動きも見えない。まるで、すべてのものが静止しているかのような。城壁の向こうには生きている者など一人もいないかのような、奇妙な静けさで包まれていた。

 呆然として突っ立っていたぼくに、フロルが言った。

「ああ、私はヒト族の習わしを良く知りませんので、言い方が間違っていたかもしれませんね。

 都に住まっていた王族が皆死亡し、さらに敵対する軍に制圧されたので国が滅んだと言いましたが、ヒト族の間では、必ずしもそうではないのかもしれません。だとしたら、『滅んだ』は誤りです」

「いや、そのあたりは、ぼくも詳しいわけじゃない、っていうかフロルの言い方であってると思うけど……。ちょっと待って。今、『魔王とその軍勢』って言ったよね。それ、魔王国の軍、という意味じゃなくて、本当に魔王が来たってこと?」

「はい。あまり多くの供を連れていませんでしたが、確かに魔王でした。私があなたを連れ出したのは、それも理由の一つです。魔王と勇者は引き合う性質があり、それはしかたがないことのですが、両者が接触すると、大きな動きが起きることがあります。私としては、今のユージにこれ以上の無理をして欲しくはなかったのです」


 フロルの言葉に、ぼくは考えた。

 魔王とあまり多くないお供、か。ということは、奇襲作戦だったのかな。イカルデアを守る軍や騎士団の哨戒をかいくぐるために、少数の部隊で王都に攻め入ったんだろう。そうか。メイベルが魔法障壁を壊そうとしたのは、この作戦のためだったのか。ここの城壁からは今、魔法障壁は失われている。土魔法でトンネルでも作れば侵入は簡単だろうし、そんな手間をかけなくても、攻撃魔法などで城門を破壊してしまうのも可能だろう。

 そして、ひとたび魔王が都に入ってしまったら、あとはその攻撃力で、王国軍を圧倒したに違いない。なにしろ、あの一ノ宮を問題にしなかったほどの、力の持ち主なんだ。勇者のいない今の王国軍には、あらがう術なんてなかったんだろう。


 ただ、それにしても、イカルデアの街が静かすぎるのが気にはなった。ぼくが殺されてから目を覚ますまで、どのくらいの時間がたったのか、正確にはわからない。けど、たっていたとしても、せいぜい半日くらいだろう。その間に戦いが終わって、残った騎士や兵士も、抵抗をやめてしまったんだろうか?

 魔王と王国軍の間には、よほど圧倒的な戦力差があったのか。それとも、潜入していたスパイとかが、また別の策でも使ったのかなあ。例えば、王族か誰かを人質に取って、抵抗をやめさせたとか。うーん、わからん。

 スパイといえば、メイベルはどうなったのかな。無事に、あの水路から逃げられたんだろうか。ま、ぼくが心配してもしかたがないか。あれだけ凄腕のスパイなんだ。ぼく自身、どうやってつかまったのかもわからないんだけど、彼女一人だけなら、逃げることはできたんじゃないかな。そう思っておくことにしよう。たとえつかまっていたとしても、魔族が都を占領した今なら、解放されたはずだしね。


 フロルは続けた。

「ですから、この国から逃げる必要はありませんが、この街からは離れた方がいいでしょうね。

 そうそう。ユージに、渡しておくものがありました」

 フロルはそう言って、右の手のひらを前に出した。手の前の空間が奇妙な変形をみせて、『穴』のようなものがあく。フロルはその中から、小さめのボディーバッグのようなものを取りだした。

「あ、マジックバッグ! そうか、これも取られてたのか。どうも、お腹のあたりがスースーしてると思った」

「これはユージのもので、間違いありませんね? お返ししておきます」

「どこにあったの?」

「ユージがいた、広場の近くに落ちていましたよ」

 どうしてそんなところに? でも、そういえばあの広場には、たくさんの人が集まっていた。王国の関係者もそこに集まって、死刑の執行を眺めていたはず。ぼくからバッグを奪ったやつも、その中にいたのかもしれない。そして魔族の攻撃で、王都は大混乱になってたことだろう。その混乱の中では、バッグを落としたとしても、不思議ではないのかな。最初に、このバッグを拾った時みたいに。

 ぼくはバッグを受け取り、さっそく今着ている服を脱いで、首から斜めにバッグをかけた。そうだ、この囚人服のような服も、着替えなくちゃな。替えの服なんて、マジックバッグの中にしか用意してなかったから、これを拾ってきてくれてよかったよ。

「何から何までありがとう、フロル」

 ぼくが重ねてお礼を言うと、フロルは「いいえ」と軽く首を振った。

「私も探していたのです。おそらく、これからのあなたに必要になるでしょうから……」


 あ、そうだ。ここから移動する前に、また自分を鑑定してみよう。一回、死んでしまったからね。死んだ後は、スキルやステータスが動いているかもしれないから、自分の能力を確かめておかないと。国が滅んだとは言っても、騎士団の騎士が一人残らずいなくなったわけじゃないし、貴族や軍の勢力も完全に無くなったわけじゃないだろう。また騎士団長の時のように、「魔族に攻め込まれた時、近くにいたな。おまえのせいだ!」とか何とか、難癖をつけてくる人がでてこないとも限らないからね。

 では、鑑定!


