第202話 檻の中の囚人

 街中が、興奮の声に包まれていた。


 王都イカルデアの中央通りを、一台の馬車がゆっくりと行進していく。道の両側でそれを迎えるのは、王都の住民たちだ。道沿いに並ぶ老若男女の人垣、その後ろで馬車に並走する子供たち、二階の窓から鈴なりになって行列をのぞき込むメイドの姿。中央通りに並ぶ商店も、この時ばかりは商売を諦めて、店主も売り子も馬車の方向に視線をやっていた。

 それはまるで、イチノミヤたち勇者の一行が、魔王討伐のために王都を出発した際の様子を、再現したかのようだった。だが、あの時とははっきり異なっているところもあった。一つは、そのパレードが街の門に向かっているのではなく、王都の中央付近にある広場に向かっていること。そして、パレードに参加している馬車はただ一台で、しかも馬が引いているのは意匠を凝らした飾り付けなどのない、ただの荷台だったこと。

 最後に、住民たちがあげているのが歓喜ではなく、憎悪と罵倒の声であることだった。


 馬車がひく荷台の上は、鉄製の檻になっていた。檻の中でじっとしているのは、一人の若い男性だ。身につけているのは、囚人が着るような粗末な、薄汚れた服。男は金属製の手かせと足かせをはめられた姿で、身動き一つしなかった。檻の中央に座り込んだまま、周囲の興奮などまるで目に入らないかのように、ぼんやりと中空を見つめていた。

 馬車が群衆の前を通り過ぎると、あちこちから罵声が上がった。彼らは口々に、

「裏切り者ー!」

「卑怯者!」

「イチノミヤ様を、返せー!」

と叫んでいた。

 と、住民たちの中から、大きな石が投げられた。石は檻に当たって、ガン、と大きな音を立てて跳ね返る。それが合図になったかのように、あちこちで投石が起こり、馬車を引く馬が驚いて、大きくいなないた。沿道の整理に当たっていた騎士たちがあわてて制止しようとしたが、一度起きた投石騒ぎは、なかなか治まろうとはしなかった。

 こうして、馬車とそれを取り囲む人々は、一種異様な興奮に包まれながら、王都の通りを進んでいった。


 ◇


 住民たちの声は、王城にまで届いていた。執務室の窓から外を眺めながら、パメラ第一王女の秘書官、アーノルドはつぶやいた。

「すごい騒ぎですね……少し、魔法が効き過ぎているのでしょうか」

「ブレイブを発動する際、いつもよりも多くの魔力を注ぎましたからね。ですが、このくらいでちょうどいいでしょう。貯める魔力は、少しでも多い方がいい。その分、王都の民はいつもよりも多めに疲れを感じることになるかもしれませんが、いたしかたありません。我が国の現状をかんがみれば、その程度の代償はやむを得ないでしょう」

 パメラは答えた。そして、わずかに微笑みを浮かべながら、こう付け加えた。

「ともかくも、これでユージは、我々のために最後の仕事をしてくれることになりますね」


 王都の各所に設置した「ブレイブ」の魔法陣によって民衆の熱狂をあおり、同じく王都に設置した「マジックドレイン」の魔法陣によって、興奮した民衆から薄く広く魔力を収奪する。これまで、カルバート王国はこの方法によって、魔力を貯蔵する法具に魔力を集めてきた。

 このブレイブの魔法は、民衆の熱狂を生みやすい儀式、例えば勇者の出陣式や凱旋パレードのたぐいにあわせて発動されるのが普通である。ただし、その熱狂は「歓喜」である必要はない。感情の高ぶりさえあれば、それがたとえば「憎しみ」であったとしても、一向にかまわないのだ。パメラ王女は、この点に着目した。

 彼女は、反逆者の処刑という式典を作り、それに合わせて、ブレイブの魔法を発動した。今回のブレイブには、現在法具に残っている魔力のすべてが注ぎ込まれている。そして、民衆の中に忍ばせている「草」の工作によって民衆の憎悪をあおり、それが最高潮に達するであろう処刑の瞬間に、マジックドレインを行う。こうして得られた魔力を使って、新たに生まれるであろう勇者を召喚するのだ。そしてその勇者に、魔族との戦いを命じる──これが、パメラが考え出した、「もう一つの策」だった。

