第201話 今のぼくにできること

「え、処刑? それも、今日の午後?」

 マリオンは驚きの表情で、おうむ返しに尋ねた。

「ああ。なぜそんなに急ぐのかは、ちょっとわからないがな。さっき見てきたけど、広場では大急ぎで、処刑の準備がされていたよ」

「そんな……ユージのおかげで、ユーリは助かったのに……」

 レオが涙ぐむ。エルドレッドは席から立ち、レオのそばまで行って、彼の頭をなでた。

「助けられたのは、ぼくも同じだ。あいつは、ぼくの理解者だった。この国では、誰も見向きもしなかったぼくの歌を、好きだと言ってくれたんだよ。

 今思い返してみると、ユージがマレビトという話、あれだけは本当なのかもしれないな。ぼくの歌に、普通とは違う感覚で感想を言ってくれたのは、そのせいなのかもしれない。

 それでもだ。ぼくの歌を理解してくれ、応援してくれたのは、あいつだけだったんだ」

「それについては、俺も同感だな」

 それまで店の奥でじっと黙っていた、やくざ風の男が口を開いた。マリオンがまた、驚きの声を上げる。

「コンスタンさんも?」

「実は俺も、あいつに命を救われたことがあってな。向こうは俺とは関わりたくない風だったから、こっちから声はかけなかったが。

 どうやら、あの時の借りを返す、いい機会のようだ」

 コンスタンは、組んでいた足をゆっくりとほどいて、椅子から立ち上がった。

「借りを返すって、どうやって?」

「どうやっても何もねえ。広場で処刑ってことは、ユージのやつを広場に連れてきてくれる、ってことだろ? だったら、そこにカチコんじまえばいい」

「ちょっと、やめてよ!」

 マリオンは驚いて、コンスタンの前に立ちふさがった。

「ユージさんの周りは、たくさんの騎士が警備をしてるに決まってるじゃない。そんなところに突っ込んでいったら、殺されちゃうわよ!」

「だが、今のオレにできるのは、こんなことくらいしかねえ」

「もう、バカなんだから! ほんと、バカ!」

 涙目になったマリオンとコンスタンが言い争う横で、エルドレッドは小さくつぶやいた。

「今のぼくにできるのはこれくらい、か」

 そして少し考えると、席に戻り、置いてあったギターを手に取った。

「そうだな。確かにそうだ。ぼくにできるのは、歌うことだけ。それなら一丁、歌でも歌ってやるか。国や騎士団に命じられたものなんかじゃない、ぼく自身の歌を。真実を乗せた歌詞を、思いと願いを込めたメロディーを」

 エルドレッドは、「歌」と言うものの力を信じていた。歌は聞く人の心を揺り動かし、力づける。生きることの厳しさと、そして素晴らしさを教えてくれる。時には、その人の人生までも変えることがあるのだ。

 彼が吟遊詩人という仕事を選んだのも、そんな体験からだった。子供だった彼をかわいがってくれた、隣の家の夫婦。だが、最愛の息子を病で亡くして以降、打ちひしがれた彼らは、営んでいた食堂も休みがちになっていた。そんな二人を訪れたのが、旅の吟遊詩人だった。

 詩人は、休みの店を開いてくれたお礼にと、夫婦に一曲の歌を披露した。歌詞には古い言葉が使われていたらしく、意味はよくわからなかったそうだが、それを聞いた二人の目からは、なぜか涙が流れてきた。それは後から後からあふれ出て、止まらなかった。しばらくして涙が収まると、夫婦の心は劇的な変化を遂げていた。心の奥底から、生きる力がふつふつと湧いてきたのだ。彼が去った翌日、二人は食堂の営業を再開した。近所の人たちとの交流も復活し、翌年には二人目の子供が生まれた……。


 彼自身は、これまでその吟遊詩人のようなことをなせた、という実感はなかった。いや、彼が作った曲に対する人々の反応を考えれば、感覚だけでなく、実際にできてはいなかったのだろう。自分の歌を歌ったところで、人々の心に届くかどうか、何かが起こせるかどうかはわからない。それでも、今そんな歌を歌えるのは、自分以外にはいないはずだった。

