第204話 狂騒の王都

 耳をつんざくほどの歓声、いや怒号の中を、手かせ足かせをはめられた囚人が処刑台に登場した。


 二人の騎士に引っ立てられて、ふらふらと台の上に昇ってくる。その表情はぼんやりとしていて、自分が置かれた状況を把握していないかのようだった。

 処刑台の上では、一人の騎士が彼を待っていた。

 ユージの意識がはっきりしていれば、騎士の顔に見覚えがある、と気づいただろう。彼を待ち受けていたのは、ニコだった。ユージたちマレビトが王城で訓練を受けていた頃、武術組の二班、ユージたちが属していた三班の隣で教育係をしていた騎士だ。

 ユージが処刑台の中央に運ばれ、ひざまずくような格好に押さえつけられると、ニコはゆっくりと、ユージに歩み寄った。


「ユージ。ジルベールのやつを覚えているか」

 ニコはユージに語りかけた。

「武術組三班で、おまえたちの教育係をしていた騎士だよ。あいつはおれの一つ下の後輩でな。騎士に成り立ての頃から、おれはあいつの世話をしてやっていたんだ。お人好しで、一途で、まっすぐなやつでな。ちょっと思い込みが激しくて、周りが見えていないようなところはあったが、それでも気のいい男だった。

 だが、ビクトル騎士団長が亡くなって以来、あいつはおかしくなってしまった」

 ニコの言葉にも、ユージは反応らしい反応を見せない。捕縛された時に受けた、催眠魔法の効果が今も続いているのだろう。ニコもそのあたりは承知しているらしく、ユージの返事も待たずに、そのまま話を続けた。

「あいつは団長を、ほとんど崇拝していたからな。その団長が突然にいなくなってしまって、気持ちの持って行き場がなくなっていたんだろう。

 暴言や勝手な行動が続いて、周りとの衝突が日に日に激しくなった。ついには騎士としての仕事を続けられなくなって、内勤に回されてしまったんだ。が、そんな仕事は、性に合わなかったんだろう。とうとう、まったく城に出てこなくなってしまった。あまりに長い日数、職場に来ないため、同僚が訪ねてみると……自宅で死んでいたよ。

 死因は不明だ。外傷も、病気などの徴候もなかったと言うから、もしかしたら、自ら毒をあおったのかもしれない。

 そのジルベールが、最後まで叫んでいたのが……ユージ、おまえの処刑だった」


 ニコは手にした剣を、鞘から抜いた。刀身に当たった日光が反射して、ユージの顔を照らす。ユージは目を細めて、ぎこちない動作で顔をそむけた。これが、彼が処刑台に上ってから初めて示した、生き物らしい反応だった。

「なぜユージを追放したんだ。追放などでは処分が軽すぎる、今からでもユージを捕縛し、死刑に処すべきだ。ビクトル団長の死の責任は、ユージにあるのだから。そんなことを、騎士団の上層部に繰り返し訴えていた。それが聞き入れられないと知ると、ついにはパメラ様が主宰される会議の場に乱入し、王女に直奏するという事件まで起こしてしまってな……騎士の職を辞することになった、直接の原因はそれだった。

 おれはべつに、団長の死の責任がおまえにあるとは思っていない。団長が亡くなった、オーガ変異種との戦いの場に、おまえが居合わせたのは確かだ。が、今のおまえならともかく、あのころのおまえに、何かができたわけがないからな。だが、ジルベールはそう考えることができなかったんだ。そして、そんな思いを抱いたまま、あいつは死んでしまった。

 おれは今日、おれのこの手で、あいつの心残りを晴らしてやりたいと思う」


 ニコが右手に持った剣を高く振り上げると、処刑台を取り巻く群衆の興奮は最高潮に達した。


「ユージに死を!」

「ユージ・マッケンジーに死を!」

「ユージをコロセ!」

「コ・ロ・セ!」

「「コ・ロ・セ!」」

「「「コ・ロ・セ!」」」


 口々に叫ばれる言葉は、やがて一つにまとまり、シュプレヒコールとなって湧き上がった。この瞬間、王都に住まうすべての民、兵士、騎士、貴族や王族たちの心が、まさしく一つになったのである。


「コ・ロ・セ!」

 群衆の中に混じっていた、ギルドの受付嬢の制服を着た女性が叫んだ。受付嬢には珍しく、年は四十過ぎくらいで、かなり太った体型をしていた。

「コ・ロ・セ!」

 食堂の大将が叫んだ。彼はタオルをねじって、鉢巻きのように頭に結ぶという、この世界では珍しい格好をしていた。

「コ・ロ・セ!」

 年若い少女が叫んだ。その髪には、朝顔の花のような形をした、きれいな緑の髪飾りが輝いていた。

「コ・ロ・セ!」

 黒一色のシャツに黒のズボンの青年が叫んだ。胸のポケットからは青いハンカチをのぞかせており、首の周りには、波のような形の刺青が入っていた。

「コ・ロ・セ!」

 吟遊詩人が叫んだ。彼はその手にリュートのような楽器、ユージと同じ世界の人間が見たら「ギター」と呼ぶだろうものを抱えていた。彼はそれを力任せにかき鳴らして、メロディーにもならない音響を、あたりにまき散らしていた。

「コ・ロ・セ!」

 幼い少年が叫んだ。その後ろには、彼より少し年下の少女がくっついている。少女は足が悪いらしく、右足を少し引きずっていた。

「コ・ロ・セ!」

   :


 わき起こった狂騒の中心で、ニコは自分たちを取り巻く群衆をぐるりと見まわした。そして、思い出したように付け加えた。

「そうだった。おまえは蘇生とか言うスキルを持っていて、一度首を切っただけでは死なない、という話だったな。

 だが、安心しろ。おまえが蘇るたびに、おれがその首を切り落としてやる。おまえが本当に死んでしまうまで、何度でも、何度でもな」

 こうまで言っても、ユージからの反応はなかった。押さえつけられた格好のまま、ただ呆然と、処刑台の床に視線を向けている。ニコは振り上げた剣に左手も添え、上段の構えを取った。


 そして、ユージの首筋を目がけて、剣を振り下ろした。


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