 その反逆者の役に選ばれたのが、現在の勇者、いや「偽勇者」である、ユージなのだった。


 ユージを乗せた馬車は、王都の通りをぐるりと回り、街中の民衆の憎悪をあおりながら、中央広場まで進んでいく。そして、その熱狂が冷めないよう、時をおかずに刑が執行される予定になっていた。

 なお、ユージが入っている檻には、鉄の網が張られていた。民衆から石が投げられても、ユージまで届かないようにするためだ。もちろん、囚人が傷つかないようにという温情からではない。投石の痛みによって催眠が解けるようなことがあれば、暴れられたり、下手をすると逃走される危険がある。そのような事態を、予め防ぐための処置だった。


「それにしても、よろしかったのですか。宝玉による鑑定を行ったところ、ユージはかなり高いステータスを持っていました。勇者に選ばれても、まったくおかしくはないほどの。

 改めて考えてみれば、処刑ではなく、我が国の勇者として正式に迎える選択肢もあったかと思いますが」

 窓に近づいてきたパメラに座を譲りながら、アーノルドは念のためと言った調子で、彼女に尋ねた。

「かまいません。ユージを追放した際の事情を考慮すれば、彼が我が国のために、命をかけて戦ってくれるとは思えませんからね。戦場に立たせたところで、敵前で逃亡してしまうのが落ちです」

「ですが、例えば奴隷術を施すなどして、いうことを聞かせる手段もあったのではありませんか?」

 アーノルドの意見に、パメラは首を振った。

「彼のステータスが高いとは言っても、体力などの数値はカミジョウ様に劣りますし、魔力はシラカワ様、カシワギ様ほどではありません。イチノミヤ様たちの代わりに戦線に立たせたとしても、現状を劇的に変えることは困難でしょう。もしも聖剣があれば、また話は違っていたかもしれないのですが」

 パメラは、手元から失われてしまった聖剣のことを口にした。盗まれた聖剣は、いまだに発見されていない。おそらくは、ユージが王都から脱出した際に、彼の協力者が持ち出したのだろうと思われていた。時間をかければともかく、間近に差し迫っている魔王軍との決戦までに取り返すのは、困難だろう。

「それから、もう一つ理由があります。奴隷術の影響下では、勇者の『覚醒』が起きないのではないかと思うのです」

 パメラは続けた。

「覚醒がなされるためには、勇者様が危機的な状況に陥らなければなりません。現在の魔王が、登場後の短期間であれほどの力を得ることができたのも、魔王国が存亡の危機にあったために、強い覚醒が起きたためでしょう。

 ですが、奴隷術の支配下でヒト族のために戦うよう命じた場合、彼を取り巻く状況が『危機』であるとみなされるのかどうか……」

「確かに、それは考えられますね」アーノルドもうなずいた。

「今の我々に必要なのは、まったく新しい、強力な戦力です。それを得るためと考えれば、魔王がこの都に迫りつつある現状も、かえって良かったのかもしれません。ヒト族の王都目前に、魔王の軍勢が迫る──そんな状況で、勇者召喚の儀を行えば、必ずや新たな勇者様が生まれ、その覚醒が呼び起こされることでしょう。

 そして、魔王を打ち破ってくれるはずです」


 彼女のこうした考えは、論理的な必然性をもったものとは、必ずしも言えなかった。いや、どちらかといえば、希望的観測に近いものであったろう。だが、王女もアーノルドも、自分たちの考えに疑いを持つことはなかった。彼らが起動した、強すぎるブレイブの魔法が、もしかしたら彼ら自身の判断にも、影響を与えていたのかもしれない。アーノルドの頭の中からは、自身がブレイブの魔法を止めようとしたことさえ、消え去っていた。

 外から伝わってくる民衆の声が、一段と大きくなった。ユージの馬車が、処刑場に到着したらしい。

 窓の外を見つめながら、パメラが言った。


「いよいよ、始まるようですね」


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