【種族】ヒト(マレビト)

【ジョブ】剣士(蘇生術師) [/勇……]

【体力】22/22 (111/111)

【魔力】8/8 (77/77)

【スキル】剣Lv8 弓Lv7 魔力探知Lv5 罠探知Lv8 暗視Lv7 採掘Lv3 狩猟Lv4 伐採Lv3 農業Lv6 鍛冶Lv5 陶芸Lv2 裁縫Lv6 彫金Lv3 大工Lv4 家事Lv7 料理Lv8 演奏Lv4 歌唱Lv4 計算Lv2 暗記Lv2 速読Lv3 ……

(蘇生Lv4 隠密Lv9 偽装Lv9 鑑定Lv7 探知Lv8 罠解除Lv6 縮地Lv5 毒耐性Lv6 魔法耐性Lv6 打撃耐性Lv6 状態異常耐性Lv5 痛覚耐性Lv4 小剣Lv5 投擲Lv8 強斬Lv5 連斬Lv4 威圧Lv4 受け流しLv4 火魔法Lv7 雷魔法Lv5 土魔法Lv5 水魔法Lv6 風魔法Lv7 氷魔法Lv5 闇魔法Lv4 精霊術Lv6)

【スタミナ】 22(95)

【筋力】 20(114)

【精神力】14(68)

【敏捷性】Lv5(Lv8)

【直感】Lv3(Lv8)

【器用さ】Lv3(Lv8)


 ……え? なんだ、これ?


 ステータスがほとんど変わっていないのはいい。もう、十分なくらいに上がっているから、少しくらいのことでは伸びなくなっているんだろう。「罠探知」「暗視」などが新しく出てきて、「隠密」「偽装」といったスキルのレベルが伸びているのも、まあいいとしよう。今回は一応、それらしい仕事をしてきたんだから。それにしても、ちょっと伸びすぎだとは思うけど。

 だけど、その他の魔法やら耐性やらのレベルも軒並み上がっていて、それに「採掘」とか「農業」とか、ぼくにはまったく縁の無いスキルがずらずらと出てきたのは、どういうことだろう。「弓」なんて使ったことがないし、「陶芸」「鍛冶」「彫金」なんて、どうみても生産者向けのスキルだ。「演奏」「歌唱」「速読」に至っては、まったく心当たりが無い。

 いったい、なんなんだこれは? 


 鑑定の結果に呆然としていると、フロルが声をかけてきた。

「ユージ。実は私から、一つお願いがあるのです」

「え、何? なんでも言ってよ。フロルにはこれまで、何度も助けてもらったんだから」

 また、魔力をたくさん吸わせて欲しい、なんて言われるのかな? と思いながら、ぼくはこう答えた。だけど、フロルが返してきた言葉は、意外なものだった。

「それでは、この街を離れた後は、ハーシェルに向かっていただけませんか」

「ハーシェル?」

 その街は、名前だけは聞いたことがあった。たしか、この国──一応、まだ国と呼んでおこう──の北東部にある、エルネスト連邦との国境からほど近い、小さな街だったと思う。あのあたりを旅していたのは、ぼくがまだリーネを探していたころだったな。あのあたりで、ぼくは師匠と精霊術の修行をし、そしてフロルと初めて出会ったんだっけ。

「いいけど、どうして?」

「兆しがあるのです」

 フロルは、北の方角に視線を向けながら、こう言った。


「彼の地で眠りについていた、闇の精霊。あの子が、目を覚ます兆しがあります」



────────────────


 これにて、第5章が終了となります。4章後書きでも書いた「賛否両論になりそうな結末」でしたが、いかがだったでしょう。ぼくのイメージとしては、とある小説で転生したスライムが魔王になった時(だったと思う)の戦い、が頭の中にありました。設定もストーリーも一切関係がないので、なんとなくのイメージ、ですけど。あの小説にあった、いろんな人の○○○の際の様子、も準備はしていたんですが、本作の性質上、書くのは控えることにしました。残念。


 さて、次回からは第6章となり、主人公はフロルの頼みを聞いて、北の大地へ向かいます。そこで、数多くの人と再会することになるのですが、実はそこは……。おっと、ここではこれ以上言えねえ。まあ、新章に入ってすぐ(正確には7文字ほど)にネタバレするかもしれませんが、できましたらこの先も、ユージの冒険を見守っていただけたら幸いです。


 それから、もしもこの話が気に入っていただけましたら、レビューやフォローをいただけたらうれしいです。作者にとってのはげみにもなりますので、よろしくお願いします。


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