 エルドレッドは決然とした表情を浮かべて、食堂を後にしようとした。


 が、そんな彼の腕を引っ張る者があった。レオだった。

「あの……それとね。ちょっと変なことがあったんで、それも相談したいっていうか……」

「変なこと?」

 エルドレッドの手を握ったまま、レオはうなずいた。

「うん。ここに来る途中、スラムの中を通ってきたんだけど、途中、ドアが壊れたぼろ屋があって、そこから中が見えたんだ。そしたら、地面に変な模様が出てたんだよ。まん丸な形で、よくわからない文字みたいなのが並んでいるやつ。近くの大人にも言ったんだけど、相手にしてくれなくて」

「へえ、地面に模様ね。その話からすると、昔話で聞く魔法陣みたいなものに思えるな。それ、いつもは書かれてないのかい」

「昨日までは、そんなものなかったよ。それでね、少ししたらその模様が、光り出したんだ。変な赤い色で、それ見ていたらオレ、なんか悪いことが起きそうな気がして──」


 その時、突然にそれは起こった。


 目に映るものに、変化があったわけではない。だが、確かに何かが起きたことを、エルドレッドは感じとっていた。それは外にあるものに起きたのではなく、自分の中の出来事だ。食堂の中を見渡すと、デリックやマリオン、コンスタン、レオたちも、驚いたような、そしてなんだか興奮したような顔つきになっている。彼らにも、エルドレッドと同じことが起きているらしい。

 それは決して、不快な感覚ではなかった。何かをしたい。何かを始めて、形あるものにしたいという高揚感。さらには、もしも自分が動けば、それは必ず成し遂げられるはずだという、確信めいたものもあった。今、曲を作れば、それは未来永劫歌い継がれる名曲になるだろうし、ひとたび彼が歌いだせば、たちまち数え切れないほどの人垣ができて、賞賛の嵐がわき起こるはずだ。エルドレッドにはそう思えた。

 ただ、それとともに、早くその何かをしなければならないという、焦燥感も感じていた。急いで、それを始めなければ。そうしなければ、この絶好の機会はあっという間に逃げ去り、今までしてきたことのすべてが無駄になってしまうだろう。早く、早く何かをしないと。その焦りのような感情は急激に膨れ上がっていき、矢も楯もたまらなくなって、エルドレッドはレオの手を振り切り、店の外へと飛び出た。


 王都の通りは、既に人であふれかえっていた。エルドレッド同様、多くの人々が、家という家から飛び出してきていたのだ。彼らはみな、一様に感情が高ぶった様子で、異様に目をぎらつかせている。その興奮は隣り合う人に伝播し、それは次々に重なり合って、互いの高ぶりを増幅させていくようだった。エルドレッドもまた、その波の中に飲み込まれていった。

 その中の、誰かが叫んだ。


「今日、広場でユージという罪人が、処刑されるそうだ!」


 その声に、別の誰かが叫び返す。

「ユージ? 誰だそれは」

「勇者イチノミヤ様と一緒に召喚された、マレビトだ! マレビトのユージは、イチノミヤ様を差し置いて、自分こそが勇者だと言いだしたんだ!」

「そして、イチノミヤ様を殺してしまった!」

「勇者様を?! いったい、なぜ!」

「勇者様を殺せば、自分が勇者になれると考えたんだ! そのために、友人だったイチノミヤ様を殺した!」

「なんと愚かな! そして卑怯なやつだ!」

「ユージは、『ルースの宿』に泊まっていたぞ!」

「ルースの宿をつぶせ!」

「つ、ぶ、せ! つ、ぶ、せ!」

「俺は知ってるぞ! あの、『ラインダースの英雄』! ビクトル騎士団長を死なせたのも、そのユージだそうだ!」

「剣神とうたわれた、あのお方を?!」

「騎士団長が強力な魔物と戦っている時に、自分だけが逃げだそうとした! そのユージをかばって、団長は大きな傷を負ってしまい、それが元で亡くなったのだ!」

「なんというやつだ!」

「そんなやつには、死こそがふさわしい!」

 群衆の興奮は次第に高まっていき、それは一つの大きな叫びとなっていった。

「ユージに死を!」

「ユージに死を!」


「「「ユージ・マッケンジーに死を」」